第16話 トラクターに給油

 三隈はガソリンスタンドの敷地内にトラクターを入れ、給油装置の横に止めた。程なくして、店員が駆け寄ってきた。


 「いらっしゃいませ」


 「軽油を満タンにしてください」


 「ハイ、軽油満タン入りまーす」


 そう言って、店員は給油キャップを開け、緑のカバーが付いた給油ノズルを差し込んだ。

 それを見た三隈は、トラクターを降りて、待合室兼事務所に歩いて行った。中では、店長がいつものように事務仕事をしていた。

 

 三隈は、店長に声をかけた。


 「店長さん、今お話ししていいでしょうか」


 「はい、何でしょうか」


 と言って顔を上げた店長は、目の前にいる人物の姿にギョッとした。


 首から下はごく普通の作業服だが、頭に遮光帽子、顔はサングラスとマスクで完全に隠しているので、一瞬強盗かと思ったからだ。


 店長の顔が引きつった事で、サングラスとマスクをしたままだと気づいた三隈は、急いでマスクとサングラスを外して、顔を見せた。


 「私です、横手の孫の三隈です」


 三隈の顔を見た店長は、いつもの営業スマイルに戻った。


 「あーっ、びっくりした。脅かさないでよ三隈ちゃん、えーっと、今日はその姿でバイクに乗っているのかい、ノーヘル運転は警察に捕まるよ」


 「いえ、違います。今日はトラクターに乗って来ました」


 「えっ・・・、何でトラクターに乗って来たの」


 「はい、今日はトラクターで田んぼの起耕きこうをしました。それが終わって帰ろうとしたんですけど、燃料が残り少なかったので、給油に来ました」


 「田んぼの起耕って、本当に名主さんの田んぼ起こしたのか」


 「ええ、稲の作付けは無理ですけど、田んぼが雑草だらけになる前に、起耕だけでもしておこうと思いまして」


 「起耕って、トラクターの運転操作はできるの」


 「去年の秋に元肥をすき込む時、祖父から操作を教わりました」


 「そ、そうなんだ。三隈ちゃんはえらいねぇ、頑張り屋さんだよ」


 「がんばっていませんよ~、田畑を放っていると雑草だらけになって近所迷惑になりますから、起耕だけでもしておこうと思っただけですぅ」


 「へえー、結構考えているね、で、おじいさんの具合はどうなんだい、田植えまでに戻ってこれそうかな」


 「祖父は、病気の後遺症でリハビリが必要みたいで、家に帰ってくるのは、時間がかかりそうです」


 「そりゃ、困ったことになったね。おじいさんがいないと寂しいんじゃないのかい」


 「ええ、ちょっと寂しいです。でも祖母はもうすぐ帰ってこれそうなので、少し安心しています」


 「そりゃ良かった、三隈ちゃんは、孝行娘なんだね」


 「そんな事ありませんよ、祖父母も田畑が荒れると困るでしょうし、ウチの田畑が、【害虫発生源】とそしられないようにしているだけです」

 

 店長が、何か言おうとした時、外から店員が小走りに入ってきた。


 「給油終わりました。金額は三千九百八十円です」


 三隈は、四千円を店員に渡して支払いを済ませ、おつりをもらった後、店長にあいさつをして、待合室の外に出て、トラクターに乗った。


 - これで餌はばらまいた、後は噂が上手く広がってくれれば、理想なんだけどね。 -


 三隈は、そんな事を思って、トラクターのエンジンをかけた。


 三隈は、なぜわざわざ、貴重な休日に田起こしをしたのか。


 それは、ムラの住人に、”健気けなげな孫娘”と納得してもらうためである。

 

 三隈は、自分がムラの住人から祖父母の遺産乗っ取りを企む悪女ではないかという、疑いの目で見られている事を知っている。


 それらの疑いを晴らす一番の方法は、祖父母のためにがんばる健気な孫娘と周囲に認知してもらう事である。そのため、北杜市に移住してから祖父母の農作業を積極的に手伝うようにしていた。


 しかし、それでも疑う人は残っていた。それらの疑り深い人を納得させる方法は何かないか、考えあぐねていた。


 三隈は祖父母が入院して家にいなくなった時、ある方法を思いついた。


 祖父母がいないこのタイミングで農作業に励めば、疑り深い人も”孫娘”が先祖代々の土地を守ろうとしていると納得してくれる。


 だが、その方法もより多くの人に見てもらえる日に行わないと意味がない。そのため一回は平日に起耕する必要がある。春休みは二輪免許取得で使えなかったので、平日で学校が休みだった今日、田起こしを実行した。


 春の土用に入ってから田起こしを始めると、土公神のばちを知らない素人の乗っ取り娘と、陰口をたたかれる。


 三隈が農作業をがんばる姿を見て、ムラの人々が納得してくれれば、バイクを乗り回すなどの”やんちゃ”をしても大目に見てもらえて、警察や学校に通報される心配は大幅に減る。

 将来高校在学中に免許を取り、車を乗り回していても、学校からかばってくれる可能性が高い。

 

 二輪免許を取得して通学用バイクのお披露目をしたのも、田起こしをする姿をより注目してもらうための方法だった。


 結果は成功で、トラクターで田起こしをする姿を大勢の人に見てもらった。さらに、あの警官やガソリンスタンドの店長や店員、昨日来た農協の職員など、直接三隈から話を聞いた人たちを起点に、ムラ全体に農作業に励む三隈の話が広がっていくだろう。


 - これで、しばらくは安心ね -


 そう思って、三隈は帰路についた。


 家に帰れば、トラクターの洗車などすることはたくさんある。週末は農業女子として活動しないといけない。

 がんばれ、三隈。明日の自由のために。


 - でもね、あのバイクアニメのように、テキトーに生きてて、簡単に"自由"が得られるのなら、どれ程楽だろう。俺様原作者は何不自由ない人生を送ってきたんだろうな -


 と、三隈は思った。

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