第38話・引力の正体を発見する事よりも優先させるべき事柄とは何でしょうか?
などと軽く自戒をかましたところで。
続く2番ホール(尚、一番ホールは+3でホールアウトした(涙))。
これはこのショートコース唯一のサービスホールだ。
なんせ谷が絡まない。
フェアウェイも唯一のフラット。
距離もグリーンまで70ヤードと短い。
そのくせパーは3。
これをサービスと言わずして……
しかし俺は一周目、このホールでもボールをロストしたのだ。
それはこのホールにもOBエリアが存在していることを意味している。
その場所とは、よりによって……
「ああっ、まるで引力にひかれるように!」
グリーンのすぐ後ろなのだ。
高い避雷針を取り囲む、厳重な鉄柵!
そう、ここは山のかなり上の方で、その上開けた場所だ。
だから季節によっては落雷がゴルファーを襲うらしい。
それで安全対策としてこんな高い避雷針(高さ5メートルくらい?)と、大きな囲い(縦横4メートル、高さ2メートルくらい)を作ったんだそうな。
囲いの中は当然立ち入り禁止で自動的にOBゾーンだ。
「ぜったい狙ってるでしょ」
「狙って打ちこめるくらいなら苦労しないよ」
つうか罠だろこんなの。
とブツクサ言いつつ、グリーン傍の前進ティから4打目を打った。
グリーンはティグラウンドから見て迎え傾斜が付いてるが、前進ティからは若干下りとなる位置関係。
ゴルファーの、傾斜に対する感覚を狂わせる狙いがあるようだ。
それに2周目もまた引っかかってピンをオーバー。
その後2パットでこの2番ホールもめでたく
知ってるかい? ゴルフってのは打った数が少ないほど偉い競技なんだぜ。
マイガッ。
そして3番ホール。
ここは200ヤードとパー3としてはロングなホールだが、打ち降ろしなので飛距離的には問題ない。
しかしフェアウェイ左側全部が谷(当然OB)だ。
「今度こそ右に打ってね」
倍音のありがたいアドバイス。
確かに、右側は上りのホールとフェアウェイを共用してるので広々としてる。
右に行ってグリーンに乗らないとしても、前進4打よりははるかにマシだ。
だが、1周目も同じアドバイスに従って右を向いて打ったのは良いが。
それはグリーンに向けて振ったスイングに対しクローズドスタンスになって、結果的に打球はフック=左の谷に一直線、となってしまったのだ。
打ち慣れてた3番アイアンというのも飛距離に拍車をかけた。
そういう時に限ってキレイに当たるんだよなコレが。
そういうことがあったので、今回はキチンとグリーンに向かって立った。
そして昨日倍音から教えてもらった通り、中華料理のメニューを唱えながら。
ヘッドをまっすぐにボールに当てる事だけを考えつつ、3番アイアンを70%くらいの力でスイングした。
「わぁ、ナイショッ!」
芯を喰らった時に特有の、ボールがヘッドを突き抜けてしまったような軽い感じを残して、ボールはほぼ真っ直ぐ前方に飛びあがった。
そして、初めて倍音から褒められた。
それも合わせて、気持ちよさと嬉しさを同時に感じた。のだが。
「え、ちょ……」
よく見ると、ボールは若干谷側に向かって飛び出したのだ。
高度を増すにしたがって、だんだんと谷の上に向かって行く……
「だいじょぶ」
焦る俺に倍音の声。
え、なんでよと思う間もなく。
ボールはゆっくりと右側に向かって曲がり始めたのだ。
「打ち降ろしでフェードボールなんて上級者でも難しいのに」
感嘆したような倍音の声に乗って、ボールは200ヤード向こうのグリーンの手前に落ちて、2度ほどバウンドした後に、無事グリーンに乗って止まった。
「ワンオン……生まれて初めてだ……」
実際には単なるマグレ当たりだろうし、ひょっとするとたまたま谷から風が吹きあがってきてたのかもしれない。
きっと色々な幸運が重なった結果なんだろう。
それでも気持ちいいなあと思いながらティグラウンドで固まっていると、ワンワンオーと、倍音が謎の声をかけてきて。
さーはやく行こー、と満面の笑みを追加して先に歩き出した。
ああ、倍音も嬉しいんだろうな。
後ろから見る姿。
髪型はポニーテールだが、ウキウキと歩くところはまるでどこかのワンコの様で。
1周目はスマンかったと思いつつ、もっと楽しませてやりたくなった。
それで、歩きながら次打であるパッティングについて考える。
3番ホールのグリーンは、奥に向かって下がっていた。
下りの方が難しいのはクルマの運転と同じ。
今回のボールは多分ピンの手前に止まってるだろうから、パッティングには慎重さが要求されるだろう。
しかしビビって届かなければ、せっかくのバーディーチャンスがもったいない。
ここは男らしく度胸決めてドカンと行って!
