第2話・不合理で愚鈍で馬鹿な青春は。

「本日最後の演奏を務めるのは~中央高校の山田さん~」

 どどんがどん。

 日が暮れたせいで紫と橙を混ぜ合わせた不気味な空に覆われ、人混みもまばらになってきたお祭りを歩く。

 結局……四時間可愛がっちゃった……しょうがない、可愛いのが悪い。

 可愛がられちゃった佳奈ちゃんは部屋で白目を剥いて寝ちゃったのでそっと瞼を下ろして、私一人でこっそり家を出た。

「嬢ちゃん、焼きそばどうだい! ラスト三個だから安くするよ!」

「あはは、大丈夫です~」

 そもそも財布持ってきてないんだ、ごめんねおじさん。

 なんて、心にもない謝罪を心の中で呟いて、一生懸命太鼓を叩く見ず知らずの山田さんをぼんやり眺めながら、私は結構、お祭りって好きなんだけどなぁ、なんて、自分でも笑ってしまいそうな程薄ら寒いことを思った。

 ぱさぱさで美味しくない焼きそばも、

 倫理観が欠如したクジ引き屋さんも、

 富士山山頂並みに強気な価格設定も、

 好きな人が褒めてくれるかもって期待しちゃってる浴衣姿も、

 他の男子とは一味違うぜってところを見せつけたい甚平姿も、

 いろんな種類の馬鹿がたくさん詰まってて私は好きだ。

 学校とか、家とか、SNSですらも賢くあることを強要される世界なんだから、こんな風に馬鹿になれる場所って絶対に必要だと思う。

 特に私と佳奈ちゃんみたいに『漫画家になりたい』とか本気で思っちゃってる青春馬鹿には、もってこいの風景だと思うんだけどなぁ。

「……もっと、もっと馬鹿になってやる」

 地元の小学生がデザインした提燈が揺れている。

 下手だけど味があるっていうのはこういうことを言うのかな、それともただ『下手』って切り捨てることを忌避した本能がフォローしたいだけなのかな。

 わかんないなぁ。

 きっと佳奈ちゃんなら「知らん。知らんけど、私の方が上手い」とか言って笑わせてくれるんだろうな。

 それで笑ったら怒るんだ。だって彼女は本気で思っているんだから。表現者は全て尊敬すべき盟友であり、打倒すべき敵なんだと。


――×――×――


「おかえり」

 寝顔でもなんでもいいから佳奈ちゃんに会いたくなってしまい、散歩を早々に切り上げて再び佳奈ちゃんの部屋に戻ってきた。

「ただいま~、もう起きちゃったんだね。もっと寝なくて平気?」

「寝てる暇なんてなかったのに発情したどっかの誰かに襲われていつの間にか気絶してたんだよ!!」

「えっ!? どっかの誰かって誰!? 佳奈ちゃんNTRもいけちゃうの!?」

「いけねぇーよ! つかこの場合いけちゃってんのはアンタだろ! もっと私を大事にしろ!」

 お喋りしながらもペンは止まらず、寝る前よりかは安定した線が引けているようで一安心。

 私は私で台詞に無駄がないか、展開に無理がないか何度目かのチェックを始める。

 も、やっぱり一緒にお祭り回りたかったなぁなんて女々しい気持ちがどうしようもなく込み上がり、それは抑える間もなく零れてしまった。

「佳奈ちゃんはなんでそんなにお祭り嫌いなの? うるさいのはわかるけど、こんなに近いんだから行けばいいのに」

 そういえば二年以上一緒にいてこんなの聞いたの初めてだ。なんか重大な過去があったらどうしよう、とは思ったものの今更やめるのは気持ちが悪い。

「行かないといけない、なんてことはないと思うけどさ、見ておいた方が表現の幅が広がることもあるんじゃないかな?」

「……まーね」

 佳奈ちゃんはどこか、不機嫌ではないけれど暗い声音で一言返すとペンを置いて私の方へ振り向いた。

「うるさいのが嫌いってのも嘘じゃないけど……行かないのはさ、まぁ別に大したことじゃないんだけど……」

「……うん」

 あっ、これダメじゃん。大したこと言うときの前フリじゃん。

「中学生のときに痴漢されたんだよ。人多すぎてどうしようもなかった。ただでケツ触られてむかついたからそれ以来行ってない。……そんだけ」

