第38話 怪光
あれ? おかしいな? 確か、部屋には僕と丸川さん以外にレイさんとジャネットさんもいたはず……
いや、レイさんはすぐにどこかにいなくなっちゃったんだっけ……
でも、ジャネットさんは? あれ?
「兄ちゃん、このベッド、安っぽいのにフカフカだ」
「あの、先にシャワー浴びて貰っていいですか?」
「え? ……ああ! そうだよな! やっぱ先にシャワーだよな」
「いえ、単純にちょっと臭うんで」
「あ、そう」
大輔の冷たい態度に、そそくさとシャワールームに入っていった丸川。
「はあ……」
ベッドに座り、大輔は深くため息をつく。レイが消えてしまうのはいつものことだが、ジャネットまでいつの間にか居なくなっており、探しに行くべきか悩む。
「でも、レイさんはここにいろって言ってたし、こういう時に勝手に動くと碌なことにならないし……」
異世界にいた時は『エクリプス』の行動は主に夏希を中心に女子が決めていた。大輔自身が主導して何かを決断したことは殆ど無く、偶に自分の判断で行動しても大抵よくない結果で終わる。
しかし、部屋の妖しい雰囲気と、挙動不審な丸川と二人きりという状況は何とも落ち着かず、何かしないとと焦る気持ちが強くなる。
「はあ……」
…
……
………
一方のレイはというと、車を停めた部屋に戻り、魔法の鞄から各種装備を取り出し、ベッドに並べていた。いずれの装備も現代兵器に準じたものであり、使用するのに魔力が必要なものはない。
続いて救急キットを取り出し、汚れたTシャツを脱いでわき腹の傷を縫い始める。先程の戦闘で負った銃創だ。かすり傷だが、本来なら消毒をした上で縫い、抗生物質を飲むのが理想だ。
しかし、天使の肉体は傷が化膿することも感染症になることもない。これ以上、傷が裂けないよう処置し、出血を止められれば十分である。
魔法が使える前は当たり前のようにこうして処置していた。今日は連続して魔力を消費しており、この程度の傷なら節約のために応急処置に留める。
「……ん?」
部屋に近づく気配を感じ、拳銃を持って入口のドアを見る。
気配のコントロールが甘く、僅かにヒールの音がする。軍人でも武人でもない……ジャネットだ。
ジャネットがドアの前に来たタイミングで、レイはドア越しに声を掛けた。
「何しに来たジャネット。部屋にいろと言ったはずだぞ?」
「ッ! な、なんで……?」
「なんでじゃない、お前じゃ無かったら撃ち殺してるところだ」
「……ゴメンナサイ」
「はあ……ったく」
ため息をつきながら、レイはベッドの上の装備類に布団をかけ、ドアを開けた。
「一体何の用だ?」
レイは部屋にある冷蔵庫を開けながらジャネットに言う。ミネラルウォーターの入ったペットボトルを見つけるも、硬貨を入れないと扉が開かない仕様だった。
バキッ
強引に扉を壊してペットボトルを取り出し、キャップを開けて口をつける。
「百円ぐらい払いなさいよ!」
レイの行動をジャネットが責めるも、レイは金を持ってないので仕方ない。
「……それより用件は何だ?」
「ちょっと気になることがあって……っていうか、あなた怪我してるじゃない!」
「ギャーギャー騒ぐな、もう処置した。マフィアがいつ襲ってくるか分からないんだぞ? もう少し落ち着け」
「うぐっ、でも、こんなトコにいたらミサイルでもロケットでも撃ち込まれて終わりじゃない。相手は攻撃ヘリまで使ってるのよ?」
「俺ならヘリは使わない。爆撃も狙撃もないな」
「また断言して……」
「新宿と渋谷、そしてさっきので相手は四機のハインドを失った。内、二機は撃墜だ。どんなに指揮官がアホでも流石に飛ばしてこない。本来、ヘリは制空権ありきの航空兵器だからな。追撃は十中八九、地上から歩兵を送り込んで来る」
「
「ここは平地で敷地内にいくつも建物がある上、付近に高台も無い。持ってきたところで遠距離攻撃できるような射角は取れない」
そう言いつつも、迫撃砲や地対地ミサイル、ドローンの攻撃などには対処できないが、そんなことを言いだしたらキリが無いと、レイは口に出さない。
「確かに、ちょっとした迷路みたいだものね。日本のラ、ラブホテル? 初めて来たけど中々不思議なカルチャーよね」
「こういう構造のホテルは田舎にしかないがな。モーテルみたいなもんだ」
「ああ、なんとなく理解できるけど、でもちょっと雰囲気が独特よね……」
「そんなことより、さっさと用件を話せ」
