間話:彼女の行動と後悔

Side 九条冬花


 私は今、ある人物を目指し、職員室に来ていた。


「先生、今お時間大丈夫でしょうか?」

「ああ、大丈夫だ、それで、要件はなんだ九条」

「先生は、櫻井という生徒に対し、何か思うところはないんですか!」


 私は少し声を荒げながら問いかけると先生は少し驚いたように答えた。


「あいつが自分のことを話したのか?」

「やっぱり、先生はあいつ、櫻井紗夜の性別が女でないことを知っているのですね。どうして、男を女子生徒として入学させているのか、納得のいく説明をしていただきたいです」


 先生は困ったように考えていたが、少ししてから私に問いかける。


「九条、お前はあいつが性別を隠しているからといって何か不都合でもあるのか?」

「それは…、今は何もないですが、これからの体育の時に問題が出るのはわかりきっています!」

「それは、着替えなどは櫻井だけを時間をずらすか、場所を変えればいいし、二人一組にしなければいいだろう」

「それは、そうですが…」


 私は言い返せないことに悔しさを感じる。確かに、触れ合わなかったり、見られなければ、不都合とはいえない。


「九条、お前はあいつのことに付いて何か知っているのか?」

「いえ、知らないですが」


 そんなこと知っているはずがないし、知る理由もない。あいつがおかしいのだから、それを訂正させるだけで、あいつのことを知る必要はない。


「櫻井がなぜ、女装をしている理由が、櫻井自身を守るためだったとして、まだ櫻井に対し、男らしくしろとお前は言うのか?」


 女装が自分を守るため?先生が何を言っているのかわからない。


「その質問にどんな意味があるのかはわかりませんが、学校側としては彼に対し、扱いはそのままということでよろしいですか?」

「ああ、あいつの待遇は変わることはないよ」

「そうですか、では失礼します」


 学校側で対処してもらおうと思ったが、それは無駄なようだ。

 私がなんとかしなきゃいけない。


 家に帰り、今日の事を整理しなければ。


「ただいま」

「お帰りなさい。学校はどうだった?」

「ただいま、お母さん。変な男がいる以外は普通だったよ」

「変な男の子?」

「女装をしてる男。名前まで女みたいな名前なの。絶対あれは偽名だよ」

「学校はなにも言ってないの?」

「そうなの!先生に聞きに行っても、そいつになんか理由があるから、認めているんだって。信じられないよね。だから私が問いただしてやろうと思っているの」

「問いただすって何を?」


 母が少し、静かな声で、それも怒ったように言う。


「えっ、それは女装している理由とか、名前の意味とか、いろいろ……」

「そう。ねえ、冬花。言葉が刃物だっていうことはもうわかるよね」


 母が何故か怒っている。言葉が刃物ってことは知っている。私もいろいろ言われてきた。憶測で勝手に言われたこともある。

 けれど、私は何か間違ったことを言った?


「あなたが、男嫌いなのは私のせいです。それは本当に申し訳なく思っているわ」

「違う、それはお母さんのせいなんかじゃない!」

「ありがとう。でも本当のことよ。けれど、あなたが今もそうなのは、あの人が言った言葉があなたを傷つけたからじゃないの?」


 あいつが、私の父だった人が、私と母に向かって言った言葉は今でも覚えている。


「お前が身籠らなければ、お前が産まれさえしなければ、俺の人生はこんなことにはならなかったのに!」


 父だった人はそう言い、家を出て行った。その日、幼い私と母は泣いた。なぜ、好きだった人にこんなことを言われなければならないのか、理解ができなかった。

 そして、徐々に理解できるようになった。父が不倫し、母を裏切ったこと、その理由を私と母に押し付けたことを。


「言葉は心を傷つけます。その傷は体を傷つけられた以上に治りにくいのです。そのことは冬花も知っているでしょう。」


 知っている。今も、一言一句忘れることもなく、頭に染み付いているのだから。


「あなたがこれからしようとしていることは、その彼に対し、あなたがされて傷ついたことをしようとしているのではないですか?」


 私があいつと同じことをしようとしている?


「違う!私はただ、男が女を真似ていることがおかしいから、それをやめさせようとしているだけ!」

「そう、あなたは正しいことをしようとしている。それはわかるわ」

「なら「でもね」」

「彼が女性の姿をしているのは、何か理由があるからでしょう?そうでなければ、学校側が何らかの対処をするはずだわ」

「それが彼自身を守るためだって、先生が…」

「そう。なら、あなたは相手のことを何も知らずに、その人の鎧を剥ぎ取ろうとしているのね」


 鎧、私は他人から関心をなくすことで、自身を守ってきた。それが、彼にとっては女装なの?


「彼が女性に対し、ただ、下心を持って行動しているのなら、冬花の行動は正しい。それはお母さんもそう考えるわ。でもね、その行動が自分を守っているのならば、あなたの行動は、その子にとってはただの暴力よ」


 私は相手のことを何も知らず、ただ、自分の価値観を押し付けただけなのかな。


「だからね、冬花、相手のことをよく知ってあげなさい。だって、その子は初めて冬花が興味を持った男の子なのだから」

「違う!私はそんなつもりじゃ」

「だって、そうでしょう。いつもなら、自分に関わってこなければ、男の子のことなんて気にもしないくせに。彼には自分から関わろうとしているじゃない」


 確かに、いつもなら、男がどんなことをしようとも自分に関わって来なければどうでもいい。

 じゃあ、なんで、今回は彼に関わろうとしているの?母の言う通り、彼が気になっているから?

 そう思った瞬間、顔が少し熱くなるのを感じた。違う!私はクラスの女子が誰も気づいていないから、私が監視をしないといけないから、彼が気になるだけ。

 そう、それだけ。


「まあ、そのことはゆっくり考えていけばいいわ。でもそうね、一度私も彼に会ってみたいわ」


 そんな冗談を言っている母に対し、私は自分の考えに必死すぎて、何も返すことができなかった。

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