第16話・委託を伴う傍観

 

「えっ……!?」


 オ、オカアサン……?

 何を言ってるんだ? この子たちは……


「加治屋さん!」

「美原さんか、何があったの!?」


 とりあえず、先に声を掛けてくれたのが美原さんで助かる。

 やはりこういう時はチュートリアル向きのキャラでないと……


「「どいて」」


 とか思ってると、足元にいた双子が俺をすり抜けてクルマに張り付いた。


「おい、ちょっと」


 双子は助手席の方に回り、器用にドアを開け、車内に乗り込んだ!


「危ないから出てきなさい」


 言いながら助手席の方に回った。

 ガードレールはあるが、そちらは谷側なのだ。

 そして見ると、双子はどうやったのか、助手席の背もたれを倒して後ろの席に乗っていたのだ。

 このクソ狭いスポーツカーの後部座席に。

 仲良く並んでニコニコと。


(この子らは何度もこのクルマに乗ったことがあるのか?)


 としか思えない慣れっぷりだった。


「さあ、お外に出ましょうねー」


 後からついてきた美原さん、車内の双子に声をかけるが。


「「やー」」


 ケンもホロロ。


「アンタねえ、今まで何してたの? ホウレンソウが全く出来てないじゃない」


 今度は宇藤だ。

 つうか、なんでいつもケンカ腰なんだコイツは。


「うっせえな色々あったんだよ。それよりなんだこの騒ぎは」

「それは、現状を2つに分けて説明する必要がある」


 続いてサラだ。

 ありがたい、説明役の美原さんが双子にかかりきりの今、簡潔明瞭な説明を期待できるのはオマエしかいない。頼んだぞ。


「2つとはつまり、私たちと双子」

「簡潔すぎ」

「説明は今から。加治屋は焦りすぎ」

「……す、すみません」


 サラによると、こうだ。

 俺を送り出した後、雲行きからゲリラ豪雨が気になった祢宜さんが、俺のケータイに電話をした。

 出なかった為、衣料品店やディーラーに電話。

 そちらは連絡がとれて、俺の無事が確認された。

 しかし相変わらず俺のケータイは出ない為、慣れないクルマで事故かと心配になり門の外で帰りを待っていた。


「ふむ、祢宜さんはお使いの発注元だから分かるが、なんでサラたちも?」

「…………」


 目を丸くするだけで、返答しないサラ。

 これはつまり、察しろということか?

 察するに、すなわち……


「宇藤くんの言う通り、常に連絡をとれる状態にしておくのは、業務の基本じゃないのかね?」


 我慢できない、といった風で法帖老が。


「そ、その通りです」


 雨でびしょ濡れになったのはスーツだけじゃなかった。

 実はケータイもそうで、ガソリンスタンドでタオルを借りて水気をとった後、セカンドバッグに入れっぱなしにしていたのだ。

 普段からマナーモードにしている為着信に気づけなかった。が、これは言い訳にはならないな。


「ごめんなさい、祢宜さん」

「あ、いいえ、加治屋さんが無事なら別に……」


 やっと法帖老の車いすの後ろにいる祢宜さんが、口を開いてくれた。

 ちょっと安心。

 つうか俺ってば、信用を勝ち取ろうと誓ったばかりでこの醜態か。情けねえ。


「双子はイレギュラー」


 と、唐突にサラが。

 てか説明の途中だったな。


「スマン、続けてくれ」


 手刀を見せて、詫びを伝える。

 しかし。


「続きは無い。これで説明終わり」


 そっけなかった。


「え、なに、それだけ?」

「祢宜さんにー、ついてー」


 出たんですー、と美原さん。

 双子の手を引っ張って出そうとするが、態勢不利で思うに任せず。


「じ、実は……この子たちが先に館から出たんで……」


 おずおずと祢宜さん。

 なるほど、双子を追いかけて自分も、ってことか。


「あ、いえ、別にそれだけが理由じゃなかった……ですよ」


 もごもごと。

 いや、サラといいこの子といい、なんでこんなにエロゲキャラみたいな娘が勢ぞろいなんだ、この館は?


「もう、なにボサッとしてんの、双子を出すのを手伝いなさいよ」


 見かねた風で宇藤。

 いや手伝いたいのは山々なんだが、空間的に体を入れるスペースが無くってな……

 と、言おうと思ったところで。


「無理して引き出さなくとも、車ごと玄関前に横付けすれば彼女らは勝手に出てくるよ」


 と、法帖老。

 双子の様子を、運転席の開かれたドアの方から見ながら。


「……念のため、後でこの車の車検証をコピーにとっておきなさい」


 と、背後の祢宜さんに告げた。


「分かりました……」


 と祢宜さんの返事。

 そして法帖老と祢宜さんは、館に戻っていった。


「ホントかよ……?」


 このダダっ子状態の二人が、素直にクルマから降りる?