そしてドカンとグリーンオーバー(1周目)だ!
……ちくしょう、一体どうしろと……
左右に揺れる倍音のポニテを見ながら思う。
結局、引力が悪いんだ。
なんでそんなものが有るんだ、俺は頼んじゃいないぞ。
つーか何なんだろう引力って。
と、ゴルフと関係無い事を考えていると。
「うっ……?」
倍音の後ろ姿が揺らいだ。
いや、倍音だけじゃなく風景全体が揺らいだのだ。
その風景が全体的に薄暗くなり(明度50パーって感じ)。
そして、倍音の頭の上に横幅2メートルくらいのスクリーンが開く。
この状況は、土曜の峠道で見たS225の謎の動画と同じに見えた。
違うのは映し出されるその内容だ。
今回は数個の黄色やピンクの球が発生したり消えたりしていた。
ランダムに明滅していたそれら数個の球は、いつしか一列に並んでいた。
そして、次に発生するポイントを探しているように見えた。
それは可能性の話だ。
元の球と淡い色で表示された球とは、間を点線で結ばれている。
そして、元の球から点線は5本生えていた。
まるでゴルフショットの、スライス、フェード、センター、ドロー、フックの様に見える。
つまり、一つの球が次に発生するのは、最低5通りの可能性があると言いたいのだろう。
並んだ球を打つのは同一人物のようだ。
だから、打った球はほとんど同じところに飛んでいく。
スライスなら全個が右側に、フックなら全個が左側に。
そこまで表示されたところで、球の色が白色になった。
それは土曜の量子の説明と同じなので、どうやら球を量子に見立てろと言う意味の様だった。
今度の動画はもっとシンプルだった。
消えた量子が次に発生する方向は、他の量子とほぼ同じもので。
発生する距離も他の量子とまあ同じだ。
それらが明滅。
写しているカメラが引いて、範囲が原子から分子構造にまで拡大されて。
最後には、その量子の集合体がゴルフボールであることが分かるまで表示範囲が拡大された。
そこまでは、内容的には峠でのそれと同じだったのだが。
今回のは続きがあった。
更にカメラが引いて、ゴルフボールが実は沢山ある事が分かって来る。
それも百とか千とかの半端な数ではない。
カメラが引くごとに一つ一つの大きさは小さくなり、代わりに数はどんどん増えて行く。
その様子は、あたかも分子構造を形作る量子群のようにも見えた。
集まるゴルフボールも量子と同じ動きになっている。
つまり消滅と発生を繰り返しているのだ。
隣り合うピンクと黄色のゴルフボール。
先に発生した方に、そこに居られる権利が発生すると言わんばかりに。
同じ場所に向かって発生しようとしているように見えた。
……ああ、これが引力の正体だって言うのか?
つまり引力というのは間違いで、実際には力などではなく。
物体同士が引き合うのでもなく。
量子が集まる、いや、
この動画の製作者は言いたいようだった。
そういや重力は英語でグラビティだったか。
なんちゃらフォースではなかったよな。
外人は分かってたのか。
あ、でも、引力は確かアトラクティブフォースとか言うんじゃなかったか?
(うろ覚え)
では、世界では引力と重力は別なものとして認識されてるんだろうか?
仮にそうだとしても、実際にはどうなんだろうか?
