第7話 耕作地

次の日からおれは、家庭菜園をやる場所を探した。

すると、森の奥に大きな円系な木も何もない空間が広がっていた。

一見だが、東京ドームくらいの森に囲まれた平たい土地、まるで誰かが耕作地はここだと言っているようだ。


だが、一つ困った事がある。

おれは、耕作する為の道具類を一切持ってないという事だ。

鍬や鋤がない、水をまくホースや水道の蛇口もない。

いまさらだが、何も考えていなかった。


「まさか、手で耕せと?!」


じっと手を見る、ずいぶん小さくて細い。

背も男の頃より少し縮んだ。

体力も明らかに落ちている。

こんな身体で道具も無しで、農作業はかなりの重労働だろう。

どう考えてもムリゲーだ。

どうするか?


がさっ、がさっ、がさっ


やば?!足音と人の話声が近づく。

おれは、持っていた種を包んだ布を放り投げると、一目散に逃げ出した。

ちなみに今のおれはローブ無しだ。

なんでか?これから肉体労働者をやるつもりだったし、こんな森の奥に人が来るなんて誰か予想する?!


人が後ろから追いかけてくる音がする。

ひぃ!ヤバい、ヤバい。

後ろで男が叫ぶ声がしたが、構わず隠れ家の大樹に逃げ込んだ。


背中で枝と葉で編みこんだ、うろの入り口の扉を閉めれば、直後に大樹の前に人の気配。

おれは全身に冷や汗をかきながら、成り行きを見守った。


「き、消えた?!女が消えたぞ?」


「何故、急に走りだされるのです?!ベルン王子!護衛を振り切るのはお止めください」


「今、ここに黒髪の長い女がいたんだ。声をかけたが逃げ出して、だからここまで追いかけてきたんだが」


「黒髪の女ですか?どこにいるというんです?」


「だから、消えたと」


「昼間から夢でも見られました?」


「本当だ!本当に女がいたんだ!美しい黒髪の」


「黒髪なんで勇者様だけでしょう?それこそ幻の類いでは」


「断じて幻などではなかったはずだ」


「はい、はい、わかりました。とりあえず行きましょう。いつまでも他国の森にいるのは不味いです」


「あ、ああ」


ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、………

足音が遠ざかっていく。


「…………はぁあああああ~っ、あっぶなかった!なんでこんなところに人がいるんだよ」


おれは入り口を背に、へたりこんだ。


「慌てて種を置いてきちゃったし、今日はもう外は怖いから中に居よう。種をまた用意しなきゃならないし」


おれはまた、スマホから種を振り振りするのだった。

フリカケか?



◆◆◆


◆ベルン視点


「アーノルド、何を持っている?」


「布の包です。殿下の物かと?」


俺の名はベルン▪フォン▪カイオス。

レイク湖隣接三国の一つ、カイオス王国の第一王子だ。

俺は今、従者アーノルドと極秘にレイク湖周辺に調査に来ていた。

我が国は暗黒竜が倒される前から、暗黒竜が振り撒いた病による女性の成人前の死亡率上昇と農作物の不作に悩まされていた。

この現象は近隣諸国でも同様で、年々厳しさを増していた。


今回、暗黒竜が勇者により討伐され二の月2ヶ月、病や不作の改善を期待したが国内の状況はなんら変わる事はなかった。


疲弊する国内、少しでも情報が欲しいと諸外国を極秘に視察する事になり、勇者の居るキハロスから視察する事にしたのだ。


そして、キハロス王国のレイク湖隣接地帯から視察に来たところ、黒髪の女性を発見したのだ。

そして、見失ったところで従者アーノルドがなにやら、布の包を発見した。


「俺は知らん、中身はなんだ?」


「小さな種の様な物が、沢山入っております」


布の中身は大小さまざまな粒、だが、何故か俺もアーノルドもそれが種だと自然に認識した。

しかも、その布からよい匂いがする。

それがなんとなくだが、黒髪の女性の物だと思えた。


「持ち帰り、試験的に蒔いてみよう。何故か判らないが良いことが起きる気がする」


「殿下もですか?私も普通はもっと警戒するのですが、これが種、良いものとの認識があります」


「では、一旦、帰還する」


「は!」


ここは聖地かもしれない。

落ち着いたら、今一度、ここにくるべきだ。

そうすれば、彼女に逢える様な気がする。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



おれは翌日、ローブを纏いあの森の奥にある東京ドームくらいの平らな耕作地を訪れた。

当然、布で包んだ種を大量に持っている。


警戒しながら辺りを見回し、ふとある異変に気づく。

おれが投げた種を入れた、布の包がなかったのだ。

しかも、もっと不思議な事が起きていた。


「これ、トマトだよね?」


そうなのだ、この世界にないはずの、おれの世界の野菜だ。

おれは、恐る恐る一つ捥いでみた。


「間違いない、匂い、色、形、おれの世界の野菜だ」


ぱくっ、うん、とまと、だね。

しかも、品種は桃太郎だ。

旨い、太陽の匂い。


「あああ、久しぶりにビスケット意外を口に入れたぞ!」


おお、おれは今、モーレツに感動している。


「やったぞ、おれはついにやったんだ。ついにビスケットに勝ったぞーっ?」


あれ?おれはなんの話をしているんだ?

これは勝ち負けの問題だったけ?

なんか違くね?冷静になろう?

いや、なんかもっと気にしなきゃならない事有るんじゃない?!


「…………………?」


おれは腕組みして首を傾げる。

なんだっけ?気にしなきゃならない事がわからん??なんか重要な事だったような?


「ま、いっか?」


おれは、種の布包を降ろすと持ってきた木の枝で地面に溝を作り始めた。

出来るだけ直線になるように、幾つも溝を作る。

そして、なるたけ判る範囲で分けた種類別の種を溝ごとに蒔いていく。

おれが全部種を蒔き終わったのは、太陽がかなり傾いた頃だった。


「さて、この疲労感が心地よいね。湖で人浴びして帰りますか」


おれは伸びをしながら、あくびをした。

そして、おれの口はあいたままになった。


もう一度言おう。

口があいたままになった、いや、あいたままになるほど驚いたのだ。


なぜなら、おれの足元に作った溝全てから芽が、緑の芽が出ていたのだ。




「……………」

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