「わかった、今からお祭りの運営委員会とその関係人物鏖にしてくるね☆」

 今となっては佳奈ちゃんに酷いことをしたクソ人間には神が徹底的に罰を与えると信じることしかできない。

 でもお祭りとかいうクソクソクソ&クソ文化を未だに実行し続ける人間を消去することはできるもんね☆

「待て待て待て待て!」

 さっそくノートに血なまぐさいプロットを書こうとした時、佳奈ちゃんが駆け寄ってきて私の手を取り制止する。

「もう四、五年も前のことだからさ、いい加減向き合わなきゃって思ってたんだ。祭りのシーン描きたいのに実物の記憶ないとか……難しそうだし」

 せっかく佳奈ちゃんが空気を軽くしようとしてくれているのに、悔しくて悔しくて……前向きな言葉がどうしても出てこない。

「それに……嫌な記憶のまま過ごすのって勿体ないもんな。……だからさ、紗綾」

 佳奈ちゃんは私の頬を両手で挟むと、むにっと持ち上げて視線を合わせた。

「また塗り替えてよ、私の世界を」

「……佳奈ちゃんの、世界?」

 なんか……格好いいこと言ってるけどピンとこない。

「私さ、親の影響で絵描き始めて、評価されるのは好きだったけど……結局すぐに何を描けばいいかわかんなくなっちゃったんだ。そんな私に紗綾は描くべき世界を教えてくれた。意味分かんない世界観とか、馬鹿げた物語を二次元で形にしていく快感を知ったんだ」

「……」

 なんか……照れる。今までこんなこと言われたことないのに……。

 でも、そっか……。私ばっかり佳奈ちゃんのこと想ってるとか思ってたけど……少しは影響できてたんだ。

「私の性格こんなんでしょ? だからいろんなものがクソに見えて仕方ないんだけど、紗綾はそれを新しい見方とか価値観でどんどん塗り替えてくれる。そういうところも……その、す、好き、なんだから」

「っ! もっかい!」

「言わない!」

「なんでよ! 佳奈ちゃんしゅきぃ~しゅきしゅきしゅきしゅこ!!」

「なんだしゅこって!」

 抱きしめてかいぐりかいぐり……髪の毛がぐしゃぐしゃになるまで撫で回すと、少し大人しくなった佳奈ちゃんはお得意の上目遣いで特大の一撃を放った。

「ね、また塗り替えてくれる? 紗綾ちゃん」

「……………………明日のお祭り、一緒に行こう」

「うんっ!」

「でもその前に、今すぐやりたいことがある」

「け、結局そういうことに持ってくのかよ!」

「佳奈ちゃんなに変な想像してるの? 変態にも程があるんじゃない? そんなにおねだりしなくたって毎日可愛がってあげるから、今はちょっと我慢して」

「んなっ!?」

 正直ガバっと押し倒して二回戦と洒落込みたいけど、今すぐにでも佳奈ちゃんの忌まわしい記憶を塗り替えてあげなきゃ。

 きっとそれが、彼女の隣にいることを許可された、私に与えられた使命。

「描こう。お祭りをテーマにした最高に面白い漫画を!」

「いいね。そうこなくっちゃ」

 ペロっと舌なめずりをした佳奈ちゃんは私から離れて早速作業椅子に戻ってしまった。うぅ……温もり……いかないで……。でも……今は……まずは……!

「ねぇ佳奈ちゃん」

「ん?」

 いつもは設定とか登場人物の背景とかを考える私だけど、今回ばかりは違う。

「最初の台詞はやっぱりあれかな?」

「うん。それしかないだろうね」

 一つの物語が生まれた興奮に身を任せた私は窓を開けて――

 暗い提燈をいくつも引っさげながら淋しげに佇む公園を睨みつけ――

 二人、声を合わせて力の限り叫んだ。

「「『ぬぁ~にが祭りだバカ野郎!』」」

 こうして、今週中に描き上げ投稿しなくちゃいけない作品をほっぽり出し、新作を創り始めた私達。

 不合理で愚鈍で馬鹿な青春は――まだまだ終わりそうにない。

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ぬぁ~にが祭りだバカ野郎! 燈外町 猶 @Toutoma

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