第27話 丸川

 ああ……俺の店が……あんなに燃えて……


 あっ! 消防の野郎、あんなに放水したら……PCもデータも全部ダメに……いや、とっくにダメか……


 あーーーなんでこんなことに……


 若い兄ちゃんがパソコンを持ち込んできたと思ったら、ボコられた女やら人の生首やら、めちゃヤベェ奴が来た。


 店は爆発するし、ロボみてぇなゴツイ連中がデカイ銃をぶっ放してくるし……


 あれ? なんで俺生きてんだ?


 夢? あーそうか、これ夢かーーー


 あははははは……


「丸川、さっきからブツブツうるせーぞ」


「はいっ!」


 レイに一喝され、丸川古書店の店主、丸川誠治まるかわせいじは現実に引き戻された。


 ここは西新宿の高層ビルの屋上。レイは現場から即座に空間転移魔法を使用し、この場所に飛んでいた。レイの転移魔法は、実際に訪れ、魔法陣のマーキングを施した場所にしか転移できず、また、距離に比例して再生魔法以上の膨大な魔力を消費する為、乱発も出来ない。


 一度、道場に戻ることも考えるも、丸川を放置していくわけにもいかず、都内で他にもまだやることがあった為、身近な場所に転移することにしたのだ。ここはZOD社の事務所が入ったビルで、都合も良かった。


 …


 一方の丸川は、遠くに見える自分の店だったモノを見ながら、一連の出来事の整理が未だついていない。


 しがない裏の事務屋。パソコンを使って客が求める情報を探し、それを売るだけの商売。情報屋ではない。あくまでも客の知りたい情報を調べるだけだ。今まで大なり小なりトラブルはあったが、暴力沙汰には滅多に発展しない。重武装の兵隊に襲撃されるなど初めてのことだった。


「あの……大丈夫ですか?」


「ああ、兄ちゃんか。一体どうなってんだよ……」


「僕もよく分かってないです」


 そう言いながら、大輔は自分の手を見る。戦槌で人を殴り殺した感触が未だ残っていた。人殺しは初めてではないものの、街中に鳴り響くサイレンが罪悪感と不安を煽ってくる。


「すげえ数だ。あんなに警察と消防が集まるなんて初めてだよ」


 丸川の眼下には、新宿のあらゆる道路にパトカーと消防車、警察官と消防隊員が続々と集まっており、街を埋め尽くしていた。


 …

 ……

 ………


「ちょっと! あれは一体何の騒ぎ?」


 そこへパンツスーツの金髪美女が、護衛二人を連れてレイの元に歩いてきた。護衛はジャネットと同じくスーツに身を包んではいるが、元軍人らしく、大柄で筋肉質な身体をしている。その手には消音器付きのシグ・ザウエル社製自動拳銃、短銃身モデルのM18を握り、レイ達に銃口を向けている。


「早かったな、ジャネット」


 ジャネットは護衛に向けて手を上げ、撃つなと制する。


「早かったな、じゃないわよ! 監視カメラにいきなり現れたら飛んで来るわよ。私が下にいなかったら、あなた撃ち殺されてたわよ?」


「いつからここはアメリカになったんだ? 不法侵入ごときで銃を使うな。『ギドゥラ』といい、どいつもこいつも……ここが日本っていうのを忘れてんのか?」


「『ギドゥラ』? まさか、あの騒ぎは……」


 レイは足元の布を剥がし、先程殺した兵士の死体をジャネットに晒した。


「強化スーツ!」


「ギドゥラの実行部隊の一人だ。さっき、ハインドで強襲された」


「……」


 ジャネットはハインドと聞き、唖然として口をパクパクさせる。


 Mi-24ハインド。旧ソ連が開発した攻撃能力と輸送能力の両方を備えた大型の強襲ヘリコプターだ。現在でもいくつもの派生機や改修機が様々な国々に配備されており、コクピット周りやエアインテークの独特な形状は、軍事に少しでも詳しい者なら、形式は分からなくとも、ハインド系のヘリだと判別できる。


「東京のど真ん中で空対地ミサイルまで使ったんだ。日本政府はおろか、米軍も黙ってないだろう。そもそも日本国内に東側の攻撃ヘリを入れたこと自体、防衛上の大問題だ。責任者の首がいくつ飛ぶか分からんな」


「ハインドどころか、対地ミサイルだけでも大事よ。それに、こんな非公開の強化スーツまで配備した兵を送り込むだなんて……ギドゥラは戦争でもはじめる気? 正気とは思えないわ」


「そうなっても知ったこっちゃないんだろう」


「?」


 転移門を開いて世界を滅ぼす気なら、国際問題など些細なことだ。日本政府や警察、自衛隊と敵対しても、目的を果たせば後のことなど気にする必要がない。持てる力を出し惜しみはしないだろう。


