第26話 即応
「うう……まだフラフラする」
新宿歌舞伎町の街をレイと共に歩く大輔。
レイは大輔が倒した猫耳女『糸井かず子』を縛り上げ、魔封の手錠と光学迷彩を掛けて担いでいる。些か不自然な体勢ではあるが、この街で行き交う人々は誰も気に留めない。
「フェロモンで敵を誘惑する魔物は珍しくない。闇属性の精神攻撃と違って効果は長続きしないし、毒性も高くない。回復薬で回復しないのは単純に酒の所為だ。アルコールに弱いなら次から飲むな」
「すいません……お酒は初めて飲んだので」
「……?」
異世界で『エクリプス』が酒に酔った冒険者に絡まれたことは一度や二度ではない。中には理不尽な暴力やセクハラを働く連中も多く、大輔も『エクリプス』の面々もウンザリしていた。なので、酒場にはなるべく近づかないようにしていたのだが、大輔は日本に帰って来て大学に入ってからも酒を飲みたいとは思わなかった。
「まあいい。だが、自分の体質や限界は把握しておくことだ」
「……はい」
…
「これからどこへ行くんですか?」
「敵の対応が早過ぎる。俺達の動きがバレてる原因を確認する」
「え?」
「考えられる原因は二つ。リストを調べさせてる人間が裏切ったか――」
レイは振り返り、大輔の顔を見る。
「な、なんですか?」
「俺が思ってたより、こっちの世界が進んでるってことだ」
「?」
…
歌舞伎町を新大久保方面に向かい、レイは西武新宿線沿いにある一軒の古書店に入っていく。
「もう店じまいだよ」
昭和感漂う古い店にお似合いの、くたびれた中年男が面倒臭そうに応対する。
「本の注文をしたい」
「うちは古本屋だ。注文なんか受けてないよ」
「特別な本だ」
「……紹介は? 一見はお断りだよ」
「鈴木隆」
「ッ! ……わ、悪いけど、死んだ人間の名前を出されても困るよ」
レイの生前の名を聞いた途端に顔色が悪くなる中年男。
「そうか。なら、鈴木には断られたと言っておく」
「待てっ! ま、まさか……生きてるのか?」
「さあな」
「わ、わかった! 受ける! 注文を受けるから!」
裏の世界では死んだとされる人間が実は生きていたというのは珍しくない。特に、レイのように死体処理をプロに依頼した場合は、本当に死んだか他の人間には知りようがなく、噂レベルを鵜呑みにして不義理を働けば、万一、死んでなかった場合にどんな報復を受けるか分からない。
レイは先程回収したノートパソコンやハードディスクを取り出し、店のカウンターに置く。
「注文はこいつの中身だ」
「いつまでに?」
「今すぐ」
中年男はパソコンを開いて画面を見て首を横に振った。
「あー 顔認証か……こりゃ、すぐには無理だよ」
レイは担いでいた猫耳女の光学迷彩を解くと、頭を掴んで画面の前に持っていく。
「ひえっ!」
「ちっ、こいつじゃダメか。この女、下っ端か? ちょっと待ってろ」
「「え?」」
中年男と大輔を置いて、レイは店を出て行ってしまった。
…
……
………
十分後。
ドンッ
戻ってきたレイが黒服の生首をパソコンの前に置く。
「「ひゃああああッ!」」
「よし、開けたな」
「か、勘弁してくれ! 俺はただの事務屋だ! 荒事に巻き込まんでくれ!」
「いいから早くしろ」
「うっ!」
中年男はレイの圧力に慌ててパソコンに手を伸ばした。裏社会の人間に言葉は無意味だ。全ては行動でしか解決できない。
…
「なんだこりゃ?」
パソコンをイジっていた中年男は驚いた表情でブツブツ呟きはじめた。
「防犯カメラの映像からすぐに個人情報がでてきた? ……公的機関でもかなりの上位権限が必要だぞ……」
中年男が大輔の顔を見る。
「これ、兄ちゃんだよな?」
そう言って、パソコンを回し、画面を見せてくる。そこにはエレベータ―内の映像と、大輔の顔にいくつものマーカー、その横の欄には大輔の個人情報がずらりと並び、生死問わず処分せよとのあからさまな命令文まであった。
「何……これ?」
「画像データから即座に個人が特定されるとは、随分進んだもんだ」
「アンタ、何言ってんだ? 今の御時世、金と知識があれば誰でもシステムだけは構築できるよ。ヤバいのは情報の内容と速度だよ」
「情報?」
