第19話・自信を伴う擬人観

 

「どういう風にって、ねえ?」


 俺のキレ芸を受け流すように、宇藤。


「私はただ、法帖さんの隠し子だとばかり……」

「はあ!?」


 法帖老のか? 年齢的に有り得んだろ!

 つうか。


「勝手にそう思い込んでたのか?」


 なんだよそれ。

 それでなんで、俺が確認しようとするのを止めるんだ?

 むしろ調査してとお願いするくらいの話じゃないか?


「あ、あの、私はその、石上さんの隠し子なのかなって」


 と、おずおずと美原さんが。


「石上さん? 厨房の? 夫婦で来てるじゃん?」


 それでなんで隠しになるのか。


「あ、それはその、奥さんの不倫というかなんか他人が口を挟んじゃいけないような」


 なるほど、それで勝手に斟酌しんしゃくしたのか。

 たしかに、髪や目の色から外人系なものがあるしな、あの双子。

 それはまあ、美原さんらしいが。


「……課長の隠し子だと思ってた」


 最後の一人と目を向けたサラが。


「ちょ、おま」

「なんですって!?」


 目を剥く宇藤。

 そりゃまあ怒るわ。左手の薬指に指輪は無いが、それにしても。


「居てもおかしくない年齢」


 サラが更に追い打ちをかける。

 その隣の美原さんは、体を斜めにしてメガネをずり落としながら、サラを凝視している。

 いや、ちょっとやりすぎじゃね?


「ぐぬぬ……」


 うお、リアルでぐぬぬって言う宇藤初めて見た。

 デジカメ……は祢宜さんが持ってったか。チッ。


「さあ、時間ですよ皆さん!」


 捻じ曲がった空気をはらう様に、美原さんが。

 姿勢もメガネも、いつの間にか直ってる。


「後場が始まりました。加治屋さん、前場と同じ調子でお願いします」


 いきなりの死刑宣告。

 その傍らで、サラがなにやら宇藤に向かってサムアップしてる。


「ちょ……」


 見ると、宇藤もほんの小さく親指を立てて見せている。

 むう、とりあえずゴマカシ成功ってところなのか。


「さあ加治屋くん、頑張ってね」


 ホッとした顔の宇藤が。

 サラも、視線を下に落として黙々と何かの準備をしている風だ。


「あーはいはい分かりましたよ。じゃあ銘柄は前場と同じ2銘柄ってことで……」


 結局、双子の件はうやむやに。

 彼女らは上手く誤魔化せたつもりなんだろうなあ。


 だが実は、俺も彼女らに打ち明けてない事があるのだ。


 それは車検証の一件。

 昼休み、祢宜さんに一眼レフの使い方を教えてるときに、自然とその話題になって。


『あの車検証に書かれてた所有者、実は私の叔父がやってる店屋さんなんです』


 たしか子浦中古車販売、と記載されていたな。

 父親も母親も兄弟姉妹が多いので、いちいちだれがどんな仕事をしてるのか覚えていられないらしい。

 ただ、どこかで目にした記憶があるので実家に電話して確認したら、叔父の店だったと。


『あ、じゃあ、祢宜さんが使うってのは、その叔父さんには分かってたのかも』


 それで、あんなにピカピカのクルマを寄こしてくれたのか?


『ああいえ、それはないかと……私がAT限定免許なのは知ってる筈ですから』

『え、そうなんですか? うわ、しまったな……』

『代車は、加治屋さんに運転していただくということで』


 結局、車を使う用事は俺が担当ということになってしまった。

 ううむ、なにか良いようにされてるような気が……


『要するに、おじい様があの車の車検証を調べる必要は無いんじゃないかと』

『いや、それは無いわけじゃ』


 陸運局に調査願いを出せば、新車時から現在までの持ち主が分かったはず。

 それを祢宜さんに説明する。


『そうですか。それなら何か、手掛かりが見つかるのかもしれませんね』

『手掛かり……それは双子に関わる事なのですか?』


 なんか引っかかるんだよな、双子がお母さんのクルマだと言ってたのが。

 製薬会社の社長夫人が、あんな峠族まがいのクルマを買ったりするものだろうか?

 いや、そもそもクルマの運転なんてするのか? 愛娘を乗せて?


『い、いえいえ、加治屋さんの探し人のことですよ』

『あ……そうですか』


 なんか祢宜さんが一瞬マジで狼狽えたように見えたが。

 ってことは、普段の天然ぶりは芝居……?

