第17話 二回目のバイク登校
田起こしをした翌日、いつも通り起きた三隈は、朝のルーティーンを行った。昨夜はしっかりナイトキャップを被っていたので、寝癖は毛先直しの十分コースだ。
準備を整え、玄関脇に置いた姿見でもう一度変なところが無いか確かめ、ウィンドブレーカーを羽織りリュックを背負って、玄関から中庭に出て、納屋に入った。
納屋に止めているスクーターのカバーを取り、畳んで棚に置いた。
リュックをリアボックスに入れ、ライディングギアを付け、スクーターに乗ってエンジンをかけた。
エンジンがかかったら、始業式の日と同じように、スクーターの各部動作確認、戸締まりを確認して、家を出た。
三隈は、集落や農道ではゆっくり走り、エンジンと駆動部を暖めるようにした。
まだ、買ってすぐの新車だ。慣らしをしておかないと調子のいいバイクにならない。
最近のエンジンは工作精度が高いから慣らしは必要ない、と主張する人もいるが、動く機械だから、"アタリ"がつくまで丁寧に乗った方が良い、と言う人もいる。
三隈は後者だ。
父親から、『モノを大切に扱えない子は、自分自身を大切に扱う事ができない』と、注意されたことを、忠実に守っているからだ。
それに、買い換えの際、下取り額の査定アップになるかも知れないという打算もある。
スクーターは、横手日野春停車場線に入る交差点で信号停止した。
三隈がメーターを見ると、水温計の目盛りが少し動いていた。
- 暖気は充分できたみたい、よし、飛ばすぞ -
信号が青に変わって、スクーターは左折すると、一気に加速した。
車の流れに乗って、国道二十号線との交差点に向かって走る。
道路脇の標識に書かれている数字より、速度計の数値が大きくなる事もある。車の流れに乗るとどうしても、制限速度ギリギリの速度で走る事になる。
三隈は、前方を見ながら時々バックミラーに視線を飛ばして後方確認を行う。油断していると、後ろから強引に抜きにかかる車がいるからだ。
ドライバーの中には、二輪車が安全のため取っている車間距離を、車間を開けすぎだと思う輩がいる。そういった輩は、二輪車を障害物だと思って強引な追い抜きをかけることが多い。それを避ける一番の方法が車の流れに乗って走る事だ。
幸い、今日はそのような乱暴な運転をする車はいなかった。
国道二十号線と交差する牧原交差点を越え、釜無川に架かった橋を渡ると、いよいよ七里岩の上り坂だ。
三隈は、スクーターのスロットルを開け、九十九折りの坂に入っていった。
須玉町との分岐を左折すると、走っている車の数はかなり減る。と同時にうっそうと繁っている木々のトンネルの中を走る事になる。
しかも崖を切り開いて作られた道路のため、ブラインドコーナーが多い。
そのため、無理をして突っ込んでくる対向車やバイクを気にしながら、コーナーに侵入しないといけない。横手日野春停車場線の七里岩越えは二輪四輪を問わず攻めるには難しいコースだ。
公道なんだから、無理しない走行が一番安全だ。
三隈は、コーナーが近づくと減速し、曲がっている間は一定速度で走り、コーナーの出口が見えると加速する操作を繰り返し、前回よりやや高速で、九十九折りの坂道を上っていった。
- 毎日自転車で走っていて、コースを憶えているから、まだ走らせやすい。知らないコースだと慣れるまで、ゆっくり走らないといけなかっただろうな -
頭上を覆っていた、樹木のトンネルから抜けて空が広がって見えると、通称七里岩ラインとつけられた県道17号線が近づいた証拠だ。
スクーターが県道17号線との交差点に着くと、左折して県道17号線を走ることになる。この道も七里岩ほどではないが緩い上り坂なので、自転車で走るのは結構大変だった。
その道を、スクーターは軽快に駆け上がっていく。
三隈は、学校へつながる道に入るため、県道17号線を右折した。ここからは坂はさらに緩くなるが、学校へ徒歩や自転車で向かっている生徒がいるため、県道走行時より飛び出しや自転車のふらつきに注意して走った。
校門を通り抜けて校内に入ると、自転車置き場がある方向へハンドルを切った。自転車置き場が近づくと、【二年二組】のプレートがかかった場所を探しながら、徐行して走った。
バイク左手の方向に、探しているプレートがかかっていた。
三隈は、プレートがあるブロックにスクーターを止めてスタンドを立てた。
キーを抜いてポケットに入れた後、グローブとウィンドブレーカーをシート下のラゲッジスペースに仕舞い、ヘルメットホルダーにヘルメットをかけシートを閉めた。
三隈は、リュックを背負って、ハンドルロックが掛かっていることを確かめてから、昇降口へ向かって歩き出した。
三隈が歩いていると、視線を感じたので振り向くと、何人もの生徒があわてて明後日の方向を向いた。
- なんか、一昨日より見ている人の数が増えている気がする。今日から新入生が登校するから、見る人が増えるのも仕方ないか。 -
昇降口で靴を履き替え、教室に向かった。
三隈は、教室に着くと、リュックをロッカーに入れた後、トイレに向かった。
トイレに入ると、鏡の前で髪を整え始めた。首と肩がつながる位置にあったヘアゴムの位置を、襟足と同じ位の高さに上げて、襟足を櫛で整えて、ヨレがないようにまとめた。
その後まとめた髪を前に回し、毛先に向かってすき、前髪を軽くカールするように整えた。
最後に、鏡で髪がまとまっていることを確認して、お色直し完了だ。
バイクに乗った途端、髪がボサボサでは恥ずかしいし、かといって人前で髪を整えるのもみっともないと、三隈は思っている。
- あのアニメみたいに、手櫛で簡単にショートホブになったら楽だろうなー -
三隈は、教室に戻るとロッカーを開け、リュックから、筆箱と朝の読書用の本を取り出して席に着いた。
三隈が本を読んでいると、教室内が賑やかになってきた。電車通学の生徒が到着したようだ。
本鈴が鳴る直前になって、廊下を走って教室に飛び込んでくる連中がいた。この高校で"やんちゃ"と呼ばれている連中だ。
三隈は、すぐ朝読書の時間になると思い、一瞥しただけで、視線を本に戻した。
「諫早ちゃん、おはよう~」
突然かけられた挨拶の言葉に、三隈はビックリして顔を上げると、一昨日見た顔があった。
「お、おはようございます、鳥居さん」
「挨拶してくれてありがとう~、でも、鳥居じゃなく麗子と読んでほしかったな~」
そう言って、三隈の横を通りすぎた麗子は、教室後ろにあるロッカーに、荷物を置きに行った。
それを見送った三隈が、視線を感じて周囲を見回すと、クラスのほぼ全員が三隈を見ていた。
三隈の視線に気づいたクラスメイトは、全員あわてて本を読む振りをした。
- 私、麗子さんからあいさつされただけなのに、何で悪目立ちしてるのー -
教師がやって来て、朝読書の指示をする中、三隈は冷や汗をかいていた。
三隈にとって、今日は長い一日になりそうだ。
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