第42話 ブラック

 レイ達のいたホテルから車で三十分ほどの山中。


 その中を一台の白いワンボックスが走っていた。運転席にはレイが座り、助手席には大輔がいる。ジャネットと丸川の姿は無い。


 この車はホテルの外にあったマフィアのものだ。大輔が倒した敵兵の死体を茂みに隠し、車を奪って走行していた。


 今向かっているのは敵の本拠地と思われる場所である。


 古びた道路の一本道。街灯も無く、民家を含め建物も一切見かけない。車のヘッドライトが延々と何も無い山林を照らしている。


「いいんですかね……」


「何がだ?」


「ジャネットさん、置いてきちゃいましたけど」


「どうせお荷物だ。問題無い」


「でも、丸川さんと同じベッドに寝かせてきたのは拙いんじゃ……」


「…………問題無い」


「今の間はなんですか? やっぱり何かあったら――」


「丸川の方は魔法で眠らせてあるから半日は起きん。ジャネットの方が早く目覚めるから問題は起きない」


 レイはジャネットの追及をかわす為、ジャネットが大輔に注目してる間に気絶させて丸川のいる部屋に運び入れた。何事かと戸惑う丸川をレイの闇属性魔法『睡眠』で眠らせ、二人をベッドに寝かせ放置してきたのだ。万一、先に警察が来たとしてもカップルにしか思われない。


 少々強引だが、もう間もなく夜が明けてしまう。襲撃が続いている為、ジャネットよりも敵の拠点を潰すことをレイは優先した。


「だが、闇属性魔法はあまり実験してない。最低でも半日は目が覚めないが、それ以降はいつ起きるか俺にもよく分からん。二人の覚醒時間をズラす為に敢えて丸川には魔法を使ったが、意外に魔力も食うし、使い勝手が悪すぎてあまり使いたくない魔法だ」


「ええぇ……」


「お前が迂闊に能力を見せたのが原因だぞ? 丸川が起きなかったら、後の面倒はお前が見るんだ、いいな?」


「スイマセン、カンベンしてください」


「新宮流にカンベンという言葉は無い」


「……」


(なんてブラックな流派なんだ……というか、僕は新宮流じゃないんですけど!)



「お前らの『能力』は魔法と違って目立ち過ぎる。無暗に人前で使うな」


「……はい。ん? あのー、今の言い方だと魔法はいいんですか?」


「厳密には魔法じゃなく魔力操作のことだが、召喚事件の生き残りが存在を証明してるから、日本政府にはとっくにバレてる。大局を揺るがすようなモノとはまだ認識されてないから、火や水を出す程度なら一応は誤魔化せる。だが、知られないに越したことは無い」


「大局を揺るがすって、ちょっと大げさなような……」


「お前が始末した兵士共は、一応はこの世界の精鋭だ。お前の能力なら軍事基地一つを単独で壊滅できるんだ。こっちで多少魔力を扱える人間がいても、出来ることは個人の域を出ない。だが、お前等の『能力』は違う」


 大輔や夏希の纏う鎧はこの世界の銃火器ではダメージを与えられない。それどころか、爆発の衝撃をも無効化し、現代の最新装備でも実現不可能な性能を持つ。現代局地戦において、無敵と言っても過言ではない。


「そんなことしませんよ!」


「お前の意思など関係無い。第三者から見れば、可能かどうかで判断される。お前等の能力が世間にバレれば、各国政府は必ず殺しに来る。日本政府が守ってくれるなんてことは期待するな」


「そんな……」


「制御できない危険な力は抹殺される。異世界と違って、地球にはお前らを始末する方法がいくらでもあるんだからな」


「こ、怖いことサラッと言わないで下さい!」


「死にたくなきゃ、能力を知られた人間は必ず殺せ」


「じゃ、じゃあ、ジャネットさんは……?」


「最悪、始末することになる。目が覚めた後の対応次第では分からんが、まだ鎧を出し入れしたのを見られただけだからな。ジャネットを殺したくないなら、上手い言い訳を考えておけ」


「言い訳……」


「さっきも言ったが、多少の魔法ぐらいはバレてもいい。だが、能力はダメだ。流暢な日本語を話してこちらに好意的ではあるが、ジャネットは米国人だ。それも、軍事に詳しく、米国政府とも繋がりがある人間だ。お前らの力が脅威と見られれば、ジャネットは米国政府に通報する義務がある。世界中に監視網と軍事力を展開する米国に狙われれば、この地球上で生き延びるのは至難の業だぞ?」


「が、頑張って考えます」


 …

 ……

 ………


「そろそろ敵の警戒網に入るな……」


 レイはナビの地図を見ながら車を路肩に停め、エンジンを切った。


「ここからは歩きで向かう。だが、その前に作戦の説明と準備だ」


「作戦? 準備?」


「今から向かう場所は地図上では何も無いただの山だ。軍事的にも拠点にするには利点が全く無い。恐らく、付近の山のどれかが古代の遺跡だろう」


「山が遺跡なんですか?」


「正確にはピラミッド型の遺跡が長い年月で草木に覆われて、山のように見えるだけだ。前にも言ったが、魔力の集約装置はピラミッド型が多いからな。日本の気候で数万年も風雨にさらされれば、あっという間に周囲の自然と同化する。普通の山と区別はつかん」


「数万年って、石器時代より前ですよね? その頃の日本にそんな文明があったなんて、今更ですけどちょっと信じられないです……学校では習わなかったですし」


「そりゃそうだ。今の人類には魔導文明の痕跡は観測出来ないからな。何万年も経てば、形が残るのは魔石ぐらいだ。誰もがただの石としか思わない。仮に魔導具が発掘されたとしても、科学では何百年研究したって原始的な道具以上の見解は得られない。魔力を流してみようなんて人間は存在しないんだからな」


