第32話 遺産
奥多摩。新宮流裏道場、食堂。
「歯が無いのに随分食欲があるのね……」
用意された大量の果物をムシャムシャ食い散らかす大五郎を、夏希は呆れ顔で見ていた。熊だけに顎の力は凄まじく、歯が無くともリンゴやナシ、モモ、スイカやパイナップルなど多種多様な果物をすり潰すようにして大五郎は飲み込んでいく。
「「うへぇ~……」」
大五郎の食いっぷりに、美紀と典子は自分達の食事の手が止まる。
「大五郎は果物が大好物でございますから。皆様はお気になさらず、どうぞ食事をお続け下さい」
大五郎の脇にある桶に、大きなペットボトルから透明な液体を注ぎながらチヨが言う。
((あれって……))
グビ グビ グビッ ブハッ
アルコール臭が漂う桶に顔を突っ込み、果物と同じように豪快に飲んでいく大五郎。遠慮なしに、さも当然という大五郎の態度に夏希は眉を顰める。
「贅沢ね。こんな熊……水とどんぐりでもあげてればいいのよ」
ハフンッ
突き放すような物言いに何故か大五郎がしゅんとなる。
((ど、どんぐり? というか、なんで凹んでんのこの熊……))
「今日はお疲れでしょうし、食後はゆっくりお休み下さい」
チヨは夏希の苦言を華麗にスルーし、食堂を後にした。
夏希達はチヨの言葉に気を取り直し、ようやく自分達の料理に箸をつける。
…
「ねぇねぇ夏希、ここって何なんだろうね?」
「美紀、今更何?」
「いや、私達の食事もだけど、大五郎の果物とか、こんな山奥でどうやって食材を調達してるのかなって」
「どうせ、あのゴツイ外人達が運んでるんでしょ」
「あー そうかも……」
美紀の頭に門下生達が大量の荷物を背負って山を登り降りしてる姿が浮かぶ。
「でも、前の食事もそうだったけど、どう見てもそこら辺のスーパーにあるような食材じゃないわよ?」
目の前のお膳に並べられた料理を見て典子が言う。素人目にも高級そうな肉や魚介類、香草や山菜が目につき、品数も多い。どう考えても、麓に降りて揃えられそうもない食材ばかりだ。
ガラッ!
ビクッ
ビクッ
ビクッ
突然、戸を開けチヨが入ってくる。手の上にあるお盆には湯呑と急須が乗せられており、どうやら茶を淹れに一時離席しただけだったようだ。
(((くっ、また気づけなかった……)))
未だ、チヨの気配に全く気づけないことに、またも夏希達は自己嫌悪に陥る。
その隣ではチヨを全く気に留めず、果物を貪り、桶に入った酒を飲む大五郎。
(((くっ、この熊……なんか苛つく!)))
「食材や日用品は月に数回、ヘリコプターで輸送されてまいります」
「「「ヘリコプター?」」」
「はい」
(((いくらかかるのそれ……)))
「先代様は武術家であると同時に資産家でもありましたので、この程度、どうぞお気になさらぬよう……」
数十人の食料、それも高級食材を月に何度もヘリで空輸するなど普通ではない。一体どれほどの資産家なのか、庶民である夏希達には想像もつかない。
(((この程度……とは?)))
