第37話 着替

「それより、あなたソレ……大丈夫なの?」


 ジャネットが血塗れのレイのTシャツを見て心配する。


「俺のじゃない」


「「「……」」」


 じゃあ、誰のだよ! とは誰もツッコめない。ヘリがどうこう言っていなくなり、返り血を浴びて戻ってくる。誰もが何があったのか聞きたかったが、レイが敵の頭を無表情で撃ち抜く姿を見て、何も言えない。


 レイは撃ち殺したマフィアの死体を調べた後、木の陰に放ってきた黒づくめの兵士の元に向かった。


(((……なにアレ? 人?)))


 ヘルメットに暗視ゴーグル。黒色の戦闘服の上には骸骨のような強化外骨格が装着された兵士は、手足があらぬ方向に曲がり、人間というより糸の切れた人形と表す方がしっくりくる。


「ジャネットは車を掃除、大輔と丸川はこいつらの死体を林の中に放り込んどけ」


「「ええぇ……」」

「アレ何? あなた何する気?」


「まだ生きてるからな。情報を引き出す。吐くかは分からんが……」


(((生きてる? ……あれで?)))


 …

 ……

 ………


(痛みに対する耐性が高い。魔力によるものじゃないな……強化兵士ブーステッドソルジャーか)


 暗視ゴーグルを剥ぎ取り、捕らえた兵士の顔の三叉神経に細針を刺すも、激痛に耐え、何も話さない兵士にレイはため息を漏らした。


 薬物によって兵士を強化するのは昔からあるポピュラーな手法だ。古くは麻薬を使った杜撰なものから、今では遺伝子レベルで人体を強化する薬物や手法が密かに実戦投入されている。どちらにせよ、被験者に重大な副作用や後遺症が残ることに変わりなく、投与された人間のその後の人生など考慮されない。


 兵士一人の人権や生命など、国家利益の前には存在しないのだ。



(それに、古書店を強襲した部隊、渋谷のビルにいた連中とも装備の仕様や兵士の特性が違う)


 それは、ロシアン・マフィア『ギドゥラ』、その実行部隊である『ジラント』が複数の特殊部隊スペツナズから構成されていることを意味する。特殊部隊は任務に則した特性をそれぞれ有しており、人員の技能や装備は部隊により異なるからだ。


 しかしながらレイは疑問に思う。丸川古書店の襲撃にしても、現在にしても、たかがマフィアの端末に精鋭を投入する意味が不明だった。


(考えられるとしたら、キャバクラで撮られた大輔しかないが、九条の残党共はあいつらを脅威と見てるということか? ……魔力の存在を認知してるなら、三年前の召喚儀式で生き残った人間を重要視するのは理解できる。だが、何故今だ? 惑星並列の時期まで待っていたなどあり得ない。こいつらの戦力なら三年の間に全員秘密裏に暗殺できるんだ。三年待った、動かなかった理由はなんだ?)


 はじめは日本の遺跡を利用する為に精鋭部隊を送り込んだと見ていたレイだったが、ギドゥラの端末を追跡する者にまで攻撃ヘリと元特殊部隊を動員、それも隠密どころか堂々と投入するのは明らかにおかしかった。


 日本の警察、自衛隊を全て敵に回しても構わないとしても、儀式の時期までまだまだ時間がある。儀式を行う前に潰されるような真似をするほど軍人は馬鹿ではない。必ず理由や意味があるはずだ。


(何か、まだ俺が掴んでいない情報、思惑があるな……ちっ、やはり人手が足りない……)


 そんなことを考えつつ、レイは懐から二本目の細針を取り出し、兵士の顔に刺した。


『ンヅゥゥゥゥゥーーー!』


 歯を食いしばり、なおも痛みに耐える兵士。常人なら到底耐えられない激痛なはずだが、兵士は苦痛に顔を歪ませながらも耐えていた。我慢強いなどというレベルではない。薬物や遺伝子操作によって痛覚を鈍化させているのは間違いなかった。


「時間の無駄か」


 パァンッ


 顔に刺した針を引き抜き、レイは躊躇なくP320を兵士の顎下に押し当てて引金を引いた。痛みに耐性があり、拷問に対する訓練を受けている特殊部隊員なら短時間で口を割らせるのは無理だと見切りをつけた。


 …


「大輔か」


 背後から近づいてきた大輔に、レイは振り向きもせず声を掛けた。


「あ、あの……一応、終わりました。けど、あの……埋めるとかした方が良かったですか?」


「必要無い。新宿や渋谷でもそうだが、マフィア共の死体は敢えて残してる。林の中に片づけたのはあまりすぐに発見されても面倒だからだ」


「敢えて……ですか?」


「警察の目を逸らす為だ。政府や警察、一般の人間なら死体は見つからないようきちんと処分する必要があるが、こいつらのような反社会性の人間なら、死体が出てもお前らの仕業とは思われない」


「?」


「分からんか? お前らは政府にマークされてるんだぞ? 仮に全ての死体を見つからないよう処分しても、人が消えることに変わりはない。人が突然消えれば、警察の目は百パーセントお前らに向く。全国に設置された防犯カメラと警察官の全てがお前らに向くんだ。そうなれば、敵どころじゃないぞ?」


「……」


 家族や友人、知人、学校や職場など、人は生きている中で多くの人間や組織と関りを持っている。どんな人間でも、突然消えて心配する者、気にする者がいない人間は極稀だ。夏希や大輔達の行く先々で人が消えれば、警察は必ず捜査する。