そう疑問を持った。
すると、画面はそれに応えるかのように動画の内容を変えてきた。
今度は地球レベルでの話だ。
漆黒の宇宙に浮かぶ青い星、我らが住む地球。
その地球がいきなり半分にスライスされ、内部構造が露になる。
それはよく見る地球の断面図で、外側はよく知ってる地面や海。
その一段内側はマントルが対流。
更にその内側はマグマ。
そこにカメラが寄っていく。
それも地球の表面から内側に向かう動きも加わっているので、拡大された物質(これは何かの石だろうな)がマグマとかもっと高温の何かに変わっていくさまも同時に見られた。
更に画面は物質を拡大していく。
するとそれはとうとう量子レベルにまでなり、明滅を繰り返すおなじみの動画になった。
しかしそれは今までのそれとは少し違った。
それは地球のかなり内側の様子だったのだ。
マグマよりも更に高温状態になった、元岩石だったもの。その量子。
それらは他の量子と次に発生する場所を争っているように見える。
地球の中心、それは地球上の物質が発生しうる最も可能性の高い場所。
つまり天体というのは、何らかの理由で量子が発生する可能性が異常に高まった特異点の事なのだろう。
地球の中心に近い物質というのは、発生しうる可能性の高い場所に居るので、それほど移動しなくても良さそうだ。
しかし他の競争者は周囲に多数いる。
だから、彼らが狭い範囲で消滅と発生を繰り返すと、可能性の波のようなモノが発生しているように。
動画上ではそういう演出が加えられてたのか、とにかくそう見えた。
その波は恐らくは人間が熱と呼ぶもので、熱なら力そのものである。
だから、引力や重力は同じものである、と。
そして一義的には力ではないのだが、それが元になって力を生み出すことはある、と。
動画製作者はそう言いたいように見えた。
と、そこまで動画を見たところで。
スクリーンの下を歩いていた倍音が、急にグリーンに向かって駆け出した。
何かよく聞き取れない声も上げてるようだ。
そのせいなのか、倍音の頭上のスクリーンは消えて。
周囲の薄暗さも無くなって、さっきまでの夏空と爽やかな風、それに明るい陽射しが甦った。
どうやら現実世界に戻ってきたようだ。
しっかし、あの動画は一体何だったんだ……
もしあの内容が正しいのなら、それはノーベル賞級の大発見になるのだが。
なんせ重力子とかわけのわからない粒子一切無しで引力を説明出来てたし。
それでも誰が何の為にあんな手の込んだ方法で俺にあの動画を見せたのか。
それが不明なので、気持ち悪さの方が先に立って、内容を全面的に信じる気にはなれなかったのだ。
「はやくーっ」
倍音が呼ぶ声で我に返る。
そして歩きはじめる。グリーンはもうすぐそこだ。
きっと慣れない高地での運動が原因で体が勝手に幻を見たんだろう。
そういえば峠で謎動画を見たのも、けっこうな高地だった筈だからな。
うむ、この仮説の方が引力の正体うんぬんよりもよほど説得力があるな。
そう思って倍音の方を見た。
彼女は既にグリーンに着いていた。
それはいいのだが、もう一つ重要な要素がグリーン上から消滅していた。
ボールが無くなっていたのだ。
「……ええっ?」
なんで? っと思ったが。
すぐに先ほどの動画が脳内に甦る。
俺の到着を待ちきれずに、ボールはもっと低い位置(OBゾーン)へ存在する未来を選択したのだろう。
つまり即ちヌカ喜びってやつですか!
「あ~……」
ガックリと来て、トボトボとグリーンの外側を回り、グリーンの外側のOBゾーンを覗き込んだ。
2周目用にとおばさんが集めてくれた、淡いピンク色のボールが転がり込んでないかと。
そこへ。
「どこ行ってるの? こっちよこっち」
背後から倍音が声をかけてきた。
それに従って、彼女が居るグリーンの真ん中へ移動する。
前進ティグラウンドへはグリーンを横切った方が近いからな……
だがしかし。
倍音は、カップに刺さってるピンを握ったままニコニコしてるだけなのだ。
え、どういうこと? と一瞬思ったがすぐにピンときた。
つうか、まさか……
「急にボールが転がりだしたの。そしてあああって思ってたら」
そう言う倍音の足元を覗き込む。
そこはカップ、すなわちグリーンよりも低い場所。
その底に淡いピンク色のゴルフボールが、しっかりと持ち主の到着を待っていたのだ。
「おめでとう、加治屋さん!」
どうやら2打目をうつまでもなく、倍音をもっと楽しませることに成功したようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます