第31話 魔導可変装甲

 パパンッ パパンッ パパンッ 

  パパパッ パパパッ パパパッ


 ポンッーーーードォオンッ


 甲高い銃声が鳴り響き、擲弾発射器グレネードランチャーから発射された榴弾が爆発する。


 ロシアン・マフィア『ギドゥラ』の実行部隊『ジラント』は、四人一組のチームが三つ、連携してレイを追いやっていた。


(こっちが見えてやがるな……)


 ジラントの兵士達が装備した新型ゴーグルは、従来の暗視モードと赤外線モードに加え、対光学迷彩用の動体探知モードで姿を消しているレイを視認していた。


 可視光線を回折させ、自分の姿に周囲の景色を映す光学迷彩は、透明に見えるも存在を消せるわけではない。現在、様々な素材や技術で実現された新型の光学迷彩に対処する為、それらを捕捉する装備も当然のように開発され、実験的に特殊部隊などに配備されていた。


 また、ビルのフロアの至る所に設置された各種感知システムにより、侵入者の位置は作戦室にいる兵士達にモニターされ、リアルタイムで現場の兵士達に位置情報を伝えていた。



 兵士達は近代化改良されたロシアのカラシニコフ社製の突撃銃アサルトライフルAK-15Kに、全長を短くした六連装擲弾発射器グレネードランチャーRG-6を取り付け、7.62x39mm弾と40mm破片榴弾を容赦なくバラ撒いていく。


 AK-15とRG-6、使用弾薬を合わせれば10㎏以上にもなるが、丸川古書店を襲撃した部隊と同様、強化スーツの筋力アシストでそれを軽々と振り回し、自由自在に操っている。


 また、兵士達は室内で取り回しし易いよう、消音器サプレッサーを装着せず、榴弾の爆発音も気にしていない。警察が駆け付けようが、ビルが壊れようが構わず侵入者レイを排除するつもりだ。



 敵の7.62x39mm弾は、世界中で使用されるAK-47の使用弾薬と同じで、設計が古く安価だが、西側諸国で使用される7.62x51mm NATO弾に匹敵する貫通力を持つ。近年普及が進むボディアーマーにも有効で、ビルの壁も難なく貫通する。


 新型ゴーグルと各種感知システム、絶え間ない銃撃と爆撃により、レイに接近する余裕を与えない。それと同時に銃撃を続けたまま交互にポジションを入れ替え、チームが連携してレイとの距離をシリジリ詰めてくる。部隊の練度は高く、市街地戦に慣れた者の動きで無駄が無い。


(ちっ、隙が無い……特殊部隊スペツナズの中でも相当やる連中だ……仕方ない、魔力をドカ食いするが、出し惜しみしてる場合じゃないな)


 魔法を使えば敵を排除することは難しくない。しかし、激しい銃声と爆発音で、都内に集まっている警察がすぐにでも駆けつけてくるだろう。レイとしてはなるべく時間を掛けたくなく、少なからず魔力を消費するならより早く始末できる選択を取る。



 ――魔導可変装甲 二式『光龍』――



 レイが着込んだプレートキャリアに似た胴当てが光を発し、急激に拡張、瞬く間に全身鎧へと変化する。


 顔面まで覆う兜まで鎧が形成されると、眩い光を放ったまま、レイの姿がその場から消えた。


 光の速さと見紛うばかりの超スピードでフロアの通路を駆け抜けるレイ。ジラントの兵士達は攻撃されたと認識する間も無く魔金製の短剣で首を斬り裂かれ、銃を構えたまま崩れ落ちていく。


 …


『何がどうなってるのぉ! おい、報告しろ! どうしたぁ!』


『『『……』』』


 ジラントの部隊長、ニコル・トレチャコフ少佐は、交戦中の兵士達から無線が途絶え、作戦室にいる兵士達に怒鳴る。モニタリングしていた兵士達も何が起こっているか理解できず、ニコルに何も答えられない。


 ピーーー


 攻撃部隊の最後の一人が殺され、モニターに映る各兵士の脈拍、血圧、呼吸、体温バイタルサインが全て消失する。


『殺られた? ……十二人の部下が全滅? ふざけてんのぉ!』


 優勢だった部隊の突然の壊滅。ニコルは納得も理解も出来ず、機器の不具合を疑いモニターしている兵士を睨みつける。



 ドカッ



 そこへ扉を蹴破り、作戦室に姿を現したレイ。


『『『――ッ!』』』


 光り輝くレイの姿に驚く兵士達。


『ワタナベェェェ!』


 ニコルはその光が部下達を殺した元凶と察し、激高して叫ぶ。



 ゴウッ



 ニコルが腰の拳銃に手をやると同時に、レイは円を描くようにして瞬く間に作戦室を一周。モニタ―に前に座っていた兵士達の首を一瞬で斬り落とし、ニコルの目の前で止まってその首を掴み上げた。