 いやいや、信用第一。こっちが信用しないと向こうも信用してくれないぞ。


 っと思い直して、その場は済んだんだが。

 それにしても。


「やるけどさ、でも今日びこんな大口注文のデイトレで、イチイチ手打ち入力してる奴なんていねえよ」


 そう。普通は最低でもエクセルでマクロ組んで半自動で発注してるもんだ。

 少なくとも俺がデイトレしてた2年前まではそれが常識だった。


「そうなの? 噂には聞いたことがあるけど」


 宇藤が胡散臭そうに。


「そうだよ。実際に売買してみれば分かるんだが、注文の順番を追い越されたような、あの強引な感じの注文の乗り方が」

「ああ、加熱してる銘柄でよくあるわね。それって機械発注なの?」

「そうだと言われてる」

「一応、全ての注文は一旦証券会社でまとめられてから、東証ウチに入ってくる形になってる筈なんだけど」


 宇藤はまだ半信半疑だが。


「証券会社からのデータを常に監視するプログラムを組んでおけば、不可能ではない」


 合間にサラが。


「その上で、条件に合致すれば発注まで行うようにしておけば、他人の発注に先んじる事も可能」


 冷静な突っ込みをしてきた。


「でもそれじゃあ、加治屋さんの出番が無くなってしまうのでは?」


 普通な感じで、美原さん。


「いや、そういうアルゴリズムにしたとしても、条件設定は人手だし、それは常に変えていかなきゃならない筈だから」


 実は、似たようなものをエクセル上で組んだことがあるのだ。

 走らせると、儲けがほとんど無いまま、あっという間に一日分の信用枠を使い切ってしまって、まるでお話にならなかった。


 しかしこれを話すと、宇藤から大笑いされそうなので黙ってるが。


「分かった、今日の大引け後に適当に組んどく」


 サラが簡潔に。


「いやマジで助かるけど、大丈夫なのか?」

「後場からの加治屋の売買を見て、条件設定を汲み上げられれば、コード自体は単純だから」

「いや、そうじゃなくて、資金無限大でそんな乱暴なプログラムを走らせても……?」


 下手するとサーバーを破壊するんじゃないか?

 考えすぎか?


「もし本当にそういうアルゴが民間に溢れてるのなら、それが例え2倍になっても3倍になっても対応出来なければ話にならないかと」


 美原さんが割って入って。


「そもそも弊社のなろうヘッドうちの子は、2度と落ちないサーバーを標榜して作り上げられたハードですから」


 自信満々に言い切った。

 擬人化も加えて、なんだかよく分からないが凄い自信だ。


「そうか、それならこれ以上の遠慮はヤボってもんだな。サラ、よろしく頼む」

「頼まれた」


 相変わらずの無表情で。

 しかし、そこはかとなく頼りがいのある感じもあって。


「じゃあ、後場も頑張ります」

「やっとなの、もうどれだけグズれば気が……」


 歩み値やチャートを表示させ、強引に両建て玉を約定させていく。

 最後の宇藤の文句は聞こえなかったことにした。


 ………………


「おつです♪」


 後場も良いデータが採れたと一人喜んでるサラ以外は、皆ゲンナリとした午後3時。


 昨日の注文データに乗っける形のシミュレーショントレードながら、かなりの大相場をでっち上げる事に成功した。

 美原さんと宇藤の監視によると、特に不具合的な動作も見受けられなかったらしい。

 けっこう頑丈なのな、この試作サーバ。


 宇藤は、とりあえずお茶だと厨房に向かった。

 お茶セットはPCルームにもあったのだが、どうも石上さんが用意してくれるオヤツが目当てらしい。


 俺はどうしようかと迷ったが、前引けに較べて体の調子は悪くなかった(作業のコツをのみ込んだようだ)し、昼休みに撮った枚数で足りるのかどうか祢宜さんに確認していなかったこともあって、再度庭に出てみた。


 しかし、誰も居なかった。


 厨房にでも居るのだろうか?

 そういえば、普段祢宜さんや法帖老がどこで何をしてるのか知らなかった。

 今日は特に、トレードの監視をする必要が無いからと、法帖老はPCルームにすら居なかったからな……


 あ、そういえば。

 たしか老が、今日は双子と車の様子を見るとか言ってたな。

 それなら。


 …………


 というわけで、やたら広い駐車場がある裏庭にやってきたのだ。

 (なんかますます館もののエロゲみたくなってきた)

