第6話 種

◆ラーン視点


私の名前はラーン、ラーン▪フォン▪メテルナだ。

レイク湖に接する三国の一つ、メテルナ王国の王太子である。

今回は暗黒竜討伐成功でレイク湖の航行が可能になったので、対岸の三国の一つ、キハロス王国にこの新造船の処女航海を兼ねて、表敬訪問の予定で出港した。

噂の勇者にも会っておきたいしな。


♪♪♪、♪♪♪♪♪、♪♪、♪♪♪♪♪


なんだ?若い女性の声だ。

おかしい、この船には女性は乗っていないはず。

む、甲板の船乗り達が騒いでいる?私はすぐに甲板に向かった。


「ダナ、どうしたのだ?」


私はちょうど船員たちに混じって、甲板にいた従者ダナに声をかけた。


「はい、船員達が湖から歌が聞こえるというので見ていたのです」


「なるほど、して、正体は解ったのか?」


「はい、それがまったく解らず、なのですが歌はあの無人の岩礁から聞こえるようなのです。船乗り達は湖の精霊の声だと申しておりまして、暗黒竜を倒された怒りで湖を航行する船を歌で沈めるのではないかと嘯く船員もおります」


ダナは少し先に見える岩礁を指差しながら言った。


「どちらにしても、あの岩礁には近づかぬよう船の航路を見直す指示をしたところです」


「構わぬ」


「は?」


「このままの進路を維持せよ」


「は、わかりました」


「船員達には出来るだけ、物音を立てるなと伝えよ」


「?は、手配いたします」


ダナは私の指図にやや理解出来ない様子だったが、船乗り達に直ぐに指示をしていった。



◆◆◆



船を静かに岩礁に近づけると、美しい歌声が聞こえる。

それに、聞いたことのない不思議な言語の歌、しかし、凄く早いテンポで心が踊るような気持ちのよい歌だ。

ああ、この歌声の主に是非とも逢いたい。

私は、はやる気持ちを抑え、岩礁を注視した。


すると、岩礁の陰に後ろ向きの、珍しい黒髪の女性があられもない姿でそこにいたのだ。

傷一つない肌は、どこまでも白く作り物のようだ。

胸の膨らみは、なかなか女性らしい良いサイズ。

腰から下は、うむ、安産タイプだ。

触れたい。

抱きしめたい。

誰の目にも触れないところに隠して、いつまでも愛でたい。

そう思った時、無意識に声をかけてしまった。


「すまない、湖の精霊どの」


ビクッと肩を跳ねた彼女、その彼女が少しその顔を向けて此方を見た。


その瞬間、私の胸は激しく高鳴った。


そのまだ幼さが残る感じだが、それでいて大人の雰囲気も合わせもつ。

端正な顔立ちに夜のような黒髪、そしてその愛らしい瞳はどこまでも黒い。

神々しい、まるで月の女神だ。


その顔を見た時、私は一瞬で恋に落ちていた。


だが彼女はすぐに、岩陰に隠れてしまった。

不味い、このまま離れれば二度と逢えない気がする。


「ああ、どうか逃げないで、美しい精霊よ」


彼女は私の呼び止めに立ち止まったが、振り向いてくれない。

もう一度、彼女の顔が見たい。


「待ってくれ、また、ここに来て歌を、その美しい歌声を聞かせてくれないか?」


どうだ?彼女の反応は?

彼女は少し思案している素振りをしていたが、振り向かずに頷いた。

よし、これで繋がりが出来れば

?!ああ、湖に、飛び込んでいってしまった!


「追いますか?」


「…………いや、よい。無理強いして嫌われたくない。また、逢う機会もあろう」


「かしこまりました」


そうだ、また、この地にくれば逢えるだろう?湖の精霊よ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



この木を拠点にしてすでに七回、太陽が上がった。

いま、おれはぐてっと寝っ転がっている。

寝っ転がっているおれの後ろには、大量のビスケットの山。

それをカウチビスケットしながら、ぼーっとしている。


何故こんな事をしているかって?だってやる事がないのだ。

本当は近くの町に買い物や情報収集したいのだが、まず町におれのように背丈の低い人間はいない。

外国の人拐いが横行してるので、子供や女性は治安の良い王都に集められ、大事に保護されている。

それに、この森ですら時々変な奴らを見かけるのだ。


それにまだ、強姦魔は諦めてないらしい。

先日、森の外れで奴を見かけたのだ。

正直、おれは外に出るのが怖い。

だが、ビスケットはそろそろ限界だ。


最近、幻覚に○ナルドと○ーネルサンダース、何故か○ヤードパパが加わった。

そういや、コロナからドラスル利用が増えたもんな。

○ナルドがメニューを出すが、バリューセットがない、バリューセットはどうした!

○ナルドがニィッと笑い、首を振り振りした。

しかも、パティ無しだと?!それは、ただのパンじゃないか!ふざけるな。

おれは、諦めて○ーネルサンダースの方を見ると、○ーネルサンダースは無表情に笑ったまま、メニューを提示した。

おい、何故○ンタッキービスケットだけなんだ。

チキンはどーした?貴様は何屋だ?ビスケットはやめろ、いや、シロップかけて旨いがその名前はいやだ!

隣で○ヤードパパが何故かシュークリームを輪切りにしているが、いや、それ、中身が空じゃん。

中身が空のシューって何?

おれはため息をついて、牛の方を見た。

牛はすでに、赤べこになって首振りしていた。


ちくせう。


「くそ、ビスケット以外の食べ物、出ろ!」


と、スマホを振るとカラッ、カラッ、て中から音がする。

おい、おれのスマホはいつから箱みたいになったんだ?


カランッ、ん?なんか出た!なんだこれ?

なんか、黒いのや白いのや丸かったり、ゴマみたいな粒もある??

さらに振り続けると、結構な量のいろんな粒?いや、しましまのこれは??

?!わかる、分かるっ、これ


「ひまわりの種?」


と、いうことは、他の色んな粒も何かの種か?!

おれに、どないせいゆうんや?

と、スマホの画面に文字が、なになに?


「産めよ、育てよ?なんじゃ、こりゃ?!」


意味わからん。

む、この種でいろんな植物を育てろって事かな?だが、産むって花が咲いて実が出来れば種も出来るって意味かな?

そもそも、このスマホの向こう側に誰がいるんだ?

スマホは相変わらず、魔法陣のままでその上に変な文字が出たんだけど読めるんだよ。

いや、この文字、見たことがある。

この国の文字だ。


「は~、解らんこと、いつまでも悩んでいても始まらないよね」


おれは、種を布で包みながらスマホをしまった。

この森の周辺は大体、調査は終わった。


正直、この森一帯は動植物が一切いない。

暗黒竜の影響か、森自体が枯木が多い。

もしかすると、暗黒竜の振り撒いた病って人間だけじゃなくて、全ての生き物に何らかの作用が有ったのかな?

そういや、人口減による農産物生産減で食料不足が起きているって、誰かが言ってたな?

だから、外国からの支援物資に頼ってるって、でも、人口減なら食料は不足しないよね?


まあいい、育てろってんなら育ててやるよ。

野菜や果物の種なら嬉しいんだけど、正直、おれは家庭菜園はやった事ない。

だから、種でなんの種かなんて判るわけない。

ひまわりだけは、小学校の授業で育てたしあれは特徴あるもんな、判らん奴いないだろ。


こうして、おれは家庭菜園をやる事にした。

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