第6話

 コトリは三階に上がっていくときに、踊り場に誰かいることに気づいた。

 ミコと同じくらいの、恋煩いの爆弾を抱えていそうな───いわゆる地雷系と呼ばれるファッションに身を包んでいるファンの女の子だった。

 ミコのファンは屋上の方を見上げ、涙を流しながらミコの名前を呼んでいた。

 上から警備員の声が聞こえてくるあたり、恐らく上の警備員の人たちに跳ね除けられてしまったのだろう。

 祈るような姿に、コトリは目が離せなかった。死せるときに祈りを捧げる姿は、宗教画のようにも思えた。

 コトリは忙しなく動かしていた足を初めて止めた。

 自分の気持ちの動きようがわからなくなってしまうほど、コトリの心の中は荒れ狂っていた。そうだ、そうじゃないか。

 ミコの自殺を止める権利があるのは、目の前のファンのようにミコを好いている人物なのだ。私のような、嫉妬と衝動感と執着にまみれた人間ではない。コトリは急に自分が恥ずかしくなってきてしまった。

 ミコのファンの方もコトリに気がついたみたいで、コトリの方に向けて自己紹介もせずにこう言った。

「ミコちゃんを助けて」

 それだけ言うと、ミコのファンはボロボロと泣き崩れてしまった。

「警察なんて当てにならないの、なんとかして」

 女の子の虚ろな目の中にはコトリが映っていた。何かに縋る目だ。

「お金どれだけでも払うから、お願いします」

 これだけ好きな人がいる、というものも幸せそうだ。

 今になってはそうとも思わないが、ミコがちゃんとアイドルをやっていた時の彼女は一番輝いていたのだろう。「ミコ」に恋してるのだ、彼女は。

 恋なんて、漫画の中でしか見たこと無いコトリにとっては冷めたら忘れてしまうような夢の存在と変わらない。でもきっとここまで感情を突き動かすことができるのも、一種の才能だろう。

 だって、恋レベルで好きでないとここまで来ない上に、見ず知らずの女子中学生に何かを乞うことはしない。

 コトリは二つ返事で了承したかった。

 コトリは頷かないわけには行かなかった。今下に戻ったって警備員の目に捕まるだけだし、何よりここまで来て引き返す勇気すらコトリには持ち合わせてはいなかった。

「分かりました、やります」

 そうコトリが言うと女の子はこれでもかと目を開いて喜んだ。もちろん助けられる自信なんて、コトリには無かった。ファンの女の子の名前はカエデと言った。

「えっと、一つ聞きたいんですけど、カエデさんには何か、助けられる方法なにか思いついていますか?」

「方法はいくつでも考えたよ。でも全部ダメになっちゃった」

 そういって彼女はバッグの中の物を見せてきた。

 一般的な常備品から、バッグには絶対に入ってなさそうな物騒なものまで見ると、ミコが死ぬのを本気で止めようとしていたみたいだ。しかしどれも素人が持ってきたであろうということが丸わかりだった。

 コトリは警備員が上から降りてこないことを確認して、その中身を全て取り出してみた。縄やら、コードやらの長い巻物がいっぱいある。ミコのグッズも大量にある。  

 武器のようなものも見受けられたが、この警備員の包囲網であるこの状況で力のない女子二人には意味のない代物になってしまった。

 一個、気になるものを見つけた。そこにはあったのは便箋だった。カエデに聞いてみたところ、これはミコへの愛を綴ったものであるらしい。しかしそれは、恋文以上に意味を為さなかった。

 コトリはすでに自分たちに為す術が無いことが分かっていた。

 もちろんカエデにはこんな真実は言えない。

 でも冷静になって考えると、屋上の扉にいる屈強な警備員たちがいる。もう警備員に全て任せてしまって良いのではないか。

 コトリはそんな、課題を終わらせる直前のようなことを考えていた。

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