第36話 汚……
探知魔法を展開し、接近中のヘリに向かっていたレイ。魔法が使えてもその射程は五十メートルもない。遠距離から接近するヘリに対し、レイは魔法の鞄から南米で『エクス・スピア』の傭兵部隊から奪った携帯式対空ミサイル『FIM-92 スティンガー』を取り出していた。
身体強化を併用し、走る速度を更に上げる。
スティンガーの有効射程距離は約四キロ。発射されたミサイルは、航空機の熱源を自動で追尾して攻撃する。しかし、射手は標的を目視してロックしなければならず、また、敵航空機も軍用機ならレーダー警報装置は当然備わっており、スティンガーがロックオンしたと同時に察知されて回避、反撃行動を取られてしまう。
その為、スティンガーの射程内でも、確実に当てる為には出来るだけ敵機に接近する必要があるのだ。
(高度を落としたか。やはり、民間のヘリじゃない。兵を降下させるつもりだな)
ドドドドドドドドドド
接近するヘリが高度を落とし、空中で停止すると同時にヘリに搭載された機関砲が火を噴いた。赤外線センサーで捉えていた
銃撃により周囲の木々がはじけるようになぎ倒される。当たれば生身の人間などバラバラになり、かすっただけでも身体が引き裂かれる威力だ。
レイは物理防御の結界を展開し、即座に銃撃を防ぐと、光学迷彩を施して更にヘリとの距離を詰める。レイの光学迷彩は姿を消すだけでなく、体臭と体温も隠す。最新の観測機器でも探知はできない。
バシューーーー
そこへ林立する木々の隙間から、スティンガーの対空ミサイルが発射される。レイは発射後すぐに本体を投げ捨て、魔法の鞄からもう一つのスティンガーを取り出すと、間髪入れずにヘリをロックし、引金を引いた。
突如発せられたロックオンの警告音が鳴り、ヘリのパイロットはフレアを発射する。フレアはミサイルをかく乱するための火炎弾で、誘導ミサイルに対する囮である。
ヘリのパイロットはフレアを発射すると同時に、ミサイルの発射元と思われる場所に機銃を掃射してきた。
しかし、一発目の直後に撃った二発目のスティンガーのミサイルがヘリの後部を直撃する。一発目を回避した後、すぐに高度を上げて退避行動を取れば二発目を回避する余裕も生まれたかもしれないが、一発目の発射位置が近かったこともあり、敵の殲滅を選択したのが仇となった。
敵の歩兵に銃弾が全く効かないなどと、ヘリのパイロットには知る由も無い。
黒煙と機銃を撒き散らしながらヘリは旋回し、やがて地上に墜落した。
(三発目はいらなかったな……)
レイは取り出していた三本目のスティンガーを魔法の鞄に仕舞うと、探知魔法で探知した降下部隊に向かう。相手はヘリが撃墜されたにも関わらず、隊列を組んで接近してきていた。
「次から次と……」
魔法の鞄からアサルトライフルを取り出し、予備の弾倉と手榴弾をポケットに仕舞いながらレイが呟く。
…
……
………
「ジャネットさん! 丸川さん、行っちゃいましたよッ!」
「放っときなさい」
「でも……」
「タカシの言ってるとおりにヘリが、それも軍用の攻撃ヘリが近づいてるなら私達は既に補足されてる。迂闊に動けば相手の興味を引くわよ」
ヘリのパイロットが見る赤外線映像では、人間はモノクロの画面に白い光点となって表示されている。人の体温を熱源として表示されているのだが、無暗に動けば動体センサーで追尾されてしまう。
攻撃する側の視点に立てば、現場から離れようとする者を優先して攻撃しようとするはずだ。つまり、一人駆け出した丸川を敵が放っておく確率は低く、真っ先に攻撃されるだろうとジャネットは言う。
ドォン
だが、遠くで聞こえる銃声と爆発音がそれを否定する。
「「ッ!」」
夜間、それも木々の隙間からでは何が起こってるのかジャネットには分からない。しかし、聞き覚えのある射撃音を耳にし、戦闘が行われてるのだけは確かだ。
指示通り、この場に留まるか、それとも動いた方がいいのか。兵士ではないジャネットには判断できない。レイの言葉を信じるならこの場から動くべきではないが、戦場では臨機応変に対応しなければ、死ぬだけだ。
「ジャネットさん……あの」
「何?」
大輔は丸川の放り投げたパソコンを開いてジャネットに向ける。
「アンタ、こんな時に何して……あ?」
「これ、ひょっとして丸川さんしか開けないんじゃ……」
画面にはパスワード入力画面が表示されている。パスワードを入力しなければ追跡しているランクルの位置は分からない。
「
…
……
………
「はあ はあ はあ ……死んでたまるか!」
