第39話 ハンデ

「ごほっ」


 床に倒れ、大量の血を吐いたレイ。目と耳から血を流し、気怠く力の入らない身体を身体強化を施し無理矢理起こす。


(何が起こった? ……爆発?)


 閃光と同時に襲った衝撃。魔力が男の手に集まるのは感じた。魔法による攻撃なのは明らかだった。


(くっ、指向性を持たせた爆発……いや、衝撃波か)


 近くに意識を失ったジャネットが倒れている。出血も見られず、呼吸も正常。生きている。咄嗟にレイが庇ったおかげだが、その代わりレイ自身の防御が遅れた。


 だが、死んでない。意識もある。まだ動ける、後悔などしてない。



『ん~? まだ生きてる? 驚いたわ。流石は異世界帰りってとこかしら?』


 男は機関銃を片手で振り回し、その銃口をレイに向けた。


『あ?』


 しかし、そこにいたはずのレイの姿がない。


 ヒュッ


『おっと』


 ガキンッ


 光学迷彩により姿を消し、接近して短剣を振るったレイの攻撃を銃で受け止め、男はその場を飛び退いた。


『新型の光学迷彩デバイス? それとナイフもイイ物持ってるわねぇ。けど、ダメージは隠せてない……フフッ! 呼吸を整えるのに必死ねぇ。かわいいわぁ~』


 気色悪い笑みを浮かべた男は、銃身を綺麗に斬り飛ばされた機関銃を放り投げ、腰のナイフを抜いた。


 余裕の口調とは裏腹に、男は神経を研ぎ澄まして姿の見えないレイを探る。その所作には隙が無く、油断も見られない。姿を消したレイの攻撃を防いだのは偶然でもまぐれでもない。渋谷にいた部隊の兵士とは明らかに格が上だった。


(……教官レベル。顔はそっくりでも別人だな)


 特殊部隊員に戦技や格闘を指導する教官は、言うまでもなくその分野のプロであり、現役の隊員よりも練度が上である。男の所作からレイは相手の技量を即座に見極めた。


 レイは光学迷彩を解き、男の前に姿を現す。


『あら、稼働時間は短いのかしら? 残念ねぇ』


 肩で息をするレイの姿に、男がニヤリと笑みを浮かべる。


『丁度いいハンデだ。最近はヌルい相手ばかりだったからな。相手してやる』


『ハンデ?』


 地球ではレイの相手になる者はいなかった。裏新宮の道場でもそうだ。自分がいない間に新規の門下生も増えていたが、昔からいる上位者でも一対一でレイの相手になる者はいない。


『お前程度なら、これぐらいのダメージぐらいで丁度いいと言っている。魔法でもなんでも使っていいからさっさと掛かってこい』


 ピキッ


 男のこめかみに血管が浮き出る。


『死にぞこないのガキが、はぁはぁ言いながら随分イキがるじゃない……』


 魔金製の短剣と軍用ナイフを構えた二人は、示し合わせたようにお互いの距離をジリジリと詰めはじめた。その距離が一メートルを切り、なおも縮まっていく。


 触れ合いそうな距離まで近づいた瞬間、両者は同時に動いた。


 ガキンッ


 ギャリッ


 シュパッ


 二人の刃が激しく交差する。お互いに相手の身体を撫でるように刃を滑らせ、急所を狙うような真似はしない。熟練者同士、このような超至近距離では一撃で急所を突くのは難しく、また、大きな動作はその隙を確実に狙われてしまう。如何に細かく相手を斬りつけ、出血させるかが勝敗を分ける。


 巧みなナイフ捌きで相手の刃を逸らし、体移動で斬撃を躱す。それでもお互い無傷とは行かず、切傷が徐々に増えていく。


『ふぅーーー』

『はぁあああーーー』


 暫しの攻防の後、お互いに一歩づつ後退り、距離を取って大きく息を吐いた。


『驚いたわッ! デカい口を叩くだけあるじゃなぁい!』

『……』


 嬉々とした顔でレイを褒める男。だが、レイは別のことを考えていた。


 魔金オリルコンは異世界で最高レベルの硬度を誇り、ドワーフの名工が造った短剣は並の金属なら紙のように斬り裂ける。いくら高硬度の軍用ナイフでも地球にある金属で受け止められるはずがない。


(魔力を流してやがる)


 つまり、それは男が魔力操作に長けていることを意味していた。高度な近接戦闘の技術を持ち、且つ、魔力コントロールを維持できる人間。冒険者ならB等級以上の実力がある。


 武具に魔力を流して強化する。簡単に聞こえるが、自分の肉体以外の物質に強化するイメージを付与した魔力を流し、それを維持したまま戦闘を行うのは簡単ではない。


 それに、魔力を流せば何でも強化できるというわけでもない。物質は魔力に対する親和性がそれぞれ異なり、魔力によって強化できるものもあれば、弱体化するもの、魔力を流しやすいものから弾くものまで様々だ。


 男の持つナイフが地球の一般的な鋼材であれば、魔金製の短剣と同等の硬度を出すには膨大な魔力が必要になる。だが、そんな魔力量を持つ人間は、レイの知る限り異世界でも何人もいない。


魔鉄マギアン?)