レイにそう言われ、ジャネットはソファに座った。
「……ロシアン・マフィア『ギドゥラ』の目的は何? どう考えても異常だわ。何の利益もないことにここまでする理由が分からない。それにあなたが絡んでる理由は?」
「お前に話しても無駄だ。どうせ信じない」
「話して!」
そう言われても、相手がこの世界と異世界を繋ごうとしてるなど、どう説明しても信じられるわけがない。
九条の残党は、国際的犯罪組織のロシアン・マフィア『ギドゥラ』、米国に拠点を置く民間軍事会社『エクス・スピア』、そして、そのどちらでもない勢力が日本にあることだけは掴んでいる。ただ、その第三の勢力だけは未だ全容が分からないままだった。
これまでレイは海外の主要な遺跡を潰して回っていた為、日本国内の状況は分かっていない。今は手掛かりを調べている段階だ。特徴的な軍用品から情報を得る為に昔の伝手、『ゾディアック・デルタ』社にコンタクトを取ったに過ぎない。
「逆に聞くが、何故お前はここまでする? 車を用意すればそれで済む話だ。わざわざ外交車だなんだと理由を付けて、管理職であるお前が運転手を名乗り出る理由はなんだ?」
「そ、それは……」
レイの指摘はもっともだった。米国企業、日本支社の責任者という立場の人間が取る行動では無い。だが、まさか個人的な理由、それも感情的な動機などと言えるはずもなく、ジャネットは急いで言い訳を考える。
「し、仕事よ、仕事! 仕事に決まってるでしょ! それに、昔のあなたを知らない部下に任せて、また使い物にならなくなったら私の管理責任になるんだから!」
「裏新宮で修行経験のあるエディがいただろ」
「誰かさんのおかげでビビって使い物にならないんですけど? 死にたくありません、家族がいるんで勘弁してくださいって、……あなた何したの?」
「何もしてない。昔の修行時代でも思い出したんだろ」
「だから、それを聞いてるのよ! ああ見えてエディは元
「ジジイは人に教えるのが下手糞だったからな」
裏新宮では死への恐怖や痛みによる反射など、人間の本能を克服することが第一に求められる。その壁を越えられずに修行を断念した者は後を絶たない。軍隊の厳しい選抜を突破した精鋭といえど、新宮幸三が主導した裏新宮の修行は常軌を逸しており、脱落者の中には修行がトラウマになってる者がいるのもおかしくはなかった。
「あれはどう見てもあなたが原因でしょ?」
「まあ、俺も指導してた立場だったこともあったかもしれない」
「何を言ってるの?」
レイの誤魔化すような言い方に怪訝な表情を向けるジャネット。
特殊部隊員でも、生死を賭した実戦を経験した者は少ない。万全な準備の上に作戦が決行される軍隊では、圧倒的有利な状況でしか作戦決行の許可が下りないからだ。
そのような者達に、死の恐怖を与える役目がレイのような新宮流の上位者だった。本能を克服するまで何度も死を実感させられれば、まともな人間は耐えられるはずがない。レイに当時の鈴木隆の姿を重ね、エディが怯えたのは無理もなかった。
「昔は俺も若かったってことだ。もういいから、ジャネットは部屋に戻れ」
「何勝手に一人で完結してるのよ。まだ話は終わってないんだけど? それに、変な雰囲気の部屋に半裸のおっさんと、若い男のいるところに戻れって? 嫌よ」
「おっさんはともかく、若い方は無害だ」
「なんで断言できるのよ?」
レイの脳裏に『夏希さぁぁぁん』と叫ぶ大輔の顔が浮かぶ。
「フッ」
「え? 何そのリアクション。なんかイラっとするんですけど」
「ッ!」
突然、レイは何かを察し、ジャネットの胸倉を掴んだ。
「え? 何? ちょっ、ゴメ……」
自分が何か気分を害することを言ったのかと、咄嗟に謝ろうとしたジャネットをレイは押し倒す。
「あッ! いきなりそんな――」
「頭を上げるなっ!」
ドドドドドドドドド
次の瞬間、激しい銃声が鳴り響き、部屋のドアと壁が穴だらけになった。
ドカッ
ドアを蹴破り、機関銃を手にした黒ずくめの兵士が部屋に入ってくる。
『あら~ アナタがワタナベダイスケ? 随分、カワイイ坊やじゃな~い?』
長身の金髪碧眼の男。その顔は渋谷のビルで見たニコル・トレチャコフ少佐と瓜二つだった。
『弟の借りは返させてもらうわよぉ~』
男の手に、みるみる魔力が収束していき、直後、部屋は閃光に包まれた。
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