「ギドゥラの都内にある拠点が知りたい」


「私達は情報屋じゃないし、警察でもないのよ? 犯罪組織の詳細なんか押さえてるわけないでしょう?」


「俺が鈴木隆だってのを忘れてんのか? ギトゥラはマフィアといっても、世界中の紛争に介入してる傭兵組織だ。ZOD社はギドゥラの傭兵部隊と何度もやり合ってる。情報が無いはずないだろう。勿体ぶらずにさっさと言え」


「聞いてどうする気?」


「目障りな連中には消えてもらうだけだ」


「「……ぷっ」」


 ジャネットの護衛二人は、互いに顔を合わせ思わず噴き出した。目の前の若者は、見た目の年齢を含め、明らかに軍務に就いた経験がないように見える。ジャネットに上から目線でモノを言うからにはそれなりの立場があるのかもしれないが、外見と発言が全く釣り合っていないのだ。


「プッ クククッ」

「ハッハッハッ」


「やめなさい!」


 堪らず笑いだした二人をジャネットが慌てて叱る。


「いやだって、ジャネットさん。このボーイは、ギドゥラの拠点に乗り込むって言ってるんですよ? ジョークにも程がある。現実をきちんと教えてあげないと」

「オレガスズキタカシダッテノヲワスレテンノカ? とかw どこの坊ちゃんか知りませんが、ヒーローごっこはゲームの中だけでやってもらわないと」


「ヤメロって言ってんだろッ!」


 二人の失礼な発言に、ジャネットが慌てる。


「こいつら、日本語が出来るだけで雇ったのか? ここが日本だからって、採用基準を緩くしてると怪我するぞジャネット」


 ピクッ


 二人の護衛の目が座る。侮辱されて気分を害したのか、下ろしていた銃口が僅かに動いた。


「――ッ」


 次の瞬間、護衛一人の目の前にレイがいた。レイは接近した瞬間、右手で素早く護衛のM18を握り、同時に左手で護衛の手首を掴んだ。


 ゴキッ


「がああああああ」


 即座に手首を折ると同時に銃を奪い、ジャネットを盾にするようにしてもう一人に銃口を向ける。手首をあらぬ方向にへし折られた護衛は、手首を押さえながら地面に膝を着き、完全に戦意を喪失。もう一人の護衛は護衛対象のジャネットが邪魔して、銃を構えるも何もできなかった。


 レイは奪ってあったPL-15Kレベデフ・ピストルを左手で取り出し、ゆっくりとジャネットに向ける。


「これでジャネットは死んだ。護衛対象を守れなかった傭兵に次は無い。明日からは英会話スクールのバイトでも探せ」


「ぐっ、くっ……」


 レイの言葉に護衛は何も言い返せない。ジャネットの護衛として雇われていた男達は、たった今、信用を失ったのだ。護衛中に相手を挑発すること自体、あるまじき行為なのだが、依頼人を守れなかった人間に、護衛の仕事は二度と回って来ない。傭兵としてのランクは地に落ち、傭兵稼業を続けたとしても、そのような者には低報酬で危険な仕事しか選べない。


 銃器は勿論、刃物も厳しく規制され、世界でも有数の治安の良さを誇る日本で完全に油断していたのだろう。退屈して軽く揶揄ったつもりだったかもしれないが、相手が悪すぎた。


「はあ……」


 ジャネットは額に手を当て大きくため息をついた。鈴木隆という男は、自分を低く見積もられたままには絶対にしない。己の実力を不当に低く判断されることを嫌っていた。


 それを許せば、理不尽な契約を結ばされたり、無茶な作戦に派遣され、死に繋がることを身に染みて知っているからだ。鈴木は軍歴も無く、暗殺などの非合法作戦は実績として公に示せない。自分の実力への疑いはその場で払拭する必要があるのだ。


 つまり、侮れば実力を以って返される。



「警察が浮足立ってる間に片を付ける。さっさと教えろ」


 もう、何を言っても無駄だと諦め、ジャネットはスマホを取り出した。


「情報料は貰うわよ?」


「請求はチヨにしろ」


 レイはスマホを受け取り、データが表示された画面を一瞥すると、スマホをジャネットに投げ返してビルの端に歩き出した。


「ちょっ!」


「すぐ戻る」


 そう言って、レイはビルから飛び降りてしまった。


「「「え?」」」


 大輔以外の全員が慌てて駆け寄り下を覗くも、レイの姿はどこにもない。


「おいっ! あの兄ちゃん、飛び降りて消えちまったよ! やっぱ夢か?」

「信じられない……ってか、アンタ誰よ?」


「丸川です」


「誰?」

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