第20話・平和な晩の通観

 

 月が明るい午後10時。

 今夜も何故かPCルームで夜会が開催中。


「あのスタリオンという車は、女性に人気があったそうですよ」

「へえ」


 ディスプレイの前の席で、マウスを操作しながら美原さんが。

 ネット検索の結果を教えてくれている。


「やっぱり白馬ってのはロマンチックですからね。CMにも馬が描かれてたようですし」


 ロマンチック(?)なのは、上に乗ってる王子様の方じゃないだろうか?

 お決まりのモッコリ白タイツで……


「アンタいま何か変な事考えたでしょ」


 相変わらずの読心術で、対面の宇藤が。

 しかし今回は、ちょっと外したかな。


「いいやべつに」


 民族衣装にケチをつける筋合いはないからな。


「加治屋、例のメモ書きは見せてもらった」


 下家のサラが。

 二枚目の白を切りながら。


「あ、それポンです」


 上家の祢宜さん。

 白い腕が目の前を横切って、サラが捨てた白を摘まみ上げる。


「あん……」


 ツモを抜かされた宇藤が不満げな声を。

 その態度から、大き目な手がイーシャンテンかテンパイっぽいのが丸見えだ。


「ほう、それでどうだった?」


 サラに問う。

 依頼していたアルゴは組みあがったと、夕食の時に聞いていた。


「ほとんど読めなかったけど、読めるとこだけでも中々に興味深い」

「ふむ」

「コピーとって、メールで大学時代お世話になった教授に送った」

「そうか、まだ大学とつながりがある年齢なんだな」

「送って、構わなかった?」

「あ、ああ、別に俺のモノじゃないし問題は無い……って」


 ツモ切り。

 この対面の山は腐ってやがる!


「あ、その西もポンです」

「げ……」


 祢宜さんからの声で、反射的に場を見る。

 しまった、西はションパイだったか。


「……む」

「あ~あ、もし祢宜さんがあがったらアンタの責任払いだからね」


 メモ書きに関する話の腰を折られたサラはともかく、なんで宇藤がそこまでこの場に固執する?

 やっぱ大きい手を張ってやがるのか?

 まったく、とことん賭け事に向いてない性格だな。


「ああ、でも、加治屋さんが来てくれてホント良かったと思ってるんですよ」


 西を拾いながら、祢宜さんがフォローするように。

 実は、この麻雀牌やテーブルも、夕食後に祢宜さんが持って来てくれたものだ。

 どこにあったのか、台車に乗せて嬉々として。


「うてる人間が3人しかいなかったので」


 と言いながらドラ筋のスーピンを切る。

 !! 宇藤の雰囲気を読めてないのか、祢宜さんは?


「ぐ……」


 一瞬焦ったが、宇藤あがらず。


 南の四局、親は俺。現在15000点あたりの宇藤には、大きな手であがるしか手は無いのだろう。

 大きな手ってのは往々にして待ちが悪いもの。

 ひょっとすると祢宜さんは、そこまで見通しての強気な捨て牌だったのかもしれない。


 なお、俺は25000点、サラと祢宜さんは30000点あたりで並んでる。

 賭け無しのお遊びなので、このまま3位で引けるのを狙ってベタ降りしてるのだが。


「ご、ごめんなさい……」


 美原さんが、うなだれて。


「園実はうてないんじゃない、脱ぐのが嫌だからうたないだけ」


 あ、そんなことは、と言いかけた祢宜さんに、フォローをするようにサラ。

 って、脱ぐって……?


「女の子どうしでも脱衣麻雀するのか?」


 サラに訊きながらツモる。

 ち、また字牌かよ。


「当然。お金をかけない以上、何かリスクを負わないと盛り上がらない」


 リスク……!

