第33話 継承

 光の刀が夏希を襲う。


 その斬撃は不規則な軌道を描き、あらゆる方向から致命の攻撃を放ってくる。それも二刀同時に。


 食らえば一撃で死ぬ。


 そう直感させる凄まじい重圧。



 しかし、その苛烈な攻撃を夏希は難なく躱していく。


 光の人影の構えや重心、四肢の僅かな動きから刀の軌道を一瞬で看破する。暗黒剣を出して受けることは考えない。物理攻撃能力のない暗黒剣で受ければ死ぬだけだ。暗黒鎧も同様、身体の動きが少しでも阻害されれば、斬撃は躱せない。


 頭に流れ込んできた膨大な知識。しかし、それらを思い起こし、考えて動く暇は無い。


 身体が勝手に動く、とは少々異なる。


 頭の中にある数多の選択肢から最適な一手を瞬時に選び、適切な動作を寸分狂いなく行う。いくら知識があっても、知識だけでは到底そんなことは不可能だ。しかし、元々の夏希の直感だけで躱せるものでもない。間違いなく、夏希の中に流れ込んだモノの影響を受けているものの、それを無意識に引き出ししてるのは夏希の才覚だった。



 遅れれば死ぬ。


 間違えても死ぬ。


 迷えば当然……死だ。


 一歩間違えれば死ぬと分かっていて、それでも夏希は表情を崩すことなく冷静に斬撃に対処していく。驚異的、いや、若干二十歳の学生ということを考えれば、異常な精神力と言わざるを得ない。


 たとえ、夏希が異世界で命がけの日々を過ごしていたとしても、だ。


 人間誰でも死や痛みに恐怖する。様々な経験や鍛錬でその恐怖を克服することは出来ても、人が生き延びる為に必要な本能に逆らうのは至難の業だ。


 しかし、夏希はそんな人の生存本能を平気で無視する。我慢や忍耐、虚勢で耐えているのではない。ましてや経験でも鍛錬の結果でもない。生まれながらの特異な素養であり、悪魔系の能力『暗黒騎士』を人の身で使いこなせる理由でもある。


 どんな苦痛や恐怖も、それら全てを無視して己の意思を貫く力。


 それが父から受け継いだ夏希の才能だ。


 だが、父と違うのは、夏希にはいつ死んでもいいという刹那的な思考は無い。自分の望むものの為、夏希は全ての邪魔を排除する。


(ふぅーーーでも、ギリギリね。一体、いつまで続く――)

 


 ――『ふふっ、準備運動は済んだな? では始めよう』――



(嘘でしょ?)


 光の構えが変わる。両手をだらりと下げ、一見やる気がないように見える。


 しかし、夏希は知っている。



 ――新宮流二刀術『聖刀双天』――



 脳内の知識と、異世界で見た二人の男の姿が一致する。


 そして、夏希の中にこの奥義に対処するすべは存在しなかった。


(ここからは自分で見つけろってこと?)


 ――新宮流『双天炎舞』――


 夏希が考える間も無く、赤く染まった双刀が襲い掛かる。


 先程とは数段上の速度に加え、刀から感じる重圧が一切感じられない。まるで画面に映る映像のように、気配の無い攻撃。武器の気配を断つ新宮流『絶空』だ。


 視覚情報だけでは肉体は危機を感じず、直感も働かない。



 (くっ! 暗黒鎧召喚!)


 避けられないと判断した夏希は咄嗟に鎧を召喚し纏うも、その選択は間違いだった。


「あぐ……ぐくっ、なんでッ!」


 炎と化した刀は容易に鎧を削ぎ、夏希の肉体を斬り裂く。


『夏希ッ! わっちの力が通じんせん! このままでは――』


 クヅリの悲鳴にも似た叫びに、夏希は鎧を即座に解除する。斬り飛ばされた鎧の破片が塵となって消滅していく。今までにない現象。凄まじい威力だった。この状況が続けば、いくらクヅリでも耐えられない。


 しかし、選択を間違った代償は大きかった。


 斬ッ


 夏希の肩と胴に赤い刃が食い込む。同時に挟み込むように放たれた斬撃に、夏希は左右の腕を咄嗟に滑り込ませる。


(ぐくぅぅぅ……)


 噴き出した血が舞い、肉の焼ける臭いが辺りに漂う。


 腕を斬り落とされ、そのまま体を両断されてもおかしくなかった。だが、刀はすぐに引かれ、光の人影は元の構えに直る。


(手加減? いや……)


