第65話 凶撃

 山崎を引き摺りながら階段を降りていく広永。


 そこへ、建物内の照明が一斉に消えた。


「お?」


 非常灯も消え、真っ暗になっても広永の余裕の態度は崩れない。


「ようやく見つけてもらえたかな? 独り言を呟いてた甲斐があったってもんですよ~ でも、ちょっと人数が少ないかな……」


 広永は階段を降りた先の壁を背にし、廊下を覗いた。


 足音は一切聞こえない。だが、壁から顔を覗かせた広永に突如銃弾が跳ねた。


 音も無く建物内を進む特戦群の隊員達。四人一組でチームを組み、建物の電源を落として、暗視ゴーグルによる有利な状況を作っている。大声で喋っていた広永を見つけて銃撃。そのまま牽制射撃を続けて距離を詰める。


 一連の動きには全く無駄がない。一直線の廊下だが、交互に射撃する者と進む者の位置を入れ替え、瞬く間に広永の隠れている階段まで接近する。相手は拳銃を所持しているという情報がありながらも、臆することなく前に出ていく。


「じゃーん!」


 突然、廊下の角から山崎の身体が隊員達の前に突き出された。


「「「ッ!」」」


「ほ~ら、ほら、まだ生きてますよ~?」


 意識の無い山崎を盾にして、広永がその後ろから隊員達を煽る。


 銃撃を止め、先頭にいた隊員は素早くHK416を背中に回して逆に広永に急接近する。盾にされた人間の生死は不明だが、例え死体でも人質ごと銃撃することは彼等には許されない。


 突然の出来事にも瞬時に状況を判断し、近距離格闘で広永を制圧するつもりだ。


 山崎の横から隊員の一人が滑り込み、背後にいる広永の襟に手を伸ばして掴む。柔道の要領でそのまま一気に引き倒そうとするも、広永はビクともしなかった。


「残念」


 よく見ると、広永は片手で山崎の首を掴み、宙に上げている。尋常じゃない膂力だ。そのことに気づく間もなく、広永の襟を掴んだ隊員は、直後に広永の掌底を脇腹に食らう。ノーモーションによる突き上げるような掌底。身長差と暗視ゴーグルの死角もあり、プレートキャリアの隙間に綺麗に突き刺さった。


 攻撃を受けた隊員は、バキバキと自分の肋骨が砕ける音を聞きながら、ガスマスクに血飛沫を飛ばし、床に崩れ落ちた。


 同時に広永は山崎から手を離し、地面を這うように身を低くして他の隊員に瞬時に接近。隊員のHK416の銃身を素早く掴み、円を描く様に捻り取ると、銃のストックを隊員の喉目掛けて突き出した。


 ゴキャ


 ストックの底が隊員の喉を潰し、そのまま首の骨を折った。そして、間髪入れずに銃を回転させ、その裏にいる隊員達に向かってHK416の引金を引く。隊員達はやられた仲間が邪魔で攻撃できない。


 パパパパパパパパ


 至近距離からのフルオート射撃。だが、隊員の二人は即座に左右にある部屋のドアを押し破り、銃撃を避けた。


「おお! やるぅ~ 殺ったと思ったのにな~」


 カランッ


 ドンッ!


 広永の前に閃光手榴弾が投げ込まれ、眩い閃光と爆音が鳴り響く。


 それに合わせて、P320を構えた隊員が二人同時に部屋から飛び出した。


 ブンッ


 首の骨を折られた隊員が宙を舞う。閃光手榴弾の爆発と同時に、広永がとんでもない力で投げつけたのだ。


 隊員の死体がもろに直撃し、隊員の動きが止まる。


 その一方、もう一人の隊員は広永の華麗な回し蹴りを拳銃で受けていた。蹴りを受けた隊員は銃を手放すことなく耐える。が、広永はまるでその銃を足場にするようにふわりと飛び上がり、隊員の頭に足を絡めて組み付いた。そのまま体重を掛けて身体を振り、隊員の頭を強引に捻じ折った。


 ゴキリッ


 広永は、殺した隊員が床に倒れる前にベストからナイフを抜き取り、曲芸のように仲間の死体が直撃した隊員に向かって投擲する。


「はい、終わり」


 ドスッ


 ぶつかった死体をどかした直後、隊員の眉間に投擲されたナイフが突き刺さった。暗視ゴーグルごとガスマスクを貫通し、ナイフの刃が柄の根元まで深々と刺さっている。凄まじい速度と威力だ。


「第一空挺団の宿舎はやったし、装備的にも特戦群かな」


 隊員のHK416を拾い上げ、まじまじと見て呟く。その後、広永は銃を放り投げ、隊員達の死体を漁り始めた。


「たった四人だけってことはないよね? 次は全員でまとめて来てくれると手間が省けるんだけどな~」


 …


 先程、目標を見つけたと無線連絡を受けた中村は、その後、誰とも無線が通じなくなったことに苛立っていた。


(まさか……やられた? 馬鹿な!)