 魔素を含んだ鉄鉱石から作られる鋼材『魔鉄』。その可能性が頭に浮かぶ。


『随分いいナイフを持ってるな』


『あら? 丁度アタシも同じこと思ってたわ。道具に頼るのは二流だけどコレだけは別。その金色のナイフも同じようね~ それより、爆発ダメージを負いながらこのアタシと張り合えることの方が驚きだわ。若いのに大したものね。けど、いつまでもつかしら?』


 レイの口から流れる血は止まってない。内臓の損傷は軽く無く、激しい動きは長くは続かないと男は見立てていた。そして、それは正しかった。


『そうだな。遊んでる暇はなさそうだ』


 再び両者は距離を詰める。先程と同様、激しい攻防に入った。


『ほらほら、どうしたのぉ? 段々動きが鈍ってきたわよ~』


 衰えていくレイの動きに男が挑発する。


 ガシッ


 次の瞬間、レイが男の足を踏む。


 ドスッ


 直後に踏みつけた自分の足諸共、魔金製の短剣を投げて貫いた。


『馬鹿がッ!』


 短剣を手放し、武器の無いレイに男のナイフが襲う。


 ズッ


 レイは躊躇なく己の腕を差し出し、ナイフの刃を突き刺すと、死角から男の腹に貫き手を差し込んだ。アバラ骨に指を掛け、骨を引き抜く様に相手を手前に寄せる。


『カハッ』


 男の呼吸が一瞬止まる。その隙に男の首に手をやり、首筋の肉をむしり取った。


『ぎゃああああーーー』


 頸動脈を断たれ、噴水のように男の首から血が噴き出した。


『このクソガキゃあああーーー!』


 無意識に距離を置こうと後退るも、足に刺さった短剣がそれを阻む。慌ててナイフから手を放し、首の傷を押さえると同時にもう一方の手をレイに向ける。


『それはもう見た。遅いんだよ』


 この距離で魔法を発動するには、男の魔力の溜めは遅すぎた。異世界の魔術師の足元にも及ばない。強力な攻撃だけに咄嗟に出したのだろうが、レイにとっては初心者レベル。拳銃を抜く方が遥かにマシな選択だ。


 気づけば、男の眼前にはレイのP320の銃口がある。


『は』


 ドンッ


 男の額に穴が開き、後頭部から血と脳漿をぶちまけて男は崩れ落ちた。


「ふーーー」


 足に突き刺した短剣を引き抜き、ベッドに腰を下ろすレイ。腕に刺さったナイフも抜いて、不本意ながら回復魔法で治療をはじめた。


(……ちっ、思ったより手こずった)


 内臓の具体的な損傷が分からないため、全身をくまなく回復魔法を施す。腕やつま先を含め、みるみる傷口が塞がっていく。


「また余計な魔力を消耗した。中々思いどおりにいかないな」


 そう呟きながら、倒れているジャネットに向かう。透視魔法で頭部や内臓に内出血等が無いのを確認し、治療の必要が無いと分かるとそのまま部屋を出た。


(単独で来たとは思えんが……)


 …

 ……

 ………


 少し前。


「……」


 静かな部屋でシャワーの音だけが聞こえる。そのなんとも言えない雰囲気に耐え切れず、大輔は意を決して腰を上げた。


「よし、やっぱりジャネットさんを探しにいこう。うん。そうしよう」


 丸川がシャワールームから出てくる前に行動しようと何故か思った大輔は、急いで部屋を出る。


 部屋を出たと同時に、身体強化で建物の屋根に素早く登った大輔は、嫌な気配をすぐに感じ、慌てて身を屈めた。


(誰かいる……ジャネットさん? ……じゃない!)


 直感的に嫌な雰囲気を感じ、周囲を観察する大輔。


 暗闇の中、息を殺してホテル周辺に潜む複数の人影。レイのいる部屋を囲むようにそれぞれ身を隠している。


(敵? ど、どうしよう……レイさんに知らせ――)


 ドドドドドド


 突如、響き渡った銃撃音。


 その方向に目をやると、黒ずくめの長身の男がドアを蹴破って部屋の中に入っていくところだった。


 …


 ―『トレチャコフ中佐が中に入った。全員その場で待機。手出しは無用だ』―


 ―『『『了解』』』―


 建物を囲んでいた兵士達はそう無線でやり取りし、単独で中に入っていった指揮官の実力を疑うことなく、アサルトライフルを構えたままその場で待機する。


『……ん?』


 その中の一人が背後に気配を感じ、振り返ってアサルトライフルの銃口を向けた。


 暗闇に浮かぶ全身鎧を纏った大輔の姿。その手には戦槌が握られている。


『敵ッ!』


 兵士は即座に引金を引き、大輔に向かって銃撃する。


 しかし、至近距離からのライフル弾をものともせず、大輔は戦槌を振り上げた。


「ごめんなさい」


 ドグチャッ


 兵士は咄嗟に銃を盾にするも、大輔の戦槌は銃をあっさり圧し折り、肩口から胸まで戦槌がめり込んだ。破裂した腹部から血と臓腑が地面に飛び散る。


 ドドッ ドッ


 ドドドッ


 銃声で異変を察し、応援に駆け付けた別の兵士が大輔を銃撃する。だが、先程と同じように大輔の鎧は銃弾を受け付けない。


гранатаグレネード!」


 兵士の手から手榴弾が投げ込まれる。大輔は咄嗟に『神盾』を出し、兵士に突っ込んでいく。


 ドォンッ


 手榴弾の爆発など全く意に介さず、兵士に接近した大輔は、戦槌を横薙ぎにして兵士吹き飛ばした。ボディアーマーごと腹部を圧し潰し、破裂したように内臓をぶちまけて兵士は絶命する。


『撃て! 撃て!』


 その様子を見ていた他の兵士達は半狂乱になり大輔を一斉に銃撃する。


「うわっ」


 ドンッ


 ドンッ


 大輔に意識を向けていた兵士達。その頭を横から銃弾が貫いていく。


「相変わらず、囲まれると手が無くなるなお前は」


 兵士を全員撃ち殺し、レイは呆れ顔で大輔に声を掛ける。


「レイさん!」


「それと、殺るならもう少し綺麗に殺せ」


「スイマセン」

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