第5話

 この人を助ければ、私は特別になれるんじゃないか。

 自分の一番最初に思ったことに吐きそうな嫌悪感を覚えながら、コトリはその女性に釘付けになってしまっていた。なんて自分は最悪なのだろう。

 でもその第一印象が簡単に消えるはずもなく、コトリは英雄への変身願望に踊らされていた。

 女は冬の湖畔のような綺麗な水色のワンピースを来ていた。

 駅の向かい側にある、大きなデパートの屋上にいたから、コトリには空の色のようにも見えた。どうやら飛び降り自殺をするみたいだ。

「あの子、アイドルなんだ」

 誰かの声がそう女について噂していたのが聞こえた。コトリはスマホを取り出して、調べてみた。

 人混みの中から聞こえる端々の情報を組み合わせて検索してみると「ミコ」という地下アイドルにたどり着いた。サブカルチャーの煮こごりのようなソロアイドルでであり、アイドル好きの中では知名度があったらしい。地上波ではないが、テレビにも出演している。まだコトリより二つ上の高校生だった。

 「何故自殺しようと思うんだろう?」それがコトリの純粋な疑問だった。

 応援してくれる人がいる、テレビにも出演できる、歌も上手くてダンスもできる。何も出来ずに、道具を頼ってやっと何かをできるようになるかもしれない自分と、いろいろなものに恵まれたミコを見てコトリはなんだか惨めな気持ちになった。

 こういう女の子が都会の駅のような存在で、電車という道具を使ってやっと認知されるような存在が田舎の駅のような自分なのだ。

 コトリはなんだか次第にミコに対して腹が立ってきた。何であんな所で死のうと思ったのだろう、そもそも一定数ファンがいれば良いものではないのか。

 彼女は彼女なりの理由はあることは分かってはいるが、立場が違いすぎる故に理解は到底出来なかった。死ぬ前に彼女もなにか特別になりたかったのか? だったらそんなことはさせない。特別になるのは私だ。ミコはもっと生きるべきなのだ。

 大丈夫だ。今の私には、きっと、魔法がある。


 コトリはスマホの電源を落とすと、すぐに駅の中でロッカーを探した。お使いの荷物をしまうためだ。思ったより早くロッカーは見つかった。想像以上に高い値段なんてもう気にしていられなかった。素早くロッカーの中にその荷物をしまうと、ロッカーの鍵を無くなさないように小さなショルダーバックの中に入れた。

 次にコトリは人の目を掻い潜って駅の階段を下った。このデパートは二階との入り口と駅が繋がっていて、人もほとんどそこに密集していたので、反対に一階の方には車の通りがいつもより激しい事以外は特に変わりがなく、むしろいつもより人が少ないようにさえ思えた。

 中に入るのもそれほど苦ではなく、寧ろ上で起きている騒動が嘘のようにガランとしていた。

 きっと駅方面に押し寄せている人が多すぎて、こちらにまで人手が足りていないのだろう。何故か警備員が誰もいなかったのが少し不思議だったが、幸運だと思ってコトリは非常用の階段を上がっていった。

 コトリはこの時点で「助けたい」なんて気持ちは微塵もなかった。ただ、才能が消えゆくことへの嫉妬と自分の惨めな気持ちが、コトリの足を進ませていた。


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