 ありえんだろ。

 でもまあ、こんな門の前の道端にいるよりは、玄関の前の方がまだマシか。


 そう思って、美原さんを慰労しつつ、クルマを動かし玄関前につけた。


 そしてクルマから降り、『着きました、お嬢様がた』と、助手席のドアを開けると。


「「わーい」」


 と、双子は我さきにクルマから降りて、館の中に入っていった。


「…………」


 な、なんか納得いかねえ。

 自分の仕草や両手の白い手袋が、妙に板についてる風なのも合わせて。


 ………………


 …………


「そうですか、それは災難でしたねえ」


 と、美原さん。


 午後10時。PCルーム(兼、俺の寝室)にて。

 黒衣装三人娘が例によって集合していた。


「いや、降られてる最中は生きた心地しなかったよマジで」


 つうか、この夜会は必須化しちゃってるのか?


「何を甘いことを。私ならそんなもの」

「なんだよ、吹き飛ばすとでもいうのか?」


 宇藤のツッコミに突っ込みで返す。


「加治屋のその時の行動は正解。ただし、その時だけ」


 サラが。

 相変わらずエンジのジャージに着られている。


「その他は全部ダメ、みたいに聞こえるんだが?」


 ……しかしなんちゅーか、スッピンで且つ部屋着で、よくも夜遅く男の部屋に来れるもんだ。

 まるで色気が無い、というわけでもないというのに!


「まるでダメ。わたしなら……」


 言いながらサラは、持ってきた菓子パンを細かく刻んだものを口に運ぶ。

 ……そう、ここのメンツの今日の食事は、三食全部、総菜パンと菓子パンだったのだ。

 もちろん祢宜さんも。


「わたしなら?」


 問い詰める。

 俺も食べ飽きた菓子パンのかけらを口にしながら。


「……少なくとも、ガソリンスタンドの兄弟は論破できてた」


 そっちかい。


「それよりも、あの双子が何者なのか、そろそろ教えてくれないか?」


 と訊いた。

 今日の様子から、どうもあの双子にはなにか因縁がありそうだと思ったから。

 

 すると、三人は顔を見合わせて、何故か凄く困ったような表情になった。


「あ、あの、今日の加治屋さんすごくカッコよかったですよ」


 と、取り繕うように話し始める美原さん。


「ギリシャ神話のゴルディアースのように、最初に出会う、車に乗った人物を王にすべしという神託をほうふつと……」


「かっこいい? コレが?」

「園実、メガネの度が合ってない」


 と散々に叩かれる。

 美原さん、哀れ。


「しかしそれでもごまかされないぞ。さあ、あの双子の正体を吐け、吐くのだっ!」


 だが思った通り三人ともその要求を無視した。

 それなら。


「あーそう、じゃあ明日にでも祢宜さんに訊こうかな」


 それを聞いて、え、それは、といった戸惑いが三人の間に広がる。

 なんだおい、分かりやすいなキミタチは(笑)


 と、もう一押しかと思ったその時、部屋の出入り口のドアからノックする音が。


「祢宜です。夜分遅くにすみませんが、入ってもよろしいでしょうか」

 

「あ、はいはい!」


 なんという良タイミング!

 椅子から転がり落ちるようにして、慌ててドアの前に行く。


「どうぞどうぞ」


 黒衣装三人組の刺すような視線を背中に感じた。

 だが、あえて無視してドアを開ける。

 すると。


「お、お邪魔しま……」


 黒い大き目の紙箱を両手で抱え、その上に何かビニール製のブック。

 アイボリーのズボンにチェック模様の長袖シャツ、といった服装。

 そんな新鮮な見た目の祢宜さんが、おずおずと頭を下げ気味にして、部屋に入ってきた。

 きたのだが。


「あ、皆さん、ずるいです~」


 室内に、すっかりリラックスしている黒衣装三人組を見つけて。

 つうか、ズルい? なんで?


「祢宜さんは誤解している。私たちはこの男に強引に拉致されてきたのだ。もう毎夜語るもおぞましい仕打ちを受けて……」


 珍しくサラが長句を。

 しかし祢宜さんには通じなかったようで。


「私には、みんなでネットサーフィンして楽しんでるようにしか見えませんよ」


 実際そうだった。

 PCが複数あるのをいいことに、三人組はてんでに好き勝手なページを開いてケラケラ笑ったりしてたのだ。


「じゃあ祢宜さんもご一緒にいかがですか?」


 椅子の数もテーブルの空きスペースにも、まだ余裕がある。

 美原さんの誘いもごく自然なものだった。


「いえ、私はその……」


 しかし何故か逡巡する祢宜さん。

 いや、何故かじゃなく、男の部屋に来た時はこれが普通のリアクションだろうな。


「何か用事があったのでは?」


 で、助け舟を出した。


「あ、はい、そうでした」


 実は、と続けて話し始める祢宜さん。

 (持ってきたものは、とりあえずテーブルの上に置いてもらった)


