第28話 事務屋の独り言

 ふー 何て綺麗なネエちゃんなんだ……


 本物の金髪、本物の青い眼。整った顔面に完璧なボンとキュっとしてボンなボディ。そこらのカラコンビッチとも、エセ金髪外人とも全然違う……ザ・本物だ


 おまけに流暢な日本語。金髪巨乳の白人女はオツムが弱いなんて誰が言ったんだ? 全然、知的じゃないか。やはり、リアルを知らないネット民のカキコミは信じてはいけない


 是非ともお近づきに……


 いや駄目だ


 危険な匂いがプンプンする。男、丸川誠治、五十二歳。歌舞伎町で生まれ育った俺の勘が言っている……


 目の前の金髪美女はベリーデンジャラス


 関われば、きっと碌な目に合わない


 見るだけ。そう、見るだけにしておこう


 

 ……ふぅ。たまらん



「あの、丸川さん……でいいんですよね?」


「なんだい、兄ちゃん」


「その……聞こえてると思うんですけど」


「何がだい?」


 丸川はニコニコしながらジャネットから視線を逸らさず、大輔の言葉は右から左に流れていた。


「……いえ、なんでもないです」


 ジー


 心の声が駄々洩れの丸川に、ジャネットはコーヒーを飲みながら冷ややかな視線を送っている。


 西新宿の高層ビルの最上階フロア。『ソディアック・デルタZOD』社の応接室に通された丸川と大輔。そして、椅子に縛り付けられた猫耳女。部屋の四隅にはスーツを着た屈強な男達が立っており、監視とも護衛とも取れる配置についていた。


「で? あなた達は彼とどんな関係で、アレは何?」


 ソファに座るジャネットが対面にいる丸川と大輔を見て、最後に猫耳女を見る。


「か、関係? そう言われてもどう説明したらいいか……」


 ジャネットの質問に大輔は悩む。今までレイとどんな関係なのかなど考えたことも無かった。だが、正直に答えられるはずがない。異世界で知り合ったなど話しても信じて貰えないだろう。


 それに、大輔はジャネットとレイの関係をよく知らない。レイのジャネットに対する口調から敵対関係ではなさそうだが……。


「お、俺はさっき会ったばかりでして、あの兄ちゃんのことはなんも知らないっつーか、関係無いっつーか、でも、貴方のことはもっと知りた――」


「なら、口を閉じてて」


 ジャネットはピシャリと丸川の言葉を遮ると、次に大輔を見る。


「そっちの坊やは? 何か言いたそうだけど」


「……えーと、あの、レイさんはその……友達のお父さんというか……」


「は?」


 ジャネットの手からコーヒーカップが滑り落ちた。


 パリンッ


 カップが割れ、床にコーヒーがぶちまけられる。


「オ、オト、オト、オトウサン? あれ? おかしいわね。日本語はちゃんと勉強したのに……知らない単語だわ。それとも聞き間違えかしら?」


「あの、ファーザーって意味ですけど。レイさんは僕の同級生のお父さんです」


「ど、同……」


 ジャネットの顔から表情が消える。


「たは~! 何言ってんだ、兄ちゃん? あのヤバそうな兄ちゃんが子持ち? まあ、イケイケだし、そこらのビッチ、ニ、三人は孕ませてそーだけど、兄ちゃんと同じくらいの子供がいるってのは無理があるでしょ~」


