第29話 ジラント①

「あーあーあー、派手にやったねぇ~」


 あるホテルの一室。榊原剛正さかきばらごうせいは、部屋のテレビを見て楽しそうに笑っていた。


 テレビでは新宿歌舞伎町の様子、瓦礫と化した建物、墜落したヘリの残骸、パトカーや消防車、警察官や消防士が行き交い、見物にきた野次馬と共に大混乱の様子が映し出されている。


「てっきり、ロバートが動くと思ったけど、それより先にヴィクトルが動くとは思わなかった」


「『ギドゥラ』の系列店に渡辺大輔が現れました。あそこには召喚事件の生存者が勤務してたはずですから、対応も早かったようです」


 スーツを着た秘書らしき女が淡々と報告を上げる。


「生存者? あー、アレか……それより、渡辺大輔、今までどこにいたんだろうね」


「付近の防犯カメラを調べましたが、追跡できませんでした。突然現れたといってもいいぐらい、経路が不明です。現在の足どりもつかめていません」


「彼の家の様子は? 変化なし?」


「それに関していくつか報告が……」


「?」


「監視対象四人の家族に、正体不明の監視がついてます」


「正体不明?」


「はい。日本人ではないようですが、素性が分かりません」


「どういうこと? 当然、調査したんでしょ?」


「相手は監視カメラやこちらの視線にかなり敏感でして、まともな顔写真が得られてません。相当に高度な訓練を受けた人間かと」


「……捕らえて尋問してみる?」


「それが、既に『エクス・スピア』の傭兵が接触してまして……」


「先を越されたか」


「いえ、接触した『エクス・スピア』全員が姿を消しました。恐らく始末されたかと……」


「マジ?」


 …

 ……

 ………


 渋谷駅前、建設途中の高層ビルの一室。


 そこには、大小様々な軍用コンテナ、野戦仕様のPC、モニターが数多く設置され、簡易的な作戦司令室と化していた。


 パソコンや機材の前には黒い戦闘服を着た兵士達が張り付いており、黙々と作業している。



『ふざけるな!』


 ロシア語で大声を上げ、激高するスキンヘッドの中年男。上等なスーツを着ているが、首や手の甲には厳つい入れ墨がびっしり入っている。


 中年男の名はアンドレイ・ボロノフ。ロシアン・マフィア『ギドゥラ』の日本支部を任されてる男だ。その背後にはいかにもマフィアといった風貌の部下十数人が、作業中の兵士達に訝し気な視線を送っている。


『お前ら、ここはトーキョーだぞ! あんな派手しやがって! これじゃあ、商売どころか日本の警察に潰される!』


 アンドレイは部屋にあるテレビの画面を指差し、パソコンに向かう兵士達に指示を出している長身のに詰め寄った。


『商売? ひょっとしてアンタ達がやってる薬と売春のことぉ? あんなカスみたいなアガリで随分偉そうねー』


 男の発する女言葉とナヨっとした所作がアンドレイを更に苛つかせる。


『カスだとぉ? てめえ、誰に向かって……』


 アンドレイは怒りで顔を真っ赤にし、スキンヘッドの頭に血管が浮き出ていた。男社会において、同性愛者や女装趣味は蔑みの対象だ。マフィアという裏の世界では更に厳しく、そういった人種に人権は無い。


 アンドレイの部下達もオカマやゲイに命令されて素直に従う気にはなれず、アンドレイと同様、男を睨んで不服そうな態度を隠そうともしなかった。


 しかし、男の周囲にいる『ギドゥラ』の精鋭を前に、それ以上は何もできない。


 黒い戦闘服着た完全武装の兵士達。元特殊部隊スペツナヅの人間だけで構成された『ギドゥラ』の最強部隊『ジラント』だ。同じ組織であっても、街の不良から成りあがった彼等とは根本から違う。暴力では決して勝てない相手だ。


『警察ぅ~? まともに銃を撃ったこともない連中が何なの?』


『日本の警察にも特殊部隊はあるんだぞ? 甘く見てると――』


 ゴリッ


 突然、アンドレイの頭に真上から拳銃が押し付けられる。ネクタイを引っ張り、銃口をグリグリ捻じりながら男が言う。


『未だにMP5なんて骨とう品を使ってる部隊がなんだって? それとも、自衛隊の特殊部隊が出て来るとでも? 手かせ足かせハメられた連中が出て来れるわけないでしょ? おいハゲ、お前何年日本にいんのよ? ここにちゃーんと脳ミソ入ってますか~?』


『くっ、この野郎……』


 銃口を押し付けられながら、何も言い返せないアンドレイ。銃に臆したからではなく、男の言ってることが正しいからだ。日本において、銃火器を使用した犯罪は発生自体が少ない。稀に猟銃を使った事件は起こるが、ほぼ単独犯な上、装弾数が極端に制限された猟銃では銃撃戦など起こらない。


 故に、現代の銃火器、軍用装備に対処する為の予算が警察の部隊につくはずもなく、既に旧式と化した武装のまま装備は更新されていない。どんなに厳しい訓練をしていたとしても、技術や根性では最新の軍用兵器との差は埋められない。ジラントと戦った場合、日本の警察など一方的に蹂躙されるだろう。


 また、時代遅れの法律に縦割り行政、決断力のないトップに、臨機応変な判断、迅速で正しい命令は下せない。特に、この国は自衛隊に関して繊細な問題を抱えている。自衛隊は極力動かそうとはせず、最後の最後、最悪の事態になって初めて出動要請が出されるだろう。しかし、その頃には、事は全て終わっている。


(こいつ……)


 ただドンパチやるだけの戦争屋と思っていたが、相手の情報を既に把握している。しかし、だからこそアンドレイにはある疑問が浮かんだ。


(なんでこんな重装備が必要なんだ? 自分で言ったとおり、日本の警察や自衛隊には過剰な装備だ。相手は誰だ? そもそもなんで『ジラント』が日本に来る?)



『だが、アタシの部下が六人死んだ……六人よ? ……クソがッ』



 アンドレイに押し付けた銃口に力が入る。


(そうだ、こんな奴等を殺した奴がトーキョーにいる……一体どこの連中だ? アメリカの特殊部隊? CIA? 何がどうなってんだ……?)


『オメーら役立たずのチンピラは黙ってアタシの言うこと聞いてりゃいいのよ。わーかったぁ~?』


売女ばいたが……調子に乗りやがって』


『あ?』


『ボスにケツ穴でも差し出したか? それともアレを舐め舐めして気に入られたのかは知らねーが、どうせ撃てやしねぇ。組織の幹部である俺を殺せばどうなるか、ファミリーの掟が――』


 ドンッ


 アンドレイは頭を撃ち抜かれ、脳ミソをぶちまけてその場に崩れ落ちた。


『『『――ッ!』』』


『幹部? ここにいる幹部はこのアタシ、ニコル・トレチャコフ少佐ただ一人なんだけど?』


『『『……』』』


 ニコルの暴挙に困惑するアンドレイの部下達。組織において幹部殺しは大罪だ。組織の掟を破れば本人は勿論、家族も一生組織に追われる。待ち受けるのは見せしめの拷問死だ。


 しかし、目の前のニコルはそんなことは全く気にしていない。


『おい、そこのカス共、何か文句ある?』


 いつの間にか、パソコンを操作していた兵士達がアンドレイの部下達に銃口を向けていた。脅しではない。皆、機械のように無表情でニコルの命令を待っている。逆らえばアンドレイと同じように殺されるだろう。


『あ、ありません……あなたの命令に従います』


『よろしい。なら、このゴミ片付けときなさい』


『『『……りょ、了解です』』』


 …


『さて、状況は?』


『警視庁のデータベースにアクセス完了』

『都内各所の防犯カメラとシステムリンク。渡辺大輔ターゲットが現れた店を中心に半径10キロ、24時間以内の映像を照合中』


 兵士達がキーボードを忙しく叩き、複数のモニターに都内の映像が次々映し出されていく。


『与えられた仕事はちゃんとやってたみたいねぇ~』


 そう言って、ニコル少佐はアンドレイの死体を片付けている男達を見る。


 サイバーセキュリティが遅れている日本でも、政府や警察の機密データを外からのハッキングでアクセスすることは物理的に不可能だ。


 しかし、内部からならシステムに直接干渉することは可能である。どんなに高度なセキュリティを構築しても、管理運営する人間自体が穴になる。


 金や女、薬物で関係各所内部の人間にスパイを作り、組織の意のままに操る。マフィアの常套手段であり、アンドレイ達『ギドゥラ』日本支部が組織に課せられた仕事の一つだ。


 他国に比べ、エンジニアの待遇が悪い日本では、金で内部の技術担当者を懐柔するのはそう難しいことではない。不正アクセスは殺人に比べ罪悪感が希薄であり、犯行の露見も犯人の特定も難しい。会社の待遇に不満を持ち、目の前に大金を積まれて絶対に捕まらないと唆されれば、堕ちる人間は少なくなかった。


 そうして獲得した警察内部のスパイを使い、『ギドゥラ』は機密情報にアクセスしていた。


『キャバクラ店にあったPCの位置は?』


『最後に確認された地点から信号ロスト。現在位置不明です』


『なら、目標の交友関係、家族のファイルを画面にアップして』


 ニコルの目の前のモニターに大輔の個人情報が羅列され、家族の詳細と顔写真が映し出される。


『ふむ……アンタ達、この家に行ってワタナベの家族を攫って来なさい』


 死体を片付けてるアンドレイの部下達に向かってニコルが言う。


『え? いや、でも外には警察がうじゃうじゃいますよ? 今派手な行動は――』


 ドンッ


 ニコルは無言で拳銃の引金を引き、口答えした男の額を撃ち抜いた。


『行け』


『『『はいッ!』』』



『ワタナベダイスケ……部下の落とし前はつけさせてもらうわよ』



『少佐、これを見て下さい。鑑識が撮ったと思われる画像です』


 警視庁のデータにアクセスしていた兵士がモニターをニコルに向ける。


『何これ? 補助フレームが入った強化スーツの上から首を折られてる……? こっちは刺し傷……ネオケブラー繊維を貫いた? あり得ないわ』


 ニコルは顎に手をやり、しばし考え込む。自分の知る限り、強化スーツに使用された新素材を突き破れる刃物に心当たりが無い。とすれば、考えられるのは……


『能力……ね』



 ビー ビー ビー


『振動探知機に反応! 侵入者ですッ!』


 ビルの監視システム担当の兵士からニコルに報告が上がる。


『場所は?』


『屋上です』


 渋谷駅前で建設中のこのビルは、周囲にここより高い建物は無い。隣接する建物から壁を登ったなら、ビルの壁面に設置された警報機に引っ掛かる。考えられる侵入手段は高高度からのパラシュート降下だ。


『付近に飛行中の航空機は?』


『先の我々の襲撃で、一帯に飛行禁止命令が出てます。付近の米軍基地を含め、航空機が離陸した様子はありません』


 レーダー担当の兵士が報告する。


『ステルス機? ……いや、違うわね』


 そう呟き、直後にニヤリと笑みを浮かべたニコル。


『向こうから来たか。随分舐めくれるじゃないの、ワタナベ!』

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