第40話 無自覚

「う……ん」


 ジャネットが目を覚ますと、頭を撃ち抜かれた白人男の死体が目の前にあった。


「うえっ!」


 咄嗟に腰の拳銃を抜き、構えながら部屋を見渡す。


 銃撃があり、男がドアを蹴破って入ってきた。男の手から突然閃光が放たれたところでジャネットの記憶は途切れている。


 だが、レイが自分を庇うように覆い被さってきたことは覚えていた。


「……」


 そのレイの姿が無い。


 戸惑いつつも銃を構え、室内を観察する。


 今の状況で最適な行動が何か、すぐに思いつかない。


 ゾディアック・デルタ社に入る以前は、CIA局員という経歴をもつジャネット。射撃や格闘の訓練を一通り受けてはいるが、主な業務はデータ分析や情報処理であり、今は管理職として人員配置や評価が主な業務だ。本来は現場の人間ではない。


 一先ず部屋に脅威はないと確認し、スマホを取り出して画面を起動する。素早く電話帳をタップし、こちらに向かってるはずの部下を呼び出す。


『……現在位置を報告!』


『現在、東北道を北上中。ですが、事故があったらしく、渋滞に巻き込まれて身動きが取れない状況です』


『shit!』


 レイが迎撃した車両が周囲を巻き込んだ影響で、東北道は事故渋滞が発生していた。前後の車が動かず、ジャネットの部下達は足止めを食らっていた。


 どんな指示を出そうともすぐに合流はできそうもない。ジャネットは舌打ちをして通話を切ると、ふと部屋のベッドに目が留まった。


「?」


 毛布の膨らみを不審に思い、右手で銃を構えながら、左手で一気に毛布を捲る。


「何よコレ?」


 そこには光学照準器など各種アクセサリーが取り付けられた米国の最新アサルトライフルと拳銃P320、予備弾倉、各種手榴弾、プレートキャリアに金色の防弾プレート、同じく金色のナイフが数本並べられていた。


 コンコン


 金色のプレートを軽く叩いてみる。まさかと思いつつも、やはり『金』ではない。虹色の光沢と相まって美しい金属だ。形状からボディーアーマーであるプレートキャリアに挿入する防弾プレートで間違いないだろうが、ジャネットの知らない素材だった。傍らに並べられた同色のナイフも同じものだろう。


 また、置いてある小銃はシグ・ザウエル社製のXM7。同社のSIG MCX Spearをベースに、既存の5.56×45mm NATO弾より高威力の6.8×51mm弾を使用できるよう開発された新型のアサルトライフルだ。


 XM7は米軍に正式採用が決まっており、民間モデルもすでに販売されているが、軍に配備される改良バージョンはフォワードアシストの排除、ハンドガードやグリップ形状など細部が異なる。それに、特殊部隊仕様と思われる短銃身モデルはジャネットも現物を初めて見た。


「こんなモノどこで手に……というか、今までこんなにどこにあったわけ?」


 手ぶらであったレイの持ち物とは思えない。一瞬、強襲してきた男のものかと思ったが、男の腰にはロシア製の拳銃が見える。ロシアン・マフィアと米軍最新装備が結びつかず、男が持ち込んだものとも思えなかった。


 それと、ジャネットが気になったのは床に落ちていたRPL-20。5.45mm×39口径を使用するロシアの最新軽機関銃だが、銃の半ばで綺麗に切断されている。一体どんな刃物を使えばこんなことができるのか、全く見当がつかなかった。


 ドドッ ドッ


 ドドドッ


 突如聞こえてきた銃声。


「外!?」


 ドォン


 続けて爆発音。


 ジャネットは恐る恐る部屋の入口に向かう。単発の銃声が二回聞こえ、その後静かになった。


 拳銃を構えながらそっと部屋の外を覗くと、レイの姿と、そのレイに軽く頭を下げている大輔の姿が見えた。


(……何アレ?)


 大輔の銀ピカの全身鎧に、ジャネットは自分の目を疑った。


 …

 ……

 ………


「スイマセン」


 そう言って頭を下げる大輔。レイから小言を言われ、チラリと自分が倒した相手を見る。内臓や血が飛び散り、原型を留めない見るも無残な死体があった。


(綺麗に……そんなこと言われても、どうしたらいいんだろう……)


 大輔には自身の能力で生み出した戦槌以外に攻撃手段は無い。魔法も身体強化と飲料用の水魔法が少し使える程度である。そして、戦槌という打撃武器の特性が大輔を悩ませていた。


 実は、先ほど大輔が兵士を屠った攻撃は全力ではない。本人としては軽く振るっただけだ。それでも人間程度は一撃でミンチと化す。かと言って、相手の身体を壊さないよう気をつければ、無力化されたかどうかの判定が難しい。万一、生きていれば反撃されることもあり、中途半端なことはできない。


 異世界の魔物や、身体強化を当たり前のように行う冒険者や野盗達へは、一撃で仕留めなければ自分達の身が危うくなる。『エクリプス』のリーダーである夏希にもその点を注意され、相手を綺麗に倒すなど考えたことはあっても実際にはできなかった。


「加減が難しいのは知ってる。刃物と違い、打撃は致命傷かどうかの判別が難しいからな」


「じゃあ、どうすれば……」


「人体の構造を把握することと、ミリ単位で武器を正確にコントロールすることだ。殺さず無力化させたいなら顎をかすめるだけでいいし、綺麗に殺りたいなら心臓を叩けば全力で殴らなくて済む」


「……」


「どうした?」


「あの……今より力を抜くのは難しいんですが」

 

「何? なら、どの程度の力で振ってる?」


「え……と、口で説明するの難しいんですけど、なんて言うかこう、戦槌を置く感じ……ですかね」


「は?」


 大輔の言葉にレイは思わず唖然としてしまった。全力ではないと思っていたが、まさか、逆に力を抜いていたとは思わなかったのだ。


(コイツ、本気で言ってんのか?)