 レイが西麻布で夏希と典子を襲った者達の死体を処理する一方、マフィアの死体は放置したのはこれが理由だ。西麻布で死体を放置すれば、警察は付近の防犯カメラから夏希と典子を割り出し、二人は手配されていた。マフィアの死体を敢えて残すのは分かりやすい悪者を残す方が、大輔達にとって都合がいいのだ。


 現に警察の目は完全にマフィアに向いている。世に出てない最新鋭の装備や軍事兵器、それらを持ち込み、使用したとされるのが単なるマフィアではなく、元軍人。それも特殊部隊員ともなれば、もはや犯罪どころか、軍事侵攻とも捉えられる。政府の監視対象とはいえ、大学生に構ってる余裕はない。



「ジャネット、車の準備はできたか? 出発する」


「着替えないの? あなた血塗れよ?」


 レイはジャネットにそう言われるも、視界に映った丸川を見る。丸川は汚れた服を脱ぎ、兵士から剥ぎ取った戦闘服を着ようとしている。


「俺は背中を撃たれるつもりはない」


 敵の格好をすれば味方に撃たれる。それに、敵が自軍の制服を着ていても、何故か相手には分かってしまう。乱戦や一時的に欺瞞行為を取るのとでは話が違う。


「ここは戦場じゃないわよ」


「同じことだ。敵の服を着るということは、その敵を殺した奴と相手からは認識される。それが事実かどうかは関係無い。日本は立地的に狙撃手に有利だからな。丸川が先に狙われてくれるなら俺は遠慮しよう」


「……え?」


 パンイチ姿で兵士の服を着ようとした丸川の手が止まる。


「次の車は防弾じゃないからな。走行中に意識の外から狙撃されれば俺でも防げない。丸川、勇気があるな」


「冗談じゃねぇ……」


 …

 ……

 ………


「丸川さん、もう少し離れてもらっていいですか?」


 東北道沿いに県道を走るワンボックスの車内。その後部座席では、窓から離れるように大輔にピッタリ寄り添う丸川の姿があった。それもパンツ一丁で。


「あ、あの……聞いてます? 丸川さん?」


「兄ちゃん、もうちょっと、もうちょっとだけそっちに……」


「いや、もうこれ以上無理ですよ。というかなんでこっちに来るんですか! 狭いんですけど!」


「大丈夫大丈夫、もうちょいもうちょい」


「あっ! ちょっ、腕とか絡ませないで!」



「うるせーぞ!」

「うるさいわね!」



「「スイマセン」」


 運転席でハンドルを握るジャネットと、助手席でP320の弾倉に弾を補充しているレイが揃って声を上げる。


 ワンボックスのナビにはご丁寧に出発元の地点がそのまま残っており、現在その場所に向かっている。マフィアから奪った端末のバッテリーを外し、電源は入れてない。


(というか、俺ってもういらないよね? よね? よね?)

(うわぁ……なんか丸川さん、また汗が……)


 県道はレイ達の他にも疎らに車が走っているが、今のところ襲撃もなく順調に進んでいる。次第に民家や建物が見えはじめ、車の通行量も増えてきた。


「このまま市街地を抜けて山道に入る前に、どこかで停めるわよ?」


「何故だ?」


「会社に応援を頼んだの。代わりの車と装備を手配したわ。到着するまで、どこか待機できる場所があるといいけど……」


「装備?」


「必要無いと思って防弾ベストを着てないのよ。暑いし。それに、あなたも予備の弾薬が必要でしょう?」


 敵兵士から武器弾薬を奪わず、今もポケットから弾を取り出しているレイにジャネットが言う。レイの腰にある魔法の鞄は目立たないようTシャツに隠れているが、その中に大量の武器弾薬、魔導具が入っていることなど当然だが思いもしない。


「丁度いい、応援が来たらそいつらと一緒に撤収しろ」


「は? 嫌よ。ここまで来て何言ってんのよ」

「やった!」

「……」


 喜ぶ丸川を他所に、ジャネットが文句を言い、大輔は黙ったまま複雑な表情を浮かべた。


「どういうわけか、マフィアの動きが激しい。こちらを捕捉してる手段も不明だ。軍事衛星を使用してるのかもしれんが、そうだとしても、精鋭を派遣する理由が分からん。お前らは邪魔だ」


「じゃ――」


「ジャネット、そこだ。そこに入れ」


「え? ここ? 何ここ?」

「エッ」

「ここって……」


「ラブホテルだ」


「「「ラブ――」」」


 田舎のラブホテル。壁に囲まれた敷地内にコテージのような建物がいくつも建っている。建物の駐車場に停めたらそのまま部屋に入れる構造になっており、料金の支払いも従業員と接触せずに済ませられる。


「適当に車を停めたらチェックインして、すぐに部屋を変える。まあ、どうせこの車も追跡されてるだろうから、あまり意味はないがな」


「意味が無いのにここに留まるの? 車を置いて別の場所に行くとかでいいんじゃない?」


「それもいいが、追撃してくる奴等を始末する方が拠点の戦力を削げるからな。要は待ち伏せってやつだ。お前らは別の部屋で休憩でもしてろ」


「「「休憩……」」」


 レイ以外の三人がそれぞれ窓の外に視線を逸らす。辺りは怪しいネオンが光り、非日常の雰囲気を醸し出していた。


 …


 十分後。


 ホテルの一室にパンイチの丸川と無表情の大輔がいた。レイとジャネットの姿は無い。


 目の前には大きなベッドと怪しい照明。


「兄ちゃん……休憩……する?」

「お願いですから離れて下さい」

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