第13話 初体験
三隈は、三輪スクーターに乗って、校門の外に出た。
県道17号線の緩い下り坂を快調に走らせて、横手日野春停車場線に入った。七里岩の
スクーターを納屋に入れて荷物を下ろした後、車体にカバーを掛けた。その後、荷物を持って母屋に上がり、自分の部屋に戻って制服から普段着に着替えて、家の掃除を始めた。
午後四時を過ぎた頃、ドアチャイムが鳴って、客の来訪を告げた。どうやら頼んでいたトマト苗が届いたらしい。
三隈が、玄関から顔を出すと、門の外に農協職員が
年かさの男性が、
「横手のお孫さ~ん、トマト苗届けに来ました」
と声をかけた。
「今開けまーす」
と、三隈は答え、急いで門に駆けつけ門扉を開けた。
トマト苗を持った、若い男性が尋ねた。
「ご依頼のトマト苗、どこに置けばいいですか」
「菜園の横に置いてください」
三隈は答え、二人を家の敷地に入れた。
若い男性が、トマト苗が入ったコンテナを置きに行っている間に、年かさの男性が三隈に尋ねた。
「横手のお孫さん、ロータリーはどこに置いてますか」
「全部車庫に置いてありますので、こちらに来てください」
三隈は農協職員を連れて、車庫の中に入っていった。
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翌朝、三隈は昨日より遅く目を覚ました。今日は学校が休みなので、ゆったりと朝のルーティーンを行った。
その後、作業着を着て、昨日届けられたトマト苗を菜園に植える作業をした。
その後、母屋に戻り、リビングでお茶を飲んで一服した後、完全武装をして、いよいよアレに乗る。
「よっこっいしょ」
三隈は、そう独り言を言って、椅子から立ち上がった。
☆
遮光帽子にサングラスにマスク、腕カバーと手袋をつける事で、日焼け防止の完全武装をした三隈は、母屋を出て車庫に行き、シャッターをあけた。
目の前にあるのは、大きなトラクター式耕運機。
外の光を浴びたボンネットが、お前ごとき小娘が俺様を動かせるのかと言わんばかりに、赤く輝いている。
三隈は、これを一人で動かすのかと、思わず武者震いをした。
そして、気合いを入れ、トラクターの運転席に座った。エンジンキーを差し込み、
「一発で動いてよ~」
と呟いて、トラクターのスターターを回した。
ギュルギュルと重いスターター音がした後、バンという大きな爆発音がして、エンジンがかかった。アイドリングが安定するのを待った。
三隈は、レバーを操作して後ろに付いたロータリーを上げ、フットブレーキとクラッチを踏んでからパーキングブレーキを外し、ギアを前進にして、クラッチを繫いで車庫の外に出て、中庭で止まった。
三隈は、座席から降りて、トラクターの周囲を一周しながら、油漏れがないか点検した。その後、一旦門扉を開けに行ってから、また運転席に座った。
後ろを向いてロータリーを二度上げ下げした。そして、PTOで上げたままのロータリーを回転させ、正常に回ることを確認した。
三隈は、発車前点検が終わったので、ロールバーを軽く押しながら前を向いて座り直し、ハンドルを握り直した。
- さあ、私の初乗り、しっかり動いてよ -
三隈がクラッチを繋ぎアクセルを踏むと、トラクターは揺らぎゆさゆさと揺れながら前進を始めた。ドッスンクラッチをやってしまった。ゆっくりと門を出るとハンドルを左に切り、道路の左端にトラクターを止め、ロータリーを下ろした。
三隈は門扉を閉めた後トラクターに乗ろうとした時、道路の反対側に、散歩中の老婆がいたので挨拶をした。
「おはようございます」
「・・・」
老婆は、固まって返事を返せなかった。
三隈は、自分が日焼け防止の完全武装していたことを思い出し、急いでサングラスとマスクを外して、もう一度挨拶をした。
「おはようございます、横手の孫です」
「・・・、お、おはようございます、お嬢様、そのいでたちは、何をなさるおつもりですか」
「見ての通り、田んぼを耕しに行きます」
「エッ、な、な、何もお嬢様がなさらんでも」
「いつ祖父が帰ってきてもいいように、田畑の管理をするのは孫の務めです。これで失礼します」
三隈は、驚いている老婆をそのままにして、再びトラクターに乗った。シートベルトを締め、ロータリーを上げ、周囲の安全を確かめた後、前を向き、副変速機をHI-モードにして、アクセルを踏んだ。
- 目撃者一名ゲット、よし、
トラクターは、三隈の意思に応じるように前進を始めた。エンジンのうなりが大きくなり次第にスピードが上がっていった、ギアをトップに入れて、家から一番近い田んぼへ爆音を響かせて走っていった。
- うわー、めっちゃ気持ちいい、トラクター、
三隈が、今までにない走行感を体験しているのは、ある意味当然だ。
トラクターの運転席はバイクや小さなトラックより高く、高いアイポイントから周囲を見下ろしながら走る事になる。しかもオープンシートなので、視界を遮るモノは後ろのロールバーくらいしかない。つまりほぼ三百六十度見渡せると言う事になる。
さらにノーヘル走行しても良いので、風が顔や頭にそのまま当たる。たとえ低速でも、トラクターは風を感じて走る事ができる。
つまり三隈は、速度こそ違えど、トライクやノーヘル時代のバイク走行に似た体験をしているわけである。
- 今日曇っていればなー、普通の麦わら帽子を被るだけで済むから、全身で風を感じることができたのに -
ご機嫌な三隈が操るトラクターは、集落を抜けて目的地の田んぼに近づいて行った。
三隈はちょっと残念な気持ちだったが、無駄に走り回っては、今回の目的から外れていく。
そんなことを考えているうちに、田んぼに着いた。
田んぼの横を走る農道に、トラクターを停車させて降りた。トラクターの出入口になるスロープの場所を確認するためである。
トラクターは悪路走破性に優れているから、どこから入っても良いではないかと主張されるウンチク自慢もいるが、道路やあぜ道と田んぼの高低差が大きい場合、トラクターの自重が枷になって田んぼから出られないということがある。
そのため、全国どこでも、田んぼに農業機械の出入りをしやすくするスロープを設けていることが多い。土を突き固めた簡単なものから、セメントをうった本格的ものまである。
三隈は、ようやくスロープを見つけた。
トラクターを止めた場所から田んぼの対角線の先であった。
田んぼを斜めに横切ってトラクターが止まっている場所に歩いて行こうと思ったが、ぬかるんだ場所で脚をとられると面倒なので、道路を歩いてトラクターが停車している場所に戻った。
三隈は、再びトラクターの運転席に座り、エンジンをかけて前進しようとした。
ガリガリッ、と道路を鉄パイプで
「あっ、ロータリーで引っ掻いちゃった」
三隈は慌ててトラクターを止め、ロータリーを上げた。ロータリーを下げたままトラクターを発車させるのは、農業初心者あるあるだ。
トラクターをスロープを下った所で停車させると、主変速機をニュートラルにして、副変速機をLoに切り替えた。PTOを接続モードにしてクラッチをつなぐと、ロータリーが回転しながらゆっくりと前進を始めた。そして、ロータリーを一番下まで下げた。
田んぼの土に食い込んだロータリーは、勢いよく土を砕き始めた。
- さあ、これから初めての田起こし、しっかりやらないと -
三隈が乗ったトラクターは、田んぼの土を耕し始めた。
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