破れた青春の一ページ

たぴ岡

崩壊

 こんなことになるとは、少しだって思わなかった。だってどう考えたってあれは冗談で、本気じゃなかった。それなのに勝手に真に受けて、勝手にこんな終わり方をさせるなんて、つまらないジョークでももっと質がいい。馬鹿の戯言の方がまだ笑える。こんなの、おかしいだろ――。


 俺はいつも通り遅刻ギリギリで登校して、それから親友みんなに笑われながら教室に入場。いつも通り、ただの日常を過ごすだけだった。

 それは例えば、親友たちとくだらない話をしたり、購買まで競争したり、それから授業中にメッセージ送り合ったり。いわゆる不良とまではいかないが、クラスの人間にはそこそこの問題児として認識されていたと思う。でもそれで良かった。俺たちが楽しければ、なんでも良かったんだ。

「なあリョウタ、あいつは?」

「ん? あぁ、あいつか」

 俺がいつも一緒にいたのは三人。俺はその中でもリーダーみたいなもので、その三人から慕われていた、のだと思っている。たぶん、そうだろう。

「あいつは、ほら、あそこ」

 俺が指した方向には「あいつ」と呼ばれた男がいた。名前はタカオ。苗字なんだか名前なんだかよくわからない呼び名で、「高い」という文字が入っているのにチビだ。それでも成績優秀で俺たちのことを好いてくれている、良い奴だった。

「おいタカオ! 早く来いよ!」

 スズトはクラスに響く大きな声で言った。スズトはどちらかといえばただの馬鹿で、しかし賢い。なんと言うか、勉強はできないけど頭の回転ははやい、みたいなそんな奴。

「あ、ちょ、ちょっと待ってね、ごめん」

 タカオは少し気が弱い。

「はい、これがリョウタのコーラで、こっちがスズトの無糖コーヒー。で、最後がハヅキのりんごジュース」

「おっ。サンキュー、タカオ!」

 だから今もこうやって俺たちの言った「命令」を素直に聞いている。

「ね、ねえ、お金って――」

「おいハヅキ! 今日お前の声聞いてないぞ?」

「……うるさいなぁ、リョウタは」

 ハヅキは少し無口気味だ。あんまりにも喋らないから、いるのかいないのかわからなくなるときがある。たまに喋ると口も悪いし目つきも悪い。だからたぶんこの中で一番不良っぽいと思われていても仕方がない。

 放課後になると、すぐに俺たちは帰る。だが、今日は少し違った。

「あ、あの……さ」

 タカオがいきなり俺たちの前に立ち塞がったのだ。

「おやおやぁ、タカオくん、今日も小さいですねぇ?」

「おいリョウタ、良くないぞ。まだタカオくんは小学生なんだからさ?」

 俺たちお決まりのタカオのチビいじり。スズトと顔を見合わせてガハハ、と笑い合う。そういえばハヅキはあまりこれには参加しない。そういういじりが好きではないらしいから、仕方ないのかもしれないけど。まあ、タカオも笑ってくれるし、俺は良いと思うんだけどな。

「——その、それもおれ、ホントは嫌なんだ」

 タカオは真面目な顔で話し出した。いつもは一緒ににこっと笑ってくれる流れなのに、どうして変なことを言い始めたのだろう。

「パシリみたいなこととかさ、金貸しても返してくんないし、それにチビいじりも。殴ったりとかじゃないからこそ、タチ悪いと思う……んだよね」

 俺には意味がわからなかった。だって、今までずっと一緒に楽しんできた流れを壊すようなことを言ってきたんだ。笑って過ごしてきた日常を崩そうとしてきたんだ。そんなの許せない。だって全部冗談じゃないか。本気でやってるんじゃない。それなのに。

「これってさ、いじめ……じゃないの」


 ハッと目を覚まして、起き上がる。

 昨日の嫌なことを夢に見るなんて、最悪だ。最近見ていなかった夢をこんな風に見せられるなんて。

 あの後俺は、ほんの冗談じゃん、おもしろジョークだよ、とか言ってタカオをなんとか納得させた。けど、それでも心配だ。タカオがそんな風に思っていたなんて。

 俺たちのことを恨んでいるのだろうか。あのタカオが俺のやったことを言いふらして最終的には騙して、それから俺を貶める、とか。もしくは、どうしても俺のことが許せなくて結局殺しに来る、とか。とにかく、俺の身に何かあったら、と気がかりだったのだ。

 パッとスマホの画面を見ると深夜二時を示していた。それとタカオからの着信も。

 俺は急いでスマホを持ち上げ、内容を確認するべくアプリを立ち上げた。通知は五十件。それも全部がタカオからのものだった。

『なあリョウタ』

『電話でてくれ』

『おれ決めたよ』

『でてくれよ』

『もう決めたんだよ』

『なあ、なんででないの?』

『おれもう我慢できないよ』

『なあ』

『なあ』

『なあ』

 背筋に冷たいものが走った。この後の吹き出しには全て『なあ』としか書かれていなかったのだ。

 バチン、と音が鳴って机から何かが落ちた。電気が点いたり消えたりし始めた。雨が窓を強く叩いている。ゴロゴロと雷が落ちそうだ。何かに見つめられいてるような気味の悪い視線を感じる。手元のスマホだけが熱くなっていく。通知がなる。またタカオからのメッセージを受け取っている。

 ピロン。

 ピロンピロンピロンピロン。

 ピロンピロン、ピロンピロンピロンピロンピロン、ピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロン——。

 めまいがする。おかしい。何かがおかしい。どうして、何が起きている。俺には何もわからなかった。

 ドカン! 雷が落ちる。その光に照らされて、何かの影が見えた。見えてしまった。

 俺は上手く呼吸ができないまま、部屋を飛び出した。

 あのとき見えたのは何だ? あのとき光ったのは何だ? あのとき首を吊ったのは、誰だ——?

 確かに見えた。逆光で顔は見えなかったが、それでも、あれは、制服を着たタカオだった。

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