その2 本のある空間

 私は昔から本屋の雰囲気が好きだ。本屋というよりは本がある空間が好きだ。


 本一冊に作者の人生の一端が詰まっているという話を誰かから聞いたが、腐っても執筆活動をしている私はその言葉は的を射ていると考えている。物語を書くのはゼロから始めるという人がいるが、大概のところ、書かない人が言う台詞であることが大半だ。


 創作活動のネタというものは自分の人生や他人の人生に触れることで引き出しにストックされていき、それら点と点がいくつかの線に繋がったときに物語が出来上がるものだと、私は経験から思っている。その他人の人生に手っ取り早く触れることができるツールというのが、書籍だ。


 それは何もエッセイを筆頭にした私小説に限った話ではなく、フィクションであったとしても、その作品を通じて語りたいものはその作者自身が経験してきたものを下地にして出来上がっている。これには例外がひとつもない。何も語りたいものがなければ、そもそもひとつの作品に仕上げようとするだけの体力も考えも起きないだろう。


 昨今はネットで気軽に創作活動ができ、自分の作品を気軽に投稿できるようになった。その結果、あまりにも語りたいものが多すぎて、通称「エタる」という、永遠に完成しない=完結しない作品も多く存在しているが、その中でもその作者なりに伝えたいものがあったのだろうと私は思っている。実際、私自身もいくつかの作品をエタっている。ひどいものだと、本来本数冊に及ぶ内容を無理やり10ページにまとめ上げて完結させた黒歴史もある。あんなことするならエタったほうがいっそのことマシだったかもしれないとすら思っている。


 作品を創作する以上は、綺麗に完結させたいというのは誰もが思うもので、実際プロの漫画家や小説家の方でも過去作品をリメイクさせて再び書き始めるという事例がいくつもある。リメイクさせるよりも新作を書いたほうが労力的にはかなり楽なことがあるのだが、それでもリメイクさせたいと思うことがある。ただ、あくまで私の場合だが、小説をリメイクさせると古臭さを感じてしまい、結果的に設定と人物だけをそのままに物語を全編書き換えることをしたことがある。そこまでして、「しまった。これだったら新作を書いたほうが全然よかった」と思い、若干落ち込んだ果てにボツにすることが多々ある。きっと、創作活動をしている人なら経験があることだろうと信じている。


 話がずいぶんと逸れてしまったが、なにはともあれ本屋である。本に囲まれている時の私は、童心の頃と変わらない。特に目当ての本が明確にあるわけでもないのに本屋をぐるりと周回する。そして、パッと興味が出た本を数冊書棚から取り出して会計へと向かう。今の時代、電子書籍があり、私も利用することがあるが、最終的に紙の本に戻ってきた。古い人間で申し訳ないのだが、多少場所を取っても私は紙の本のほうがいいのである。ページをめくるあの感覚を味わい、残りページ数が少なくなっていくあの感じを味わうことをしないと、どうにも本を読んでいるという気がしないのだ。これは何も本に限ったことではなく、ニュース記事やSNSでもそうだったりする。タブレットでページをスクロールさせたりスライドさせたりしてサクサクと読めるのは便利なのだが、どうにも頭に入ってこないのだ。だから、ニュース記事をネットで閲覧しても、詳細を記憶していなかったりすることが多々あり、SNSでいい話が書かれていても、1日の終わりには読んだことすら忘れてしまっている。もしかしたら私が忘れやすい性格だからというだけかもしれないが、実際そうなのだから仕方がない。この辺は、自分が古い人間なのだと思って己の脳をアップデートしないといけないと思っている。


 なにより、紙の本の何がいいかというと、自分が読んだ本が書棚に埋まっていくことだ。私はコレクター気質なので、自分の読んだ本が目に見えてどのくらいの量かというのが即座にわかるのが嬉しい。完全に趣味の世界であるが、趣味は心の栄養故に、傍から見て無駄だとわかっていても心を活かすために必要なことだ。


 おかげで一時期は、自室が足の踏み場もないくらいに本に埋め尽くいされていた。1年に1度のペースで本を処分していたのが、半年に1度、やがては3~4か月に1度とスパンが徐々に短くなっていったほどだった。そこまで処分する本が多かった割には、初めて読書をするきっかけを作ったライトノベルだけは、ずっと手元に残している。





 人間だれしも、そういう手元に残しておきたい本が一冊はあるだろう。それは別に小説でなくとも、漫画や絵本、児童書などでもいい。


 たまには引っ張り出してきて、初心を思い出すのもいいのかもしれない。




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