第41話 発覚

「ここはもうダメだな」


 レイは周囲を見渡しながら呟いた。


 銃声と爆発音。それに、散乱するマフィアの死体。そう遠くない内に警察がやってくるだろう。


 ホテルの部屋の壁は、隣と接していない所為かあまり厚くは無いものの、単発の銃声程度なら一般客は気に留めない。しかし、流石に手榴弾の爆発音は不審に思ってもおかしくなかった。行為に夢中ですぐに外に出てくるような客はいないかもしれないが、ホテルの従業員なら防犯カメラで確認ぐらいはするはずだ。


 警察に通報されたかどうかの確認と、防犯カメラの映像記録。それらと同時に、探知魔法で捉えていた他の敵影にも対処しなければならない。どれも迅速に処理する必要があった。


「おい、大輔」


「は、はい」


「敷地の外に二人いる。ホテルの入口から北に約二百メートルの位置だ。こんなド田舎の路上に不自然に留まってる。間違いなくコイツ等の仲間だ。外周の見張りか、警察への対処要員だな。すぐに行って始末してこい」


「し、始末……ですか?」


「捕虜は必要無い。さっきの奴等みたいにミンチにしてこいってことだ」


「言い方ぁ……」


 大輔は先程レイに注意されたとおりに鎧を顕現させ、戦槌を持ってホテルの外にトボトボ歩いていった。


 異世界で慣れているのか、大輔は惨たらしい死体にも平静を保っている。自分がやったこととはいえ、普通の人間ならその場で嘔吐し、動揺しててもおかしくない。それだけ向こうで過酷な時間を過ごしたということかもしれない。


 しかしながら、自分達に危害を加える者に対しても殺しに嫌悪感を持ち、理性と倫理観を保てるのは、大輔に精神的強さがある証拠だった。


(……意外にタフな奴だ)


 そんなことを思いつつ、レイは従業員の待機所に向かう。ざっと見た限りでもホテル敷地の入口をはじめ、複数の防犯カメラが設置されている。マフィアの死体は放置しても構わないが、映像記録だけは必ず回収しなければならない。


 …


 敷地内にある車は自分達のを除いて三台ある。ホテルの部屋の前にそれぞれ一台づつ、これはカップルのものだろう。残りの一台は離れた場所に停めてあり、従業員のものだと思われる。


 他とは形の異なる建物を見つけ、そこに向かう。ドアの横で右手にP320、左手に魔金製の短剣を持ち、レイは静かに室内の気配を探った。


 探知魔法の欠点は壁や障害物があると動体反応を感知できないことだ。室内にいる者、窓から覗く者の動きは把握できない。レイは眼に魔力を集中して熱探知することもできるが、気配を探る方が早いし簡単だ。


「……?」


 人の気配を感じる。だが、動きが無い。


 短剣をドアの隙間に通し、鍵を断ち切る。魔金製なら容易いことだ。


 ドアを僅かに開け、一呼吸おく。それでも中の気配に変化は見られない為、ドアを開いて無音で中に滑り込む。


「……」


 従業員の待機室には中年の男が一人、ソファで寝息を立てていた。


(平和ボケにもほどがあるな)


 日本で一般人が銃声を聞く機会などほぼ無い。それに、実際の銃声は誇張された映画の効果音とは異なり、かなり地味である。偶に聞こえてもすぐに銃声だと気づき、慌てて通報する者は皆無だろう。だが、手榴弾の爆発音にも危機感を持てないのは呆れるほかない。


(その無関心さで助かったな)


 今回、レイに目撃者を殺すつもりはないが、大輔が倒す前にこの中年が外に出ていれば、マフィア達に始末されていただろう。それは他の客も同様だ。


 レイは、寝ている中年を無視し、防犯カメラの記録装置を探す。録画データは長期間保管するものでもない為、今は接続したパソコンのハードドライブに入れていることが殆どだ。


 配線を引き抜き、パソコンごと魔法の鞄に放り投げ、レイは部屋を後にする。中年の様子から、まだ警察には通報されていない。もう暫く時間は稼げそうだ。


 …


 実のところ、レイは外出の際は常に認識阻害の魔法を掛けており、防犯カメラに写っても鮮明には残らない。当然、出会う人間にも特徴は捉えられず、印象にも残り難い。言うまでもなく、整い過ぎたレイの顔は非常に人目を引くからだ。


 ジャネットも丸川もレイの素顔は知らない。特徴の無い顔としか認識していないだろう。


 おまけにレイは記録上、この世にいない人間である。出生記録から生体情報まで、地球上に存在を示す記録が一切無く、また、いずれ異世界に帰る人間でもある。仮に素顔や指紋などが全世界に手配されたとしても、不都合は全く無かった。


