第8話
二人は階段の横に身を隠すと、警備員にばれないようにすぐ準備に取り掛かった。桃色の可愛らしい便箋をカエデから受け取ると、コトリはそれを紙飛行機にした。
この愛の紙飛行機を、ミコに届けるのだ。
もちろん紙飛行機がミコまで届く自信も、ミコがその手紙を読む確信も、ミコが飛び降りるまでに間に合う自信もコトリにはない。
それでも、今のコトリには「紙飛行機をちょっと上手く飛ばせる」くらいしかないのだ。コトリはこの可能性に賭けてみたかった。カエデも警備員に警戒され、今ではほとんど無力だ。
先程カエデも言っていたが、本当に人の死をナメてると思うと、コトリ自身もそう思っていた。どこかでミコのことも、カエデのことも見下している。
自己肯定感の低いコトリには、ミコが何故安定した将来じゃなくてアイドルを選ぶかも、カエデがそんなアイドルに恋に落ちるのも、普段は人に愛されているくせに、ヒステリックになって自殺を選ぼうとするミコも全部が全部わからなかった。
自殺するなら、引退宣言してからやってくれ。こっちまで死にたくなる。
それがコトリの素直な気持ちだ。コトリは未来の自分を助けているのだ。ミコが自殺することを防ぐことによって、自分自身まで自殺に踏み切ってしまわないように。
でもコトリはあんな
「ねぇ、コトリちゃん。私は何したら良いの?」
「愛でも叫んどけば良いんじゃないんですか、どうせ飛ばした後は二人とも警備員のお世話になるだろうし」
「そっか。ねぇねぇ、コトリちゃん」
「なんですか?」
「貴方って、凄い子だね。ありがとう」
コトリには、カエデの最後の言葉は聞こえなかった。警備員たちがドアの小窓を割った音が響き渡ったからだ。
その瞬間、コトリとカエデは物陰から飛び出していった。
「行っけぇぇぇ!」
「ミコちゃん、死んじゃ嫌だぁぁ!」
二人は力一杯叫んだ。一生分の力を込めた。
喉から、腹から、全ての毛穴から声が出るような感覚だ。
そして、カエデの愛は小さな窓から飛んでいった。
「君たち、何しているんだ!」
そんな警備員の言葉は耳には入ってこなかった。とにかく、紙飛行機の行く先を見届けたかった。コトリも、カエデも、ミコも、その場にいた警備員も全員がその紙飛行機の行く先を見守っていた。
その小窓の向こう側に、奇跡が起きていた。
奇跡だ。紙飛行機が、綺麗にミコの元へ飛んでいったのだ。───自分でも、紙飛行機が投げた感覚がなかったのに!
ミコはその手紙を拾い上げていたところで、コトリは下の階から来た警備員に引き剥がされてしまった。
必死の抵抗も虚しく、コトリは警備員に連れられて下の階に降りてゆく。一階に着く頃には、コトリは抵抗すらしていなかった。下からはカエデの悲鳴が聞こえてきた。どうやら先に捕まったみたいだ。
ミコは、あのカエデからの手紙を見て何を思ったのだろう? 自分が未だ求められてることに対する絶望だろうか? 希望だろうか?
コトリがタクシーに乗せられた、その瞬間だった。
ミコの、泣き叫ぶような声が聞こえた。情けなく、節操のない子供のように叫んでいた。屋上からここまで届くぐらいだ。かなり大きな声で泣きじゃくっている。
その涙が悲しみに満ち足りているのか、嬉しさに満ちているのかすらわからないまま、コトリを連れてタクシーは警察に向かっていった。
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