ぬぁ~にが祭りだバカ野郎!
燈外町 猶
第1話・どどんがどん。
「ぬぁ~にが祭りだバカ野郎!」
どどんがどん。
なんて、自信満々な太鼓囃子が聞こえてくると、彼女はわざとらしく悪態をついて窓の外を睨みつける。
「うっさいったらありゃしないよ。これが九時まで続くとか……苦痛でしかない……」
現在時刻十七時。年に一回、二日間行われる盆踊り大会が始まった。
定番の屋台がところ狭しと軒を連ね、年季の入った太鼓が置かれたステージも設営された公園は、しかめっ面をしている彼女――佳奈ちゃんの家の真ん前にある。
そのため心臓を殴るような太鼓の音はもちろん、迷子のアナウンスや酔っぱらいの下手な歌、下駄を擦る雑多な足音すらも容赦なく部屋に飛び込んできた。
「あ~……うるせぇ……」
高校生最後の夏休み。私達は去年、一昨年と同じく、佳奈ちゃんの部屋で漫画作製に勤しんでいる。高校を卒業するまでに結果を出したいという一心で。
しかしそんな勝ち目の薄い青春と戦っている私達へ世界が配慮してくれることはなく、楽しげな雑音がいとも容易く集中力を奪い去っていく。
「……佳奈ちゃん、ちょっと休まない?」
「あー? 休んで原稿進むんならそうすっけど?」
「そっかぁ~」
こりゃダメだ。
佳奈ちゃんが私にきつく当たる時はかなり追い込まれてる証拠。(でも次の日、「酷いこと言ってごべんねぇ」とか言って泣き縋りながら謝ってくることは間違いのでここは笑顔で流す)
「くそっ……人んちの前で馬鹿騒ぎしやがって……」
風情もへったくれもない無粋なつぶやきをしながら、ペン入れを進めていく佳奈ちゃん。ああ、そんな雑に作業進めたらまたどっかで「気に食わない! やり直し!」って叫ぶに決まってるのに……。
「警察呼んでやろうか……くそっ……」
以前、ノイズキャンセリングのイヤホンやヘッドホンの装着を提案してみたものの、作業中は極力体に触れるものを減らしたいから嫌だと言って拒まれてしまった。
(服すらも最低限がいいらしく、タンクトップに短パンだけというえちえちぶりで恋人としては非常に目に毒であることも併せて報告しておきます)
「佳奈ちゃんって、お祭り嫌いだよねぇ。初詣も一緒に行ってくれなかったし」
私の役割は物語を考えたり簡単なアシストをすることなので、彼女程追い込まれていないし外野の音もそこまで気にならない。
ので、作業をする佳奈ちゃんの猫背をただただ堪能することにした。
うなじをじんわりと濡らす汗とか無防備なタンクトップが晒す腋とか、たまらんポイントばっかりだ。たまらん。なんなん? 誘っとるん?
「嫌い。というかエゴで騒音出して近隣住民に迷惑かけてるとか暴走族と変わんないじゃん」
言語化するとイラつきは加速してしまうようで、貧乏ゆすりはひどくなり、液タブをペンでカツカツカツカツ……去年もそれで壊して『ごべんねぇ……紗綾がお誕生日に買ってくれたやつなのにぃ……』って泣き詫び入れたのもう忘れたの?
とは、思いつつ。
佳奈ちゃんはそういう子なんだと、私の中で荒ぶりそうだった心を鎮めた。
一旦描きたいと思ったらもうそれ以外の全部はどうでもいい。それが邪魔されるのが何よりも許せない。
だからこそ人の心を動かす線が引けるんだし、私の思い描いた荒唐無稽な物語を形にする力がある。
「……」
しかーしこの調子で原稿が進むとは思わないし、休憩してと言ってもさっきみたいにきつく返されて終わり……なら、彼女の私ができることは……!
「しょうがねぇなぁ」
「なんで急に悟空みたいな口調!?」
「はいはい、バンザイしましょうね~。上手に脱ぎ脱ぎできるかな~?」
「っ……何発情してんだよ! 締め切りヤバいって何回も言ってるだろ! もっ……離し……ダメ……紗綾ちゃ…………ん……あっ……」
軽いキスを何度か重ねたあと作業椅子から抱き上げベッドに放り投げると、佳奈ちゃんは瞳を潤ませながら、おずおずと私を見上げた。
私の彼女がちょろすぎて怖いっていうラノベ書いたろか~?
いやその前に(執筆に移る前に)説明しよう。佳奈ちゃんは赤ちゃんレベルのネコちゃんなのでごろにゃんしたあとはそのままぐっすり眠ってしまうのだ。(注釈、私のタチが偏執的過ぎるという意見もまことしやかに囁かれている。)
二時間くらい可愛がったら疲労も相俟ってぐーぐー寝るだろうし、起きた頃にはお祭りも終わって集中力も回復しているでしょう。
良いことしかない!
そう、全ては佳奈ちゃんのため。決してきつく当たられて(ドマゾのくせになんだ~? 誘ってんのか~?)と高ぶっちゃったからではない。
「ね、ね、紗綾ちゃん」
押し倒された途端、口数が少なくなり、ちゃん付けになり、体を縮こませるのが私の彼女です。はい、誰にもあげません。
「なぁに?」
「前みたいのヤだよ、ヤダって言ったらやめてね?」
「………………………………うん! 当たり前だよ! 佳奈ちゃんが嫌がることするわけないじゃん!」
「ね、返事がすごく遅くなかったかな? 紗綾ちゃん? ……なんで無言になっちゃったの? ね、なんで目隠しするの? これ怖いからやだ。ねぇ紗綾ちゃん、やだって言った。言ったよ? 紗綾ちゃん?」
ふぅ……。私の劣情を的確に煽ってくる恋人とか……徹底的にお仕置きしなきゃだよね☆
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