林の中を必死な形相で走る丸川。小太りな体型と滝のように流れる汗、激しく乱れた呼吸。普段から相当な運動不足が見てとれる。
遠くで聞こえる銃声らしき乾いた音と爆発音が、更なる恐怖となって丸川の足を無理矢理動かした。
「う゛」
「おえぇーーー」
急激な運動で胃が痙攣し、嘔吐する。
それでも足を止めない。もはや走っているという速度ではないが、必死に足を前に動かす。
汗と吐しゃ物にまみれ、地面の凹凸や草木に足を取られて何度も転ぶも、丸川は走り続ける。
やがて、街灯の光を目にし、丸川の表情に歓喜の表情が浮かぶ。
街、人里に出れば助かる。そんな何の根拠も無い希望に縋り、疲労でもつれる足をなんとか動かし、ようやく舗装された道路に出た。
「やった!」
そこへ都合よく一台の車が走ってくる。
「おーーーい! 助けてくれーーー!」
両手を大きく振り、精一杯の大声で助けを呼ぶ丸川。
キキィ
停車した白いワンボックスのヘッドライトが丸川を照らす。
「やった! 停まった! 助かった! おーい、助け――」
車の助手席と後部スライドドアが開く。
「あ……れ?」
ガタイのいい大柄な男達が車から降りて来る。その手にはAK系のアサルトライフルが握られており、銃口を丸川に向けていた。
「何でここにも……」
絶望してその場にへたり込む丸川。
汗と泥、吐しゃ物にまみれ、情けない表情の丸川を見て、男達はロシア語で馬鹿にしながらニヤニヤして近づいていく。
男の一人がAKのスライドを引いて初弾を装填、銃口を丸川に向けた。
(あ……映画で見たやつだ……)
現実逃避なのか、丸川は男の銃操作を見てそんなことを考える。
パァンッ
パパンッ パンッ
「ひぃぃぃーーー! お、お助けぇぇぇーーー! ……あ……れ?」
銃声に驚き、目を閉じて悲鳴を上げた丸川は、しばらくして痛みも衝撃も無いことに気づく。
恐る恐る目を開けると、男達が地面に倒れ、金髪碧眼の美しい女がワンボックスの運転席に拳銃を向けていた。
「ジャジャジャ、ジャネットしゃぁぁぁーーーん!」
「シャラップ!」
「丸川さん、大丈夫ですか?」
「兄ちゃぁあああーーーん!」
(うっ、臭ッ!)
丸川に声を掛けた大輔は、鼻を突く異臭にサッと距離を置いた。不摂生な中年の汗と吐しゃ物、それと先程漏らした小便の臭いが入り交じり、悪臭を放っていた丸川に、大輔は思わず顔を顰める。
「怖かった、怖かったよ、兄ちゃーーーん!」
「あっ、ちょっ、抱き着かないで……あ゛ーーー」
「俺を助けに? あ゛り゛がどぉぉぉーーー」
「いや、まあ……」
(丸川さん、足遅かったから結構あっさり追いつけたけど、危なかったよね……というか、なんでこんなにすぐマフィアが……)
丸川に抱きつかれたまま、大輔はジャネットを見る。
ジャネットは銃口を運転席に向けたまま、座っている男に車を降りろと命令していた。
『ゆっくりよ。ゆっくり出て来なさい』
『……』
運転席にいた男は、ジャネットに撃たれた他の男達と同様、派手な私服を着ており、ザ。マフィアといった風体だ。しかし、どの男も大柄で車が小さく見える。
男は降参したように両手を上げ、ジャネットの意図に従い、ゆっくりと片手でドアを開けた。
『どこの者だ? 俺達が誰だが知っててこんなマネしてるんだろうな?』
男は撃たれた仲間をチラリと見てジャネットを睨む。
『英語で話しなさい。車から出たら両手を頭の後ろに組んで膝を着いて』
『……素人が』
『ッ!』
男はドアを蹴り、ジャネットの射線を遮ると、挙げていた手をジャネットの銃に伸ばした。
男の手がジャネットの銃を掴んだ瞬間……
ドカッ
『はがッ』
突然、車のドアが勢いよく閉まり、男が挟まれた。
「ジャネット、やはりお前は現場に向いてない」
「タカシっ!」
パァン
レイはドアに挟まれた男の額を即座に銃で撃ち抜くと、続いて倒れている男達に銃を向けた。
パァン
パァン
それぞれ頭を撃ち抜き、止めを刺す。
「ちゃんと頭を狙え。まだ生きてたぞ? 胸に当たって倒れたからといって油断するな」
「わ、わかってるわよ!」
「それとな。車を無傷で奪いたい気持ちは分かるが、次からはさっさと殺せ。お前の腕じゃあ、捕虜をとるのは十年早い」
「くっ! わかってるっつーの!」
「大体、俺は動くなと言ったはずだが?」
「あそこの汚ぇオッサンに言え!」
ジャネットに言われてレイは大輔に抱きついている丸川を見る。
「確かに汚ぇな……」
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