しかし、チヨはそれ以上は何も言わず、茶を注いだ後は、またも黙って部屋を出ていってしまった。
…
「そういえば、大輔は大丈夫かしら?」
「レイさんに連れてかれちゃったけど、帰ってこないね」
「まあ、危ない目には――……」
(((あってそう……)))
ゲフゥ~イ
大きなゲップを吐き、その場に突っ伏した大五郎。満腹になったのか、夏希の隣で丸くなり、目を閉じてしまった。
「……なんか羨ましいわね」
大五郎の寝顔を見て気が抜けてしまった夏希。無意識に背中に手が伸び、毛を撫でてしまった。
(こうして見るとぬいぐるみね……ちょっとカワイイかも)
…
……
………
深夜。
クゥーーーン
寝ている夏希の枕元で、大五郎がか細い声を上げながら夏希の肩を前脚で揺する。
「……?」
慣れない環境というのもあり、眠りの浅かった夏希はすぐに目を覚まし、何事かと飛び起きる。すぐそばに熊がいるという普通なら慌てる場面だが、夏希は何故か冷静でいられた。
「どうしたの?」
夏希が起き上がると同時に、大五郎は部屋の出口に向い、振り返る。夏希について来いと言っているかのようだ。
夏希は部屋を見渡し、美紀と典子を見るも、二人に起きる気配は無い。
(なんなのよ……)
仕方なく二人を起こさず、大五郎の後を追う。
…
建物を出て、森を進む大五郎とそれについていく夏希。辺りに街灯など明かりは一切ないが、月明りで歩くのに問題はない。
スタスタ歩く大五郎は時折振り返り、夏希がついてきてるのを確認する。
(やっぱり、どこかに連れていきたいみたいね)
「……洞窟?」
しばらく歩くと、岩と樹木に覆われた小さな洞穴が見えてきた。
クゥ~ン
人為的に作られたようにも見える入口で、大五郎が振り返り、またも夏希に向かって小さく鳴く。
「あんたの家ってわけじゃないわよね?」
もしそうであったとしても、大五郎が意味深な素振りで夏希を連れて来る理由が思い当たらない。それに、大五郎の鳴き声がなんだか寂しそうに聞こえ、気になった夏希は警戒しつつも大五郎の後を追い、洞窟の中に入っていった。
洞窟の内部は石を積み上げて組まれており、明らかに人の手で作られたものだった。所々薄っすらと苔が光っており、辛うじて進めるくらいの光量もある。
(まるで古代遺跡ね)
そう夏希が思ってると、大きな岩に阻まれ、行き止まりになり、これ以上は進めなくなった。
「こんなとこ連れて来て、あんた一体何がしたいの?」
ガリガリガリ
大五郎は夏希の声を無視して、しきりに道を塞ぐ岩を掻きむしる。
「……?」
どこからどう見ても、ただの岩の壁だ。
不思議に思いながらもふと壁に手を触れる夏希。
「……まさか?」
何を思いついたように、夏希は魔力を流してみる。
ゴゴゴゴゴ……
すると、岩壁が横にスライドし、新たな通路が現れた。
「参ったわね……」
美紀と典子を連れて来ようか迷い、来た道を振り返る夏希。明らかに普通では無い。古代遺跡のような罠があるかもしれず、このまま先に進むのを躊躇う。
しかし、スタスタ奥に歩いて行く大五郎の姿に、仕方ないと足を進めた。
「これは……」
しばらく進むと、丸い水晶がいくつも鎮座する異様な空間に出た。
クゥーーーン
遠吠えのような鳴き声を発し、大五郎は水晶の前で座り込んでしまった。
ヴーーーン
水晶玉の一つが光り出す。
――『よう来たな』――
水晶から光と共に声が発せられた。
――『これを聞いておるということは、ワシはもうこの世におらんということだ。願わくば、ワシを殺したのはお前だと思いたいところじゃが、まあよい』――
――『ワシがこれまで培った全てを伝えて逝けたならいいが、恐らくそれは叶わぬことじゃろう。ワシはワシの欲求を抑えられぬだろうしの』――
――『じゃから、これを残すことにする。真に新宮を受け継ぐに相応しい者へと……ここに来れた以上、条件は満たしておる……受け取るがいい』――
その言葉の直後、別の水晶玉が激しく光り、眩い光が空間を包んだ。
余りの眩しさに、堪らず目を瞑る夏希。
「あぐッ!」
直後に夏希の頭の中に情報が流れ込む。そのあまりの情報量に頭を押さえ、地面に膝を着き蹲る。
やがて光は収まり、また声が聞こえてくる。
――『さて、次は実践といこうかのぅ……』――
別の水晶が光り、二本の刀を持った人の形が現れた。
――『うっかり死んでくれるなよ?』――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます