第30話 ジラント②

 渋谷上空。


 レイは光学迷彩で姿を消したまま、空から目的のビルを見る。


(建設中の高層ビルか。渋谷の駅前にこんなデカいビルを建ててるとは……)


 都心一等地の再開発事業。土地の買収、行政、地元との調整や根回し、建築に必要な資材と人員の確保、それらの計画、管理、運営など、どんな大企業でも、一企業だけで進められるものではなく、様々な企業や人間が事業に関わっていく。


 また、このような巨大事業は大きな利権や既得権益との対立が生じ、それに伴い様々な人間と組織が絡み合う。表向きまともな事業者、労働者になりすまし、反社会的な組織や人間が入り込むことは珍しいことではない。事業の規模が大きければ大きい程、関わる人間や組織の数は増え、悪意を持った人間を完全に排除することは難しい。


 ロシアン・マフィア『ギドゥラ』の日本支部は、そんな事業の隙間に入り込んでいた組織の一つであり、急遽来日した組織の実行部隊『ジラント』に場所を提供していた。


『ジラント』は貨物コンテナで密輸した兵器を建築資材と偽り建設中のビルに搬入、元々いた民間の警備会社を排してビルを占拠していた。


 当然、そんな強引なやり方が通用するわけはなく、露見するのは時間の問題だ。しかし、『ジラント』としては武器や人員を日本国内に搬入する為の一時的な拠点にすぎず、事後、『ギドゥラ』日本支部がどうなるかなど考えていない。


 

(完全に舐めてやがるな)



 ビルの屋上にあるヘリポートには、真っ黒に塗装されたハインドの次世代実験機Mi-24PcX二機が擬装もせず、堂々と駐機されている。先程、レイが一機撃墜してるので、ここには計三機のハインドがあったことになる。


 周囲にここより高いビルが無いとはいえ、ヘリを隠す気もなければ、露見しても構わないと思ってるのだろう。確かにフル装備の攻撃ヘリを止める力は日本の警察には無く、自衛隊であっても人口密集地で撃墜などできるはずもない。


 撃墜した場合、ほぼ確実に民間人に死傷者が出る。国民に犠牲がでるような命令を日本の政治家が下せるわけもない。仮にヘリが海に出たとしても、自衛隊が撃墜したという事実を政府は作りたがらない。


 残念ながら、敵側が先に攻撃し被害が出るまで、誰かが死ななければ直接的な行動が何もできないのが日本の現状だ。


 …


 レイが呆れてヘリを見ていたその時、ビルの地下駐車場から二台のランクルが飛び出していった。


(逃走? ……いや、違うな)


 レイは、遠ざかるランクルを見送り、ビルの屋上に着地する。車を追わなかったのは、マフィア側にハインドを放棄し、車で逃げる理由が思い当たらなかったからだ。万一、あてが外れてビルがもぬけの殻だった場合、ヘリを破壊し、後でランクルのナンバーを調べるつもりだ。


(やはり、手が足りないな……)


 先程、置いてきた大輔や道場にいる他の三人のことを考える。しかし、いくら能力や魔法が使えても、今のままでは役には立たない。


 局所的には使えそうな場面もあるが、全員、殺人に対し抵抗を感じ、身の危険に対し受け身な姿勢が問題だった。他の人間に無い特別な力を持つが故に、夏希達は自分達がこちらの人間に対し優位だと無意識に思っている。


 しかし、裏の世界は甘くない。


 戦いというのは原則、攻撃側が圧倒的に有利である。現代戦においては、敵の攻撃をいかに防ぐかということよりも、攻撃される前に無力化することを第一に考える。銃やミサイルなど、撃たれてからでは遅いからだ。


 相手の攻撃を受けてから対処するという姿勢は、相手を無意識に下に見ているということである。先に攻撃されても死なないと思っているからそのような姿勢がとれるのだ。レイからすれば、傲慢と言わざるを得ない。


 特に、『暗黒騎士』の能力と『魔黒の甲冑クヅリ』を持つ夏希はその傾向が強い。無敵とも思える攻撃と防御を持ってはいるが、夏希には致命的な弱点があるのをレイは見抜いている。


 仮に、レイが魔法や能力を使わなかったとしても、夏希達を殺すのは簡単である。それがレイでなくても、現代の戦術を駆使する者なら誰でも可能なことだ。それに、死ぬだけならまだいい。最悪なのは敵に捕らえられ、利用されることだ。


 それをまず、理解させねばならない。



(とはいえ、裏門下生の高弟を使っても、能力者相手には厳しい……中々都合よくいかないな……) 

 

 …

 

 屋上に降り立ち、駐機されたハインドに手を触れる。


 バチッ


 雷魔法で計器類をショートさせ、ヘリを無力化する。隣のヘリも同様に無力化しようと近づいた瞬間……


 キィ……


 屋上の扉が僅かに開き、金属筒が投げ込まれた。


 ドンッ! キィィィィイイン


 爆発と共に鳴り響く大音量の超高音。従来の音響手榴弾とは比べものにならない音量と音質に、流石のレイも耳を押さえて膝を着いた。


 そして、手榴弾の爆発直後に、重装備の兵士が屋上になだれ込む。互いに連携して銃の射線をカバーしながらの突入は無駄が無く、高度な訓練を受けた者の動きだ。


 しかし、兵士達の視界には誰の姿も確認できない。


 ゴキンッ


 一人の兵士の首が突然歪に曲がり、絶命した兵士が床に倒れる。


『『ッ!』』


 その異変に素早く気づき、別の兵士が銃口を向けるも直後に喉を貫かれ、口から血を溢れさせながら沈んでいく。


『接敵ッ! 敵はステルス――』


 最後に残った兵士はその言葉を最後に首を斬り裂かれ、他の二人と同様、床に沈んだ。



 未だ耳鳴りが残る耳を押さえながら、レイは先程投げられた手榴弾の残骸を拾う。


(一時的どころか、鼓膜を破る威力だな……ちっ、たった三年でこれだ)


 恐らく、今や標準的な装備になりつつある射撃音等を抑制するイヤーマフを前提に、開発された新型の音響手榴弾だろう。兵器の進化スピードの早さにレイは内心舌打ちする。


 それに、光学迷彩を施していたにも関わらず侵入が露見した。防犯カメラからではない。周囲を見てもそれらしき物は見当たらないが、動体感知か振動感知、もしくは重量感知などの警報機がどこかに設置されていると思われる。


(こっちが当たりなのはいいが、ハインドで強襲した奴等より練度が上だ。魔力の節約はできそうにないな……)


「はあ……」


 僅かな攻防で敵の戦力を上方修正したレイは、ため息をつきながら魔法の鞄を開いた。


 異世界で過ごした十年の間に手に入れた新装備。先程、使用した魔金製の短剣を含め、地球にない物質はなるべく使用しないことにしていたレイだったが、そうも言ってられないほど、現代兵器が進化していた。


「不本意だが仕方ない」


 そう言いながらレイは装備を身に付け、残りのヘリを処理してからビル内部へ足を進めた。

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