――――――壱――――――


「圭一郎さん、お疲れ様です!」


 京都府立烏丸きょうとふりつからすま高等学校。

四条しじょう通りに面した、市内でも歴史ある高校の一つだ。

その正門を出たところで、蘆屋圭一郎あしやけいいちろうは、丸刈りの小柄な男子生徒に威勢よく声をかけられた。


「……そういうのやめてくんねぇ?目立つだろ」


 圭一郎は鬱陶うっとうしそうにその男子生徒――隣のクラスの佐々木ささきの横を通り過ぎようとする。


「いやいや~、圭一郎さんはいるだけで目立ちますって!オーラが違いますもん」

「だからなんでいつも敬語なんだよ、同級生タメだろ。俺がいじめてるみたいじゃねえか」

「てか、めずらしいっスよね、圭一郎さんがホームルームまで受けるなんて! 教室のぞいたら見えたんで待たせてもらいました!」

「……俺の話聞いてた?」 

 

 ずんずん進んで行く圭一郎に、佐々木は早足でついてくる。

 彼と圭一郎は、高校に入学してから話すようになった―――というよりも、なぜか佐々木は圭一郎のことを尊敬しているらしく、初っぱなからこの調子で、ほぼ一方的に話しかけてくるのだった。


 

 蘆屋圭一郎あしやけいいちろうは昔から、学校に「友人」と呼べるような人は1人もいなかった。周囲まわりから怖がられているからだ。本人はそれを自分の特殊な家系、そして生まれ持った「力」のせいだと思っているが、実際は彼の見た目によるところが大きい。

 生まれつきの三白眼に、こめかみから左頬にかけてのアザ。

それでいて無愛想なのだから、近寄り難いのは当然である。何もしていないのに「にらんだ」と言いがかりをつけられることも多く、絡んできた相手を殴ったりしているうちに、圭一郎はこのあたりでは有名な不良もんだいじになっていた。


 そういう意味では、圭一郎を恐れない佐々木は珍しい人種だった。






「おい、てめーか?蘆屋って1年は!?」


 ドスのきいた声。振り向くと、圭一郎たちと同じ制服を着崩した、いかにもヤンキー風貌の男子生徒が3人立っていた。


(うわ、ガラ悪そうなの来た。3年か?)

 

 圭一郎は決して人のことをガラが悪いなどといえるような見た目をしていないのだが、その点は無自覚である。


 真ん中の、一番体格のいい男が、圭一郎に詰めよる。


「お―い、シカトかよ。先輩が聞いてんだよ」 

「それが人にものを聞く態度かよ。小学校からやり直せ」

「あ?今なんつったテメー」


 強気な圭一郎の態度に、場の空気が一気に悪くなる。佐々木はヒヤヒヤしながらも、ちゃっかりと圭一郎の背後に隠れる。


「何おまえ、子分とかつれてんの?」

「こいつは勝手についてきただけだ。お前こそ一人で行動できないタイプだろ」     

「……自分テメェの立場を分かってねぇらしいな」


 3人は圭一郎を囲むように位置取ると、そのまま木々の茂る緑地公園へ連れて行く。人目につかない場所まで来たところで、圭一郎は両脇から腕を押さえつけられた。







「―――はぁ、めんどくせえ」












「さすがっス、圭一郎さん!3年相手に一瞬でしたね!」


 緑地公園の公衆トイレの陰。地面には先刻せんこく絡んできた3人が折り重なって倒れている。2人に腕を押さえつけられ、もう1人に殴られそうになったところを、圭一郎が反撃した結果だ。


「……お前はまだいたのかよ」

 どこからか現れた佐々木を見て、圭一郎は心底 あきれた顔をした。

そして地面に投げ捨てられた自分のカバンを拾うと、だるそうに歩き出す。


「圭一郎さんてほんとすごいっスよね!ケンカは強いし、授業サボってても成績いいし」

 なんでコイツは俺の成績を知ってるんだ、と思ったが、突っ込むのも面倒臭めんどくさくなってやめた。

「しかも圭一郎さん、すごい家系なんスよね!たしかおん…」


 ――――ザッ



 圭一郎は突如足を止め、静かに振り返る。

 その冷たい表情に、佐々木は蛇に睨まれたカエルのように立ちすくんだ。



「……二度と俺の前でその話をすんな」


 吐き捨てるようにそう言うと、圭一郎は公園を出て行った。




(――ああ、腹が立つ。いろんなもんに)



 佐々木は、もうついて来なかった。



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