幕間 20××年 日本某所
――百年戦争にイギリスが勝ったらどうなっていただろうか。
先生が突然、話題を変えた。このクラスの半分以上は日本史選択だ。英仏百年戦争という用語自体、知らない生徒の方が多いだろう。でも、先生はそんなことに頓着しない。現代文の授業中に、世界史の話をされることが苦痛でならないという、私のような生徒の気持ちなどまるで顧みない。
――当時、シャルル王太子の王位継承権は否定されて、イングランドのヘンリー6世がフランス国王になる予定だった。ゆくゆくは、イングランドとフランスが同君連合を形成することになるはずだったわけだ。ジャンヌ・ダルクがシャルルを戴冠させたせいで、英仏二重王国の構想は瓦解した。
ジャンヌ・ダルクって本当にいたのか。歴史の苦手な私は、まずそこからよく知らない。確かジャンヌ・ダルクというのは、神の“声”を聴いてフランスを救ったとかそういう人ではなかったか。てっきりアーサー王とか日本武尊とか、そういう類いの人だと思っていた。神の声を聴いた人間が本当にいるんだろうか。
――イングランドとフランスが同君連合を構成した場合、おそらく連合王国の首都はパリになっていたはずだ。そもそも、イングランド王家だって元を辿ればフランス王家の分家みたいなものなんだし、パリとロンドンなら誰だってパリに住みたいと思うに決まってる。要するに、ジャンヌ・ダルクが本当に神の使いだとすると、ジャンヌに「フランスを救え」と命じた神は、フランスがイングランドをも従える大帝国になることを阻止するために、ジャンヌを遣わしたことになる……
――
――
―
先生の話は、途中から睡魔に妨害されて、頭に入ってこなくなったけど、私はどういうわけか、この日の授業のことをずっと覚えている。ジャンヌ・ダルクの聴いた“声”が何なのか、それが未だに引っかかっている。
ジャンヌは王家の私生児で、シャルル王太子を擁するアマルニャック派がフランス軍のシンボルとして祭り上げたのだ、という説もあるらしい。なるほど。そう考えれば神がどういうわけか殊更にシャルルに肩入れしたことも不自然ではなくなる。ジャンヌが神の使いだったとするよりかは、合理的な説明だ。しかし、およそありそうにない話だ。それよりは、ジャンヌの聴いた“声”が本物であったと考える方がよほど納得感がある。そう納得したい気持ちが、私の中にある。けれども、それを考え始めると、いつも頭の中に、先生の声が蘇ってくるのだ。
シャルルとイングランドのヘンリー6世のどちらがフランス国王になっていたとしても、「フランス」がなくなっていたわけではない。むしろ、老獪なイングランド王家が英仏両国を統治していれば、フランス革命はもう少し穏健に推移したかもしれないし、ナポレオンの台頭も防げたかもしれないし、普仏戦争の敗北もなかったかもしれない。だとすると、ジャンヌ・ダルクは何を救ったことになるのだろう。
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