 サラの言葉に、またもツモ切りしようとした右手が痙攣したように止まる。

 あぶねえ。とくに上家の祢宜さんが。


「呆れた、真に受けてたの?」


 言った通りの呆れ顔を、斜め横の美原さんに向けて、宇藤。


「学生時代にはさんざん脱がされてたから」


 サラが衝撃の発言。

 それを聞いた宇藤の目が丸くなる。

 チャンスかなと、牌を安牌っぽいイーピンに持ち替えて切る。


「セーフです」

「通し」


 上家と下家が。

 いや、アンタらには現物だろイーピン。


「え、あ、ちょっと」


 美原さんに向けてた視線を慌てて場に戻す宇藤。

 その狼狽えぶりを狙ってか、サラがツモりながら話を続ける。


「園実のはもう見飽きてるから」

「そんな、ひどいよサラちゃん」


 サラと美原さんの言い争いが始まる。

 それは主に大学時代の出来事がメインで、基本的には微笑ましいエピソードの連続だったのだが。

 共感できる内容もあったのか、宇藤の耳目はその会話に引き込まれていったように見えた。

 その途中にサラが牌を切る。

 案の定、話に夢中な宇藤は、その牌をロクに見ずにツモ牌した。


 しかし、サークルでの旅行かあ。

 俺も写真をやってるときは、大学のサークルに入っていて、撮影旅行にも行ったものだ。

 特に、別のサークル(お絵描きとか音楽関係とか)の連中と一緒に行ったりすると、異常にテンション上がったりしてな。

 懐かしい……


「あ、それロンです」


 不意に上家から。

 見ると、祢宜さんが手牌を倒したところだった。


「ホンイツ、トイトイ、小三元♪」


 げえっ、派手な手!

 一瞬、放銃したのは誰かと思ったが、状況からしてパーピンを切った対面の顔面ブルーレイしか居なかった。


「失礼、頭ハネです」


 今度はサラが。

 パッタリと手牌を倒す。


「タンピン三色」


 サラらしくダマテンでかつ手堅い手だ。

 しかしピンズで張ってたとは分からなかった。クーデレ恐るべし。


「あ~ん、その『頭ハネです』っていうの、一回やってみたかったのに~」


 祢宜さんが、珍しく甘えるような声でサラに。

 これにはサラもさすがに動揺。


「いや、上家、わたし」

「そこをなんとか~」


 二人、謎の要求と却下を繰り返している。

 まあ、ほっといてもいいか。

 それより。


「それで、宇藤は脱がなきゃいけないんじゃないのか?」


 半荘終了でドベ確定だからな。


「そ、そんな取り決めはっ、してないしっ」

「いや、別に見たいわけじゃないんだけどな」

「ええっ!? 見たくないなんてあるワケないでしょ!」


 動揺し混乱する宇藤。

 これはけっこう面白い。

 だが、すぐに救いの手が入った。


「加治屋さん、もうその辺にしてあげましょう?」


 まるで某ご老公のように。


「なんで? あ、俺もマイナスだから脱げとか?」


 やぶさかではないが。


「いいええ。そうじゃなく、なんていうか、脱がされる者の気持ちが分かるというか」


 なるほど。そんな気分になるほどに、学生時代はサラのおもちゃにされてたんだろうな。


「分かったよ」

「ありがとうございます。さすがはアジアの王になる人は違いますね」

「……はい?」


 なんですか? アジア、の、王?


「あ、これはですね……」


 どうやら、こないだのギリシャ神話の続きらしい。

 王になった者が乗ってきた馬車に、ある封印を施して神殿に奉納したと。

 そして、その封印を解くものはアジアの王になるであろうとの予言を残したのだとか。


「サラちゃんが見てたメモ書きが、私にはスタリオンの封印のように見えたので」


 その後、現れた英雄により、その封印は解かれ(つうか剣でぶった切られて)、その英雄は予言通りにアジアの王になったのだとか。

 いやはや、神話ってのは荒唐無稽が常とはいえ、これはね……


「こんなヒネた男が、王? アジアの王? 有りえないわ」


 苦笑交じりに宇藤が。


「うるさいよ、宇藤は黙って脱いでなさい」

「そう。それだけは加治屋に同意」

「なんですって!?」


 サラの乱入に慌てる。

 が、しかし。


「もうこうなったら、全員で一斉に脱ぐというのは?」


 祢宜さんの無茶な提案に、場が一段と混乱する。


「言い出しっぺが先ず実行するべき」

「そうですね、それじゃ」

「や、やめてやめてやめて」


 サラのツッコミに天然で返す祢宜さん、動揺する美原さん。


「もう、いい加減に収集しなさいよ」

「と、言われてもな」


 宇藤に言われても、こうなってしまうとね。


 っというわけで、ルーチンとなった夜会は、夜の深まりとともに混迷の度も増していくのだった。


 …………


 で、オチなら幸せなのだが。

 好事魔多し。

 幸せな事が続くと、その後には嫌な事が待ってることが多いもので。


 根が貧乏性な俺には、素直に目の前の状況を楽しむ気にはなれなかったのだった……


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