 ずるい、とどこかの誰かに言われそうだが、身分を誰にも証明できないのは地球においてかなりの制限が掛かる。魔法で何とかなるものの、魔力には限りがあり、自然回復は微々たるもの。渋谷のビルで予想外に大量の魔力を消費してしまったこともあって、実はギリギリのところではあった。


 それでも、犯罪となる証拠をレイがなるべく残さないようにするのは、協力者の存在を守る為だ。

 

「そろそろ本気で省エネしないと拙いな……」



「何が拙いのかしら?」


「ジャネット」


 自分の部屋に戻ったレイの前に、XM7を持ったジャネットが立っていた。殺意や敵意は感じないものの、何やらご機嫌斜めな様子だ。


「説明してもらうわよ?」


「何をだ?」


「全部」



「終わりましたー あ、ジャネットさーん!」



 そこへ、血まみれの全身鎧で現れた大輔。


も含めて全部、ね」


「……」


「ど、どうかしました? レイさん? ……あれ?」


 …

 ……

 ………


「信じられない……エクス・スピアの傭兵から奪ったですって? まさか南米の事件はアナタの仕業じゃないでしょうね?」


 部屋に戻ったレイ達は、ジャネットの質問攻めにあっていた。のらりくらりと適当に答えながら、レイはベッドに並べられた装備を身に付けていく。


「南米?」


 プレートキャリアに防弾プレートを入れて、それを着込むと、レイはベッドに腰を下ろして空の弾倉に弾丸を詰めはじめる。


「先月、南米で基地を建設していた『エクス・スピア』の傭兵部隊が、僅か数時間で全滅した事件が起きたわ。犯人はどこの国の軍でもない」


「よくそこまで分かるな。流石はアメリカ様だ」


「茶化さないで。米国は世界中の軍事組織を監視してるのは知ってるでしょう? 戦車や攻撃ヘリまで配備された基地を攻撃できるような大規模な動きはすぐに発覚する。でも、南米の事件に組織的な動きは見られなかった。ゲリラやテロリストじゃ無理。不可解なことが多過ぎて、業界で噂になってるわ」


「そいつは大変だな」


 レイは弾込めした弾倉を胸のポーチに差し込みながら適当に流す。勿論、こんな誤魔化しは無駄だと分かっているが、米国が何を知っているかをCIAにコネを持つジャネットから聞き出しつつ、こちらがどこまで話すかを考えていた。


「シラを切っても無駄よ。それXM7製造番号シリアルナンバーは控えてあるわ。調べれば所有者がどこの誰のかはすぐに分かるわよ?」


 銃の下部パーツロアレシーバーにはメーカーが記した製造番号が刻印されており、製造から出荷、販売のルート、所有者まで記録が残される。特にXM7のような最新の銃なら、調べればすぐに分かるだろう。


 そのことを当然知っているレイが製造番号を削らなかったのは、魔法の鞄にある大量の銃器を一つ一つ削る暇など無かったからだ。


「その銃が南米に配備された部隊のものなら……」


「やめとけ」


「やっと認めたわね」


「調べれば、お前の身が危ないぞ?」


「あら? 心配してくれてありがとう。でも、既にあなたから受け取った新型の光学迷彩服を調べたのよ? これくらい――」


「あれはこの国で手に入れた物だから問題ない。だが、この銃を調べれば、中東や中央アフリカ、ロシアで起こった件も辿られる。米国政府から審問を受けるだけでは済まないぞ?」


 レイの言葉にジャネットの目が大きく見開いた。


「まさか……それもアナタの仕業だったのね!」


 ジャネットが急にソワソワしだして部屋の中をグルグル歩き出した。顎に手をやり、何やら真剣に考え込んでいる。


 レイには敢えて黙っていたが、南米と酷似した事件が世界各地で起こっていた。いずれも大規模な軍事作戦が行われた形跡もなく、駐屯していた軍の警備兵や傭兵部隊が短時間で全滅していた。噂どころか、現場の調査状況を知る軍上層部では大騒ぎしていたのだ。


 いくら特殊部隊のチームでも不可能な作戦規模と内容。誰も単独で行ったなど想像もしない。だが、ZOD社のジャネットは、鈴木隆という単独で軍事作戦を行う常識に外れた男を知っている。


 この男ならやりかねない、そう思いつつも、現役時代の鈴木隆でも不可能な所業である。目の前の男が鈴木隆であるということを信じつつも、不可解な点が多過ぎることにジャネットの思考は混乱を極めた。



「あ、あのー……大丈夫ですか?」


 そこへ、何故か床に正座している大輔がジャネットに話し掛ける。


「アナタもよッ! そのコスプレはなんなの? さっさと脱ぎなさい!」


「コ、コスプレ? ちょっと違うんですけど、まあ、はい」


「あっ、待て――」


 ハッとしたレイが思わず声を上げるも、大輔はその場で鎧を解除してしまった。


「……次はソレの説明もしてもらおうかしら?」


 ジャネットの引き攣った笑顔が大輔に向けられる。

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