第43話 スーサイドミッション

『何か言ったか?』


 無線機を着けた大輔の耳にレイの声が入る。


「いえ、なんでもないです」


『なら、さっさと歩け』


「本当にこんな方法しかないんですか? もっと違う作戦は――」


『特殊部隊の兵士に気づかれずに近づく自信がお前にあるのか?』


「……ないです」


 『なら他に無い。さっき説明したとおり、囮になって敵の目を引き付けろ』


「だからって、爆弾を巻きつける必要無いじゃないですか! それに、本当にコレ、爆発しないんですよね? 大丈夫なんですよね? ね?」


プラスチック爆薬C-4は火をつけても爆発しないし、銃弾や榴弾の爆発を受けても爆発しない。多分、大丈夫だ』


「た、た、多分? 多分ってなんですか?」


『破片手榴弾を密着させて起爆されたり、大口径の機関砲弾を食らえば爆発する可能性はある』


「そんなッ!」


『心配しなくても、発見されてすぐにそんな重火器では攻撃してこない。まずはライフル弾による狙撃、それが通じなければ大口径の対物ライフルか、グレネード、もしくはロケットランチャーあたりを出してくるだろう』


「どれも嫌な響きしかしないんですけど……」


『なら、ロシアの特殊部隊を相手に近接戦闘でやり合うか? お前の欠点は集団を一度に相手する技量が無いことだ。無敵の防御と一撃必殺の武器があっても、つかず離れず一定の距離を保って攻撃してくる相手には為すすべがない。お前の実力では一人二人は不意打ちで倒せても、いずれ鎧の隙間を狙われて死ぬぞ? 爆薬は相手に接近させない為の策だ。文句を言うな』


「ううぅ……スイマセン」


『それに、人間一人相手に、いきなりコスパの悪い手段は取らない。弾ってのは限りがあるんだ。こんな補給路も確保できない場所に陣取ってたら無駄撃ちはできないし、派手な攻撃もできない。今までの襲撃と違って奴等はここから動けないんだからな。貴重な対車両、対航空機用の武器を初撃で使用してくることはまず無い』


「しょ、初撃……ってことはいずれ攻撃されるってことですよね……」


『その前に俺が片付ける。相手はマフィアとはいえプロの戦争屋だ。お前の存在はすぐに陽動だと気づく。お前のへの対処に全員で動くことはしないし、全周警戒を嫌でも維持しなきゃならん』


 相手がプロだからこそ、伏兵の存在は必ず疑う。敵の存在を全て把握するまでは、大輔一人に戦力を集中することは出来ないのだ。たった一人の敵に対し、防御陣形を崩して戦力を集中させるような愚策を行う指揮官は現代にはいない。


『どんなに優秀な兵で揃えても、最新兵器や装備を駆使しても、防御側は攻撃に対し必ず後手になる。こちらの人数や戦力を把握されるまでが勝負だ。お前と俺しかいないと分かり、通常兵器が通用しないと分かれば全力で攻撃してくることになる。……が、そうはならない』


「え? どういう意味ですか?」


『こういう状況は俺の専門分野だからな。まあ、待ってろ』


 その言葉を最後に、レイは無線を切ってしまった。


「……?」


 大輔は真っ暗な夜道にただ一人残され、不安の中、レイに持たされたフラッシュライトのスイッチを入れた。


 すー はー


 大きく深呼吸し、勇気を振り絞って足を前に進める。


「やるしかない……よね」


 辺りは虫の音も聞こえず、不気味な静寂に包まれている。大輔の目に、薄っすらと山の稜線が夜空に浮かぶのが見え、レイの言葉が頭に浮かんだ。


「ピラミッドか……言われてみればそんな感じに見えるかも……」



 そう呟く大輔の背中には、時限式の起爆タイマーが静かに動いていた。


 …

 ……

 ………


 同時刻。


 濃緑系の迷彩戦闘服を着た兵士が、右手で狙撃銃のグリップを握ったまま、左手で無線のスイッチを入れた。


『こちらヴォルク14。侵入者一名発見、こちらに接近中』


 大輔のシルエットを捉え、光学照準器スコープを覗きながら指揮官に報告する。


『中佐の部隊との通信が途切れたままだ。侵入者は敵性の可能性大、発砲を許可する。速やかに排除しろ』


『了解……ッ?!』


 指揮官に返事をすると同時に、光学照準器のピントを合わせた兵士は、大輔の姿を見て慌てて引金に置いていた指を離した。


『敵は自爆スーツを着用……いや、訂正。大量の爆薬を所持』


『大量? ヴォルク14、正確に報告しろ』


『プラスチック爆薬が推定三十キロ……指示願います』


 C-4爆薬一キロは、半径約十メートルに爆発の衝撃が及ぶ。それが三十キロともなれば、周囲九十メートルは危険範囲だ。兵士の狙撃位置には被害が及ばないまでも、爆発すれば一本道の道路は崩壊、土砂崩れを誘発し、地形が変わる可能性が高かった。身近な人間を巻き込む量としては過剰過ぎる量である。


 また、自爆ベストを着用し、自分諸共、爆弾を爆発させようという自爆者スーサイダーは、自分の意思で爆弾を起爆させることと、即死しても自動で爆発するよう、ボタン式の起爆方法を採用している場合が多い。


 ただし、自爆者と別の者が自爆を強要する場合は、ボタン式の他に時限式や遠隔式を組み込んでいる場合があり、狙撃手が一発で自爆者の脳幹を撃ち抜き、即死させたとしても、爆弾がいつ爆発するか、または、阻止できたかどうかをすぐには判断できないという厄介な面がある。


 レイの言ったとおり、プラスチック爆薬は外部の刺激によってわざと爆発させることは困難な為、周囲の安全を確保した上で爆発物の専門家が処理するしかない。


 指揮官は狙撃手ヴォルク14からの報告を受け、以上のことが頭をよぎるも、悩むことなく速やかに命令を下す。


『発砲を許可する。遺跡が爆発範囲に入る前に速やかに射殺しろ』


『……』


 だが、ヴォルク14からの返答が無い。


『復唱しろヴォルク14。話せないならスイッチを二度押せ』


『……』


 指揮官の再度の問いかけにも、反応は無い。


 ヴォルク14と呼ばれた狙撃手は、既に首を掻っ切られ、銃を構えたまま物言わぬ屍と化していた。ヴォルグ14の隣にいた観測手も同じように頭を下げており、首から夥しい血を流している。


 そして、指揮官はヴォルク14の周辺に配置されている兵士に無線を繋ぐも、同じように返事が戻ってくることは無かった。

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