 見回すと、大きなワンボックスと紺色のミニバンの手前に、昨日乗ってきたクルマ=スタリオンが見えた。


「ん、あれは……」


 スタリオンはボンネットが開けられ、中を覗き込んでる人が一人。

 石上(旦那)さんだった。

 普段のコック服ではなく、自宅からの通い用と思しきシンプルなポロシャツと綿のズボン姿だ。


「おう、加治屋さん」


 こちらに気づいて声をかけてくれる。


「あ、どうも」


 返事をして歩み寄る。


「その代車、何かあったんですか?」


 ボンネットの中を覗き込んでた時の、シリアスな顔が気になったのだ。


「ん、あったっつうか、法帖さまから言いつかったのよ、この車に関して分かる限りの事を教えてくれとね」


 石上さんまで動員か。人使いが荒いというか、よほどこのクルマが気になってるんだな、あの爺さんは。


「そうですか、それで何かありましたか? 変なトコとか」

「変なトコというのは無いな。加治屋さんも昨日フツウに運転して来たんだろ?」


 ん、まあ、エンジンにやたら力があるくらいかな。あ、あと、運転席がバケットシートに替えられてるってことか。


「え、ええまあ、特に問題はありませんでしたね」

「ふむ、しかし厳密に言うとまともなトコというのも一つも無いんだわ、コイツには」

「? といいますと?」


 説明してくれる石上さん。


 ・自分は若い頃に車にはまってた時期があって、この年式の車なら大体の事は分かるという事。

 ・この車・スタリオンは、見れば見るほど改造箇所だらけだという事。

 ・ざっと見てもボンネットやフェンダーはFRPで、マフラーやボルトナット類はチタン製だろうという事。

 ・軽量化にこだわってると想像できるが、そのくせ助手席とリアシートは手付かずのままだという事。

 ・当時日本ではグループAというレースが流行っていて、改造パーツには事欠かなかったという事。

 ・しかしこの車の改造パーツの半分くらいは、米国のチューニングショップ製だろうという事。

 ・ここまでやると、ふつう車検証はマル改になるはずだが、当時は改造車検なんて無理だったという事。


 そこまで聞いて、思い当たることがあったので口を挟む。


「あ、そういえば、車検証には『カイ』って表記がありました」

「そ、そうか」


 まあ最近の車検なら通してくれるのかもな、と独りごちる石上さん。


「でも、ホントに車検通ってるんですかねえ? エンジンこんな事になってるのに」


 二人で覗き込むボンネットの中。

 素人なので詳しい事はよく分からないが、この鈍い銀色に輝く太いパイプがのたうってるエンジンルームを見ると、これがエンジンの枷を外しまくった結果であることは何となく想像がついた。


「エンジンと補器類はアメ製だな。上り坂も楽々だったろ?」

「あ、ええ、4速で登ってきました」

「ほう、スゲエな……でもまあ、アメリカ人はそういうトルク優先を好むからな」


 ボンネットを閉じ、今度はホイールに目を移す石上さん。

 曰く、これはイタリア製のマグネシウムホイールで、白く塗られているのは、それが競技用(細かなひび割れでもすぐに発見できるように)を意味しているのだとか。

 当然、車検は通らない代物らしい。


「このホイールだけで新車の軽が買えるぞ」

「はあ、それなら……」


 目をキラキラ輝かせてる石上さんに言った。


「お乗りになってみては如何ですか?」


 祢宜さんから預かってきたのだろう、石上さんの手にはスタリオンのキーが握られていた。

 それほど凄いと思ってるのなら、実際に乗って感じを確かめたいだろうに。

 しかし。


「い、いや俺はいいよお」


 断ってきた。


「え、なんでですか? スタンドの人からも好きに乗って良いと言われてますし」


 嗾ける。

 決して、遠慮してる石上さんをかわいいと思ったからではない。


「いやあ、これ乗っちゃうと、昔の色々を思い出してマズい事になりそうだから……」


 と、片手を振ってボソボソと。

 詳しい人は、見ただけでそれがどんな乗り味なのか分かるものなのか?


 しかし、昔の色々とやらを思い出したところで、それが何の問題に……

 と思ったところで。


「あんたー、いつまでクルマ見てんのー!?」


 館の裏口から、奥さんの声が。

 それを聞いて、石上さんの表情が一瞬で普段の料理人のそれに戻った。

 ああ、なるほどね。


「じゃあ、法帖様には私の方から言っておきます、このクルマのこと」

「お、助かる。じゃあよろしく頼むわ」


 言って、石上さんは館の方に小走りで去って行った。

 その背中には、昔の色々を偲ばせる淡い哀愁と、プロ意識の発露たる料理人の雰囲気が重なって見えて。

 なかなか渋いじゃん、と思った。


 さて、例のメモ書きがグローブボックスの中とかに有ったりしないかな。

 そう思って、スタリオンの助手席のドアノブを掴んだのだが。


「鍵がかかってる……」


 …………


 その後、厨房で石上さんから集中ドアロックではない事を教えてもらって、ガッカリしたことは内緒だ。

 (尚、法帖老と祢宜さんは、他のみんなと一緒に食堂でおやつを楽しんでいましたとさ)



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