「シャラップ! オメーは黙ってろ! ヘイ、ユー! ダイスケって言ったわね? もっと詳しく!」


「え? あ、いや、でも、あんまり詳しく言うのも怒られるかもしれないし……」


「もう遅いわよ! タカシに子供がいたの? いつよ? 一体どこの誰と!」


 ジャネットは身を乗り出し、大輔の胸倉を掴んで詰め寄った。


「く、くるし……」


 ジャネットの綺麗な顔がすぐ間近に迫り、照れと息苦しさがごちゃ混ぜになり戸惑う大輔。


「うらやましいぜ、兄ちゃん」


「誰か、そこのオッサンつまみ出せ!」


 …

 ……

 ………


 同時刻。新宿歌舞伎町。


「(山崎さん、アレ、軍用ヘリですよ?)」


 墜落したヘリの残骸を見て、広永は隣にいる山崎に小声で囁いた。


 本庁から緊急で呼び出され、応援に駆り出された山崎と広永。遠目に見える屋根が吹き飛んだ建物と墜落したヘリの残骸。都心で起こった大事件に、都内の警察官が総動員されていた。二人はあくまでも応援であり、建物とヘリの検証は別の捜査員が担当していて、二人は遠目から見ているだけだ。


「あー?」


「(だから、あのヘリコプターですよ! ハインドですよハインド!)」


「はいんど? 何言ってんだお前」


 新宿の線路沿いにあった建物が爆発炎上し、西武新宿線は完全にストップ。ヘリコプターが落ちた、銃声が聞こえるという通報が未だ収まらず、拡散されたSNSを見た野次馬が押し寄せている。


 集まる野次馬を規制し、消防や警察がなんとか現場に入れたものの、消火活動が終わった現場を見て、現場の人間は困惑していた。ヘリの残骸には素人でも機関砲やロケットポッドと分かる兵器が搭載されており、建物からは見慣れぬ装備を着けた死体と銃器が発見され、空薬莢が散乱していたのだ。


「知らないんですか? 旧ソ連の強襲ヘリコプターですよ? モデルまではちょっと分からないですけど、あの特徴的なシルエットは間違いないですよ」


「知らん。旧ソ連? 何でそんな古いもんがここにあるんだ?」


「半世紀前の兵器でも、今製造されてるのは全然現役ですよ? ハインドっていっても、近代化したり、現地改修されてるものが色んな国に配備されてんですから。そんなことより、日本にあるのがヤバイですよ」


「そりゃ、ヘリが東京のど真ん中に落っこちてんだ。大事に決まってんだろ」


「いやいや、それはそうですけど、日本に東側の軍事兵器が持ち込まれてるんですよ? いくらなんでもテロ組織が攻撃ヘリを使うわけないし、出所によっては戦争行為ですよ」


「東京のど真ん中で戦争おっぱじめようってか? ふざけやがって」


「でも、建物にあった遺体が三つと、ヘリの操縦席にいた二つだけって、こう言っちゃなんですけど、少なくないですか?」


「……お前中々鋭いな。確かにそうだ。こんなモン持ち出して、銃撃戦までやらかした割には、あのヘンチクリンな格好の仏とヘリのパイロットだけってのは……あいつら誰とやりあってたんだ?」


「ヘ、へんちくりん? ……あれも軍用ですかね? 見たことないですけど、対爆スーツに似てません? まさか、噂の強化外骨格だったりして。やばっ」


「知るか」


「もっと、近くに行けないですかねー……」


「お前なぁ……」



「それにしても、六本木のクラブ大量殺人といい、派手な事件が続きますね」


「六本木では銃器は使用されてない。まだこっちの詳細は分からんが、関連性は無いように見えるな」


「見える?」


「どっちの事件も普通じゃない。俺の経験上、こういった普通じゃないことが立て続けに起きるのは十中八九、何かしら関連がある」


「関連ですか? 六本木では被害者は学生。こっちは軍事兵器まで使って被害者らしき人間は、それを使用したと思われる人間だけですよ?」


「それを調べるのが刑事の仕事だろーが」


「確かにそうですね」


「こっちはこっちで捜査するんだ。俺達は俺達の仕事に集中だ」


「了解です。……しかしこれ、いつ帰れるんですかね~」


 広永の軽口を他所に、山崎は瓦礫と化した建物をジッと見ていた。


(丸川古書店……誠治の野郎、一体、何仕出かしやがった?)

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