 中村は発見の報告を受けて、既に建物の出入り口を封鎖するよう、班を配置していた。


「アルファ班は正面、チャーリー班は裏口に回れ。十秒後に突入する」


「「「了解」」」


 この建物は一直線の通路に、左右等間隔に部屋がある何の変哲もない建物だ。自衛隊の建物だからといって戦闘に適した構造といったこともなく、身を隠せる遮蔽物は殆ど無い。


 正面入り口から中村率いるアルファ班四名が突入。それと同時に、裏口からチャーリー班四名が同じタイミングで建物に侵入した。そのまま撃てば同士討ちになる形になるのは全員が認識している。突入してすぐに二つの班は壁の左側に沿って部屋を捜索していき、射線を意識している。


 駐屯地内の建物構造は全員が熟知しており、間違っても味方に誤射するような隊員は特戦群にはいない。


 廊下の丁度中間地点に階段があり、その周辺には人が複数倒れている。自分達と同じ装備をした者が四名、上半身裸の男が一名だ。


(ブラボー班と……山崎さんか?)


 手前から一部屋ずつクリアリングして慎重に進む。どこに広永が潜んでいるか分からないので、すぐに駆け寄るようなことはしない。



「特戦群のみなさ~ん、それで全員ですかぁ~?」



 階段から広永の声が聞こえる。


「たった八人しかいないんですか? もしかして、他の人は任務中とかですか? あ、非番ってこともあるかー」



「広永麻里! 武器を捨てて降伏しろ!」


 中村はガスマスクをズラし、大声で広永に投降を促す。未知の兵器や犯行の動機など、本人を尋問できるに越したことはない。だが、それよりも呼び掛けは探りの意味合いが大きかった。先程の広永の発言は看過できなかったからだ。


(なぜ、こちらの正確な人数が分かった?)


 この建物に監視カメラは無い。こちらの人数を姿を見せずに言い当てた要因が分からねば、迂闊に突入するわけにはいかない。


 中村は四方に視線を飛ばして周囲を探る。


「あ、その声、中村さんですか? やっぱり特戦群の人だったんですねー というか、ちょっと疑問なんですけど、なんで私だって分かったんですか? それに、対応めちゃくちゃ早いですよね? 防護服とかガスマスクとか、いつも装備して待機してるんですか?」


「お前こそ、何をした? どうやって殺したッ!」


 広永の問いには答えず、中村が叫ぶ。


「どうやってって、言うわけないじゃないですかー それより、教えて下さいよ。監視カメラもなかったし、目撃者もいないはずなんですけどー?」


 広永も広永で、こうも早く自分の存在がバレ、中村が状況に応じた装備で出動できたのか気になってるようだ。


「……」


「無視ですかー?」


『(敵は階段の踊り場だ。アルファ3,4とチャーリ―3,4は非常階段で二階に上がれ。上下から挟み撃ちにする)』


 中村は無線のスイッチを入れ、小声で部下に指示を出す。


 それを受けて、各班の二名が無音で離脱していった。


「まあいいです。どうせバレても面倒臭いだけで大した問題じゃないですから。あ、いいですよ? ゴーグルもガスマスクとかも外しちゃって。普通に相手してあげますから」


 広永の挑発。


「そんな戯言を信じるとでも? お前は何者だ? 何を使った? 答えろ!」


「はははっ! 時間稼ぎですか? 付き合ってあげたいのは山々なんですが、そろそろお暇したいんでさっさと片付けますね。されるのも面倒なんで」


(なにッ!?)


 カランッ


 次の瞬間、階段から煙幕手榴弾が転がってきた。特戦群の隊員達が所持していたものだ。


 瞬く間に煙が充満し、廊下の視界を奪っていく。


(拙い!)


「全員その場に待機! 二階の班も退避しろ! ……田中、ついて来い。近接戦で仕留める」


「「「了解」」」


 中村は部下の一人を指名して、たった二人で煙の中に突入する。人数を絞ったのは同士討ちを避けるためと、無視界戦闘ができる者は自分の他には田中しかいなかったからだ。


 中村と田中はアサルトライフルを背中に回し、暗視ゴーグルごとヘルメットを脱いだ。右手にP320、左手に軍用ナイフを逆手に持ち、煙が充満する廊下を迷わず進んでいく。


 廊下を進み、階段に入るも広永の気配がしない。


(まさか……)


「二階班、応答しろ」


『『……』』


 退避しろと無線をしてから何分も経っていないのに、返事が無かった。


 焦る中村。階段を素早く駆け上がり二階に出るも、こちらも煙で充満していた。一瞬、三階を見るも、二階に突入した班と無線が通じないということは、広永が二階にいることは間違いない。



「最新機器に慣れ過ぎるのも考えモノですよね~」



 煙の中から広永の声がする。


 パシュ パシュ


 その声の位置に中村がP320の銃弾を叩き込んだ。


「知ってます? 一部の古流武術では気配の欺瞞ができてようやく一人前なんですよ。気配を断ったり、察知したりできる程度じゃ、まだまだですね。待っててあげますから動きやすい格好になったらどうですか?」


 広永は話を続け、銃弾が当たった手ごたえも無かった。


 暗闇の中、煙の流れで相手の動きを感知することもできないが、中村と田中は広永の言葉を無視して進む。



「……後悔しても知りませんよ?」


 次の瞬間、中村の右手が斬り飛ばされた。



「『真・天剛流』の前に敵なし……冥途の土産に覚えておくといいです」


 両手に軍用ナイフを握った広永は、驚愕する中村に向かってニヤリと笑った。

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