 頭を失った兵士達が机に突っ伏し、血をぶちまけると同時にレイが口を開く。


「ワタナベ? 残念ながら人違いだ」


『カハッ、カ、カ……』


「?」


 猛烈な握力で頸動脈と気管を瞬時に圧迫したにも関わらず、ニコルの意識が一向に失われないことにレイは疑問を覚える。


 その気なら一瞬で首の骨を折り、即死させることも可能だったが、尋問の為に手加減している。だが、常人ならとっくに意識を失ってるはずだ。


『無駄よワタナベ! 神に選ばれたのはお前だけじゃないのを教えてあげるわッ!』


 いつの間にかニコルの首を握るレイの手に霜が降りていた。レイの腕が急激に凍り、その手から力が抜ける。


『氷像と化して死になさぁ~い! このバケモ――』



 ――魔導可変装甲 四式『氷龍』――



 レイの鎧が真っ白から青い色に変化し、止まっていた手に力が入る。


『あがっ かっ ……は? ぢょっ、ま、待』


 先程までの余裕が一瞬で消え、慌ててレイの腕を両手で掴み藻掻くニコル。しかし、レイは力を緩めない。


『中々強力な冷気だ。捕虜にするのはやめだな』


 ゴキンッ


 レイはそのままニコルの首を圧し折った。


 白目を剥き、だらしなく開いた口から舌が伸びたニコルを放り投げ、レイはようやく鎧を解除した。


「ふぅーーー」


(やはり、魔力の消耗が尋常じゃないな。強力な反面、稼働時間も短い。この短時間でもギリギリか……)


「不要と思ってたが改良は必要だな。ジジババ共の提案にあった外部動力……高純度の魔石の確保にまた金が……いっそ自分で調達するべきか……いやダメだ。それだとまたバレる……」


 ブツブツ独り言を呟きながら、部屋のパソコンを魔法の鞄に放り入れていくレイ。


「……弾薬も貰っとくか。そろそろ射撃を教えてもいい頃だし……」


 部屋にあった軍用コンテナを開け、武器弾薬を根こそぎ奪って部屋を後にする。


 …

 ……

 ………


 バクンッ ドクン……ドクン……


『ぶはっ! はー はー はー ……やってくれたわね、ワタナベダイスケ! 危うく死ぬかと思ったわ……いや、死んでたわねアタシ』


 停止していた心臓が突然動き出し、覚醒したニコル・トレチャコフ少佐。いつの間にか折られた首も元に戻っており、首を回しながら具合を確かめている。


 超速再生と冷却能力を持つニコルは、死を悟った直後に己の身体を仮死状態にし、レイの目を逃れていた。


『参ったわ、あんなバケモノ……日本政府は何故放置してるのかしら? いいえ、手に負えないから何もできなかったというのが事実かもしれないわね』


 そう言いながら、臨時作戦室を見渡すニコル。辺りには一瞬で頭を落とされた部下達の死体が横たわっている。


『この子達はダメね……』


 …


 ニコルは作戦室を出て、部下の死体が散乱するフロアに足を運ぶ。


 殆どの者が首を斬り裂かれ、傷が骨まで達して千切れかかっている。


『この子はイケるかも』


 懐から注射器を取り出し、比較的損傷が軽微な部下に薬液を注射する。


『時間的に間に合うはずだけど、蘇生できるかはギリギリね』


 首の傷がゆっくり元に戻っていき、それと同時に、心臓が動き出した。


 …

 

 パチリッ


『……申し訳ありません少佐……やられました』


 目を開けた兵士はゴーグルを外し、ニコルを見て謝罪の言葉を口にする。


『仕方ないわ。相手はバケモノよ。ボスに報告しなきゃだわ。アナタは他に蘇生できそうな子を……』


 ニコルは言葉を途中で切り、周囲を見渡す。


『少佐?』


『何か変だわ』


『……?』


 静まり返ったフロア。


 仲間の兵士の死体が横たわる以外におかしい箇所は見当たらない。


 それでもニコルは腰から拳銃を抜いて辺りを警戒する。



 ――「よく気づいたな」――



 新宮流隠形術を極めた男の本気の隠形。


 僅かな違和感を覚えただけでも、ニコル・トレチャコフは優秀な兵と言えるが、新宮流では気配を読めるだけでは二流以下。己の気配自在に操り、誤認させる一流にとってはカモでしかない。



 ――「お前みたいなバケモンの相手には慣れてる。首を折る前に心臓を止めたのは悪手だったな。Это было страшноビビッたのか?」――



『そこかぁ!』


 ドンッ ドンッ ドンッ


 ニコルはレイの発声と気配にあたりをつけ、銃を発砲する。


 しかし、銃弾は空を切り、背後の壁に穴が開くだけだった。


そいつゴーグルを貸しなさい!』


 部下の肩を掴み、ゴーグルを要求するも、部下は膝を着いたまま動かない。


 ズッ


 直後、部下の首に赤い線が入り、頭がズルリと床に落ちた。


『ッ!』


 ――『流石に首を落とせば蘇生は無理だろ? 次はお前だ』――


 ニコルは声のする方に銃を向けるも、気配はあるが姿は無い。半端に気配に敏感だからこそ、レイの『残気』に惑わされ、あちこちに銃を向ける。


『あ、悪魔め……』


「失礼な奴だな……逆だぞ?」


 耳元でそう囁かれ、次の瞬間、ニコルの視界が暗転した。

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