 その話は、夕方に法帖老から頼まれた、クルマの車検証のコピーがうまくとれないので助けてほしいというものだった。

 どうも、コピー画面に沢山の『COPY』という文字が、何度やっても貼りついてしまうらしい。

 (恐らく、偽造防止の為に車検証自体に細工がしてあるんだろう。しかし最近の車検証って手が込んでるのな)


 そこでデジカメで車検証を撮影しようとした。

 しかし手近にあったカメラは今日宅配されたもので、使い慣れないものだった。

 そこで、以前カメラが趣味だと言っていた俺なら使い方が分かるかもしれないと思い部屋を訪ねた、という事だった。


「それなら私のとこに来れば良かったじゃない」


 宇藤が、それがさも当然と言う風に。

 ……アホかこいつ。


「行きましたよ、まず皆さんの部屋に」


 それで、どうもまだ皆(この場合、俺は除く)は入浴中なのかと思ったのだと。

 ……ううむ、あっち側の棟にはそうとうデカい浴場があるようだな。


「あ、ああ、それならコイツをこき使えばいいわ。遠慮しないで、さあ」


 宇藤が慌てながら大げさな身振りで。

 もうオメエは黙ってろ。


「……まあ遠慮は要らないってのだけは同意です。だから」


 黒箱を受け取る。

 上に乗ってたビニール製のブックは、車検証入れだった。


 黒箱を開ける。

 中身は(恐らくは最新式であろう)1眼レフカメラだった。

 長いレンズが最初から付いてる。


「おおっ」


 こういうものに興味がありそうなサラが、俺の後ろから覗き込んでくる。


「加治屋には上等すぎ」


 そして、俺の心中と全く同じ感想を吐いた。


 カメラを見ると、とりあえず祢宜さんが使おうとしていただけあって、バッテリーなどは使える状態にしてあった。


「ここに接写ボタンがありますから、これを押して」

「ふむふむ」

「そしてフラッシュのボタンも押しましょう」

「ふむふむ」

「そうして被写体に向けて、軽くシャッタを押し気味にすれば、オートフォーカスで撮影可能状態になりますから」

「ふむふむ」

「だ、だから、その……」

「ふむふむ……」


 祢宜さん、カメラを受け取ろうとしない。ひたすら傍観。

 つまり、最後まで俺がやれってことか。


「……じゃあ、撮ります」


 念のために2枚撮った。

 まるでフィルムカメラのそれのようなシャッター音が印象的だった。


「これで終わりです。データは付属のUSBケーブルでPCに……」

「ああ、そこからなら分かるから」


 と、言ったが早いか、宇藤がデジカメを奪い取る。

 そして箱も持ってドアに向かった。


「祢宜さん、あとは私がやりますよ」


 だから部屋に戻りましょう、と催促する。

 先ほどの、マヌケなやり取りの償いのつもりなのだろうか。

 まあ、宇藤も結構気を遣うところがあるんだな。


「え、でも他の人は」


 サラと美原さんを見て、祢宜さん。

 もっと居たいから、という風な雰囲気で。


「私たちも戻る」


 空気を読んだか(いや読んでないのか)サラが即断。

 チラと美原さんを見て、同意を求める。


「じゃあ、わたしも」


 結局、4人とも一気に部屋から出て行った。

 口々に、早く寝ろだの変なことはするなだの、勝手なことを言い残して。


 …………


「ふう、やれやれ」


 と、またしてもラノベ主人公なため息をついてしまう。

 結局、祢宜さんに双子の事を聞けずじまいだったし。

 (あ、それが狙いで宇藤は祢宜さんを戻したのか?)


 しかし今夜は仕方ないだろう。

 騒動続きのこの3日の間でも、今日はとびきり忙しかったのだから。

 しかもまだテーブルの上(菓子パンや飲み物の残り)の片付けが残ってる。


「まったくアイツら、散らかすだけで……って、んん?」


 車検証を戻そうとしたとき、車検証入れの中になにか妙なものを見つけた。

 それはメモ書き。何かの数式みたいなものが書かれてる。

 何かの領収書や車体の検査結果のコピーなどに交じって、それはなお目立つものだった。


「なんだこりゃ」


 メモ書きは数枚あった。出してみる。

 そのほとんどは、恐らく書きながら考えていたのだろう、要所がグチャグチャに書き潰したりしてあった。

 まあ、書いた本人でないと分からない類のものだろう。


 だが中に1枚だけ、ほとんど書き潰しのないものがあった。

 それには、どこかで見たような公式めいたものが書かれていたのだが。


「…………」



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