『よし、もう一度いくぞぃ』


「くっ! やっぱり!」


『早くモノにせんと、腕が何本あっても足りんぞぉ~ クックックッ』


「こんの……クソジジイ!」


 ――『暗黒剣解放 反転世界』――


 周囲の明暗が逆転し、闇の全てが夏希の刃と化す。


 しかし、闇がいくら斬り裂こうとも光の人影には何ら効果が無かった。光の人影には通じない。


「そう…………」


 光の攻撃が再開されるまでの一瞬、夏希は考える。


 

 何故、自分は逃げないのか


 何故、目の前の光と対峙し続けるのか


 頭の中に膨大な知識はあるが、理由は分らない


 でも、自分に必要なことだと思った


 いや、自分は欲した


 理不尽な運命


 理不尽な……に抗う力を


 もっと普通に生きたかった


 しかし、恐らくそれはもう叶わない


 なら、このまま流されるまま生きる?


 父と名乗るあの男の言うとおりに?



 そんなのは御免だ



 私は私の生きたいように生きる


 その為には力が必要だ


 今よりもっと


 理不尽な世界を自由に生きる為に


 使えるものは何でも使ってやる

 

 

 ――暗黒剣召喚――



 夏希の両手に二振りの黒剣が出現する。


「クヅリ」


『了解……』


 物理攻撃能力のない暗黒剣に『魔黒の甲冑』が融合。クヅリの気配が希薄になっていく。


『わっちはこれからも夏希と共にありんす』


 その言葉を最後にクヅリの声は聞こえなくなった。


 それでも夏希は前を向く。



 ――新宮流二刀術『黒剣双天』――



「行くわよ、クヅリ」


 返事は無い。だが、寂しくは無い。


「こいつを倒して、私は私の道を行く」


 光を斬り裂く暗黒を携え、夏希は一歩前に踏み出す。


 そして、父には無かった、夏希のもう一つの才能が今開花する。先代、新宮幸三と同じ、二刀を自在に操る才能……。



『おもしろい……ワシも本気でいこう『聖刀双天』」



 光と闇が交差し、洞窟内が黒と白の閃光で染まる。



 その様子を物陰でじっと見つめる大五郎。


 かつての主の最後の姿。そして、の姿を、その青い瞳に焼き付けていた。


 …

 ……

 ………

 …………

 ……………


 ねぇ ママ……どうしてナツにはパパがいないの?


 それはね、ナッちゃんのパパは遠いところにいるからなの


 遠いところー? それってどこー? ナツに行けないところー?


 そうね~ ナッちゃんには……ちょっと遠すぎるかもね~


 えー ナツ行きたいー!


 いつか……いえ、夏希は行っちゃダメ。パパやママのようには……夏希はもっと普通の……普通の女の子として生きて欲しいの……



「ごめんね……ママ、私は…………ん? ママ? はっ!」



 幼い頃の夢から目を覚まし、ガバッと起き上がる夏希。


 グスピ~


 夏希が枕にしていた大五郎からマヌケな寝息が漏れる。


「私、いつの間に……ほら、大五郎、あっち行ってなさい! またあのジジイが来る……って、あれ?」


 気づけば、洞窟内は静寂に包まれ、水晶も光を失い沈黙している。


 全身にあった斬り傷もいつの間にか全快しており、傷痕すら無い。しかし、着ていた衣服はボロボロだ。これまでのことは決して夢では無かった。


 そして、二振りの小太刀が夏希に前に置かれている。


「餞別のつもりかしら? それとも卒業の代わり? いいえ、違うわね。終わりなんて無い、これから始まる、か。……一々回りくどいわね、あのクソジジイ」


 夏希は何かを悟ったように小太刀に手を伸ばす。


「……アンタはどうすんの? 何だったらここにずっといれば?」


 フゥーーーン


 上目遣いで情けない声を上げる大五郎。


「冗談よ。アンタもお腹空いたでしょ。私もペコペコよ。ついてきなさい」


 ハフンッ!


 何故か嬉しそうな大五郎を連れ、夏希は洞窟の出口に足を向ける。



『わっちを忘れんでくんなまし!』



「あら? クヅリ、いたの?」


『いんすッ!』


「ふふっ 知ってたわ」


 そうして夏希は歩き出す。慣れた手つきで小太刀を脇に差す所作は且つての新宮幸三を彷彿とさせた。


 だが、そうと分かる者はこの世に何人も生きていない。



 それに、この洞窟に足を踏み入れてからもう何日も過ぎていることに、この時、夏希はまだ気づいていなかった。

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