「でも、石板に文字ぐらい残ってても……」


「お前は、普段そんなことしてるのか? 異世界でそんなことしてる奴いたか? 文字を石に刻むなんてことは、どんな文明でも初期の段階だ。石板から電子化されるまで数千年。魔導文明も同じ時間が経てば、石に文字を掘って後世に残すなんて手法はとっくに廃れる」


 そう言って、レイは魔法の鞄から一枚のカードのような木板を取り出し、大輔に投げた。


「何ですか、これ?」


「その反応がまさしく答えなんだが……魔力を流してみろ。少しでいい」


 言われるままに大輔は板に魔力を流すと、板から様々な文字や画像が目の前に浮かんできた。まるでSF映画のホログラムだ。


「な、な、なんですか! これ!」


「こっちで見つけた魔導文明の名残だ。そもそも古い文明が原始的って考えが間違ってる。魔導文明も科学文明も、同じ人間が興してるんだ。生活を便利にするモノづくりの発想はそう変わらない。文明が発展すれば、今と同じように技術も進化する……その板が何だか分かるか?」


「いえ……分かりません」


「通信機だ。つまり、スマホだよ。魔導文明のな」


「えっ!」


 驚くと同時に、手にした板をまじまじと見る大輔。


「仮に、それがエジプトのピラミッド内に落ちてたとして、古代の遺物だと気づく奴がいると思うか?」


「お、思いません。……材質は普通の木材に見えますし、形は普通のカードみたいですけど、文字も模様も何も無いし、無造作に置いてあったら目に留めないと思います」


「今まで発掘された古代都市の中に、こんな魔導具が無造作に転がってたとしても、誰もそれが遺物だとは認識できない。地球の人類史で不自然な空白があるのはその為だ。歴史を示す痕跡が無いんじゃなく、見えないだけだ」


「なるほど……なんとなく理解できました。まだちょっと驚きのほうが大きいですけど……それにしても、こんな何の変哲もないものじゃあ、昔の人も不便なんじゃないですか? その辺に置いたら分からなくなっちゃいますよ」


「魔法を使う感じで、自分好みの色や形をイメージして魔力を流してみろ」


「あ!」


 自分のスマホをイメージして魔力を流した途端、そのとおりに板の色と形が変わった。


「待ち受け画面みたいなもんだ。ある程度の魔力も蓄積出来て、自分のイメージどおりの色と形状を維持する。地球より数万年前の文明の方がハイテクだ」


「すごい……」


「異世界では科学文明の後に魔導文明が興ってる。地球も同じ道を辿るとは限らないが、今の文明が滅んだら魔導文明、もしくは魔導科学文明へと移行するかもしれんな」


「今の文明が滅ぶ……でも、それを今から止めるんですよね?」


「九条の残党の企みを止めても、いずれ科学文明は滅ぶぞ? エネルギーを生み出す資源は有限なんだ。今の人類が地下資源を掘り尽くし、人口を賄う電力を作れなくなったら衰退がはじまる。科学文明ってのはいずれ破綻するのが確定してる文明だ」


「でも、今は太陽光とか色んな技術が開発されてますよ? リサイクルだって……」


「それらを実現するにも資源を消費するんだ。再利用してもジリ貧なのは変わらない。数十年の話じゃなく、数百年後の話だ。続くと思うか? 石油なんかは生成され続けてるなんて話もあるが、いずれ消費に追いつかなくなる。他の鉱物資源も同じだ。その間に人口は減り、技術の維持、継承が出来なくなる」


「じゃあ、その前に宇宙に出るとか……」


「科学技術が発展しても物理的な限界はあるし、経済という足かせもある。理論上は可能でも、実現には莫大なコストと時間が掛るんだ。それに見合うような星は、残念ながら人の手の届く範囲には存在しない。資源が無くなった後、人類はその環境に適応し、魔力を扱えるまでに長い年月を過ごすことになる。文明の歴史はその繰り返し。まあ、あくまでも俺の仮説だがな」


 文明の転換は、エネルギー源である資源の枯渇によって起こるとレイは考えている。現在の地球に魔素が少ないのは、古代に消費し尽くしたからと考えれば辻褄が合う。有限なのは魔素も同じだからだ。


 魔素をエネルギーとして発展した文明は、地下資源をほぼ必要としない。その間に石油や鉱物が生成されれば、次の文明では魔素の代わりに科学文明が発生するというわけだ。


 しかし、その説では説明できない文明がある。九条彰のいた魔導科学文明だ。レイは異世界で過ごした十年の間に様々な遺跡を調べたが、明確な答えは得られなかった。



「……なんか切ないですね」


「遠い未来のことなど考えても仕方ない。いずれ滅ぶなら来月でも同じと思うなら、そこに座って待っててもいいんだぞ?」


「いやです。……僕にはまだやりたいことがありますから」


「ほう? ……なら、直近の世界の危機は、お前に救ってもらうとしよう」


「へ?」


「さっきは誰にもバラすなと言っといてなんだが、鎧を顕現させろ」


「え? あ、はい……」


 戸惑いつつも鎧を纏った大輔。その横でレイは魔法の鞄に手を入れ、大輔の見慣れない物を次々取り出していった。


 …

 ……

 ………


 三十分後。


「やっぱり、ブラック流派だ……」


 そこには、全身鎧の上から大量の爆薬を巻いた大輔の姿があった。

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