『重騎士』は防御に特化した能力と認識していたレイ。


 戦槌を使う人間と言えば、レイの頭にS等級冒険者であるドワーフのゴルブが思い浮かぶ。ゴルブを知らない人間は魔法の武器である『巨人の戦槌』に注目するが、ゴルブの本気の膂力は魔金製の武器以外では耐えられない。これは、力の強い種族のドワーフ族であっても異質であり、強靭な肉体も相まって特異な才能である。


 ゴルブは巨大な竜をも一撃で屠れる膂力がある。それと同等の力が大輔にあるとレイは判断した。


 一瞬、大輔を視てみたい衝動に駆られたレイだったが、すぐに思い留まる。レイの『強奪』は相手の能力を看破することができるものの、九条彰の『鑑定』とは異なり、相手から能力を奪ってしまうからだ。


「身体強化は?」


「走ったり、飛んだりするときに偶に……」


「鎧を消して、ちょっとやってみろ」


「え? あ、はい」


 大輔は能力で顕現させていた鎧を消し、言われたとおりに身体強化を施した。


 レイは大輔の中の魔力の流れを注視する。


「おい、ふざけてるのか? 真面目にやれ」


「え?」


「え? ってなんだ?」


「あの……これで全力です……何かおかしいですか?」


「何?」


 驚くほど微弱な魔力。それに、制御も甘く安定もしてない。身体強化を覚えたての冒険者にも劣る魔力操作だ。つまり、大輔はこれまで身体強化をしているつもりでも、全く強化されていなかったということになる。


(ということは、コイツの能力である全身鎧はパワードスーツも兼ねてるってことか。なら戦槌や盾はどうなんだ? 鎧を着なかった場合はどうなる?)


「なら、次は鎧は出さず、戦槌だけ出してみろ」


「は、はい……」


 言われて戦槌を顕現する大輔。


「振ってみろ……これを狙って思い切りだ」


 レイは魔金製の短剣を抜き、正面に構えて大輔に示した。身体強化のギアを上げ、腰を落として大輔の戦槌を受け止めるつもりだ。


「思い切り……全力ってことですか?」


「そうだ。遠慮しなくていい」


 ゴクリ……


 レイの自信たっぷりの態度に、大輔は戸惑いつつも戦槌を短剣に向かって振り下ろした。


 剛ッ


 銀色の戦槌が光の筋となってレイに振り下ろされる。


 パキンッ


 レイの手にした魔金製の短剣があっさり折れる。戦槌を受け止める気だったレイは、戦槌が刃に当たった瞬間に危険を感じ、即座に回避行動を取った。


 ドゴォン


 大輔の戦槌が地面のアスファルトに刺さる。直後にヒビが入り、地面が陥没した。まるで砲撃された痕のように地面に小規模なクレーターができていた。


 身体強化で動体視力も同時に強化していたおかげで避けられたが、予想外の威力にレイが珍しく目を丸くする。


(なんだコイツは……)


 見るからに普通の大学生。武術どころかスポーツすら経験の無さそうな身のこなし。それがこの威力を出すのだからアンバランスにもほどがある。以前、勇者達が異世界で得た能力に浮かれたのも無理は無いと、レイは改めて思う。


 おまけに大輔は片手で戦槌を振るった。大輔の性格的にも、今の一撃は本気ではない。


(危ねぇ奴だ……しかも、自覚してない。恐らくコイツの周りも気づいてない。控えめなコイツの性格の所為か……能力の制御をしっかり叩き込まなきゃ、いつか事故るな……)


「前言撤回だ」


「え?」


「さっき、顎をかすめろと言った件だ。殺すのが目的ならいいが、今のままじゃ、気絶させるどころか相手の顎が吹っ飛ぶだけだ」


「えぇ……」


「それと、今後、戦槌は必ず鎧とセットで使え」


「? ……理由を聞いてもいいですか?」


「呆れたもんだ。お前、よく今まで無事に生きてこれたな。空振って戦槌が自分の足に当たってみろ。骨が折れるどころか吹っ飛ぶぞ? その様子じゃ、落としただけでも足が潰れるだろう。ついでに言えば、戦槌がすっぽ抜けたらその辺の建物ぐらい一撃で木っ端みじんだ。うっかりテロリストになる気か?」


「あう……」


 実際に、日本刀で自分の足を斬ってしまう事故は普通に起こる。日本刀や模造刀は特別な資格が無くても誰でも購入できる為、きちんとした指導を受けずに扱い、自分を傷つけてしまう事故が後を絶たない。


 大輔の場合、戦槌そのものに危険があるわけではないが、取り扱いには最低限の所作を身に付ける必要がある。


「はぁ……なんで戦槌使いってのは面倒臭い奴が多いんだ……」


 レイはため息をつきながらボソリと呟く。



 しかし、レイは大輔のことと同時に、別の二つのことに思考と魔法を割いており、気づいていなかった。当然、大輔もだ。


 ホテルの建物の部屋から驚愕の表情で覗いていたジャネットの存在に……。

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