「見て見なよ、兄ちゃんの名前から生年月日、住所、電話番号にメアド。ここまでは集めるのは簡単だ。でも、役所や学校の記録、家族の勤務先の詳細や銀行情報、クレジットや医療記録まで載ってる。この類のデータは普通はネット回線に繋がってないから外部の人間がアクセスするのも情報を抜くのも物理的に無理なんだよ」
丸裸になってる自分の情報を見て青褪める大輔。自分はともかく、家族の情報に不安が広がる。
「それも画像の日付はついさっきだ。個人情報のデータベースにオンラインで繋げてマッチングしてる。仮に何らかの手段でサーバーにアクセスできたとしても、こんな脆弱な端末で見れるようにするなんて、捕まえてくれって言ってるようなもんだよ」
「ということは、『ギドゥラ』は政府と繋がってるな……もしくは相当手広くスパイを潜らせてる」
「は? アンタ、これ、まさか『ギドゥラ』のパソコンか? なんてもん持ち込んでくれてんだ!」
「……ギドゥラ?」
「ロシアン・マフィアだ。まあ、マフィアといっても、軍隊に近いがな」
「何のん気なこと言ってんだよ! アンタ、奴等がどんだけヤバイ連中か知らないのか? 殺されるだけじゃ済まないぞ!」
「ただの戦争屋だ。なんでもドンパチで解決しようとする連中が、日本の水商売にも手を出してるとは思わなかったがな」
「何がただの戦争屋だよ! 連中は人種に関係無くそこら中にいるんだぞ? 構成員に手を出したらただじゃ済まな――」
あっ、と気づいたように中年男は黒服の生首と、猫耳女を見る。
「ま、ま、ま、まさか……」
「こいつ等は構成員じゃない。手首の入れ墨は奴隷の証。ただの下っ端だ」
「手ぇー出してんじゃんか! やめてくれよ! 俺は関係無いんだ! 死にたくないよ!」
「人間いつかは死ぬ」
「今じゃなくていいでしょーよッ! それに、マフィアに拷問されて死ぬなんて、そんな死に方ゴメンだよ! 終わったぁぁあああーーー!」
悲鳴を上げて、頭を抱えしゃがみ込んでしまった中年男。
「お前ら……ただじゃ済まないにゃ……」
意識が戻った猫耳女が不敵な笑みを浮かべてレイを見る。
「そこのガキの家族は今頃組織に襲われてるにゃ! 助けたかったら今すぐウチを解放……ぎゃあああああ!」
レイが猫耳女の膝を踏み砕く。
「少し黙ってろ」
レイは踏みつけると同時に、耳を澄ませるように天井に視線を移した。
かすかにヘリの音が聞こえた気がしたからだ。
(新宿上空にヘリ? それも二機……)
「あっ!」
中年男は何かに気づいたように慌ててパソコンを見る。
「
「即応部隊?」
「組織の端末にハッキングした奴を追跡して排除する連中のことだよ!」
「きひっ お、終わりだよ……お前ら」
どんどんヘリの音が近づき、店にいる全員がその存在を認識する。
「うそだろ? 日本だよここ? まさか本当に来るとか……」
「大輔、能力を使え。ヘリは俺がやる」
「はい?」
「敵が来る」
(いくらなんでも早過ぎる。都内に基地でも持ってんのか?)
「「?」」
パシューーー
次の瞬間、古書店にミサイルが撃ち込まれ、屋根が爆発、吹き飛んだ。
…
『降下しろ。三分で撤収する』
ヘリのパイロットの無線が、機内で待機中の兵士のヘッドセットに入る。
屋根が吹き飛び、炎上しはじめた古書店。その直上でホバリングしたヘリから重武装の兵士四人がロープも使わずに飛び降りていく。
ズドンッ
全身鎧のような強化スーツを身に纏った兵士達。瓦礫が散乱する店内に音を立てて着地し、近代化されたPKM軽機関銃を構え周囲を索敵していく。
『PC、死体を確認し処分しろ』
『『『了解』』』
兵士達は暗視ゴーグル越しに、本が散らばった瓦礫の中で不自然な程整然とした空間を発見。呆然としていた二人の人間を見つける。
『……? 生存者二名を確認。処理する』
ドドドドドド
中年男と猫耳女を見つけた兵士は、生きてる二人に疑問を覚えるも、手にした機関銃の引金を躊躇なく引いた。しかし、弾丸は見えない壁に阻まれ、二人には到達しない。
『?』
「うわああああああーーー!」
兵士の横から大輔が雄叫びを上げて飛び出してきた。重装鎧を身に纏い、がむしゃらに突っ込んでいく。
ドドドドドド
チュイン チュイン チュイン
『――ッ』
大輔の鎧はPKM軽機関銃の7.62×54mmR弾をものともしない。弾をはじきながら兵士に迫った大輔は、手を伸ばして銃撃中の銃身を掴み上げる。
グニャリ
大輔は一瞬で銃身をくの字に折り曲げ、鎧と同じく能力で生み出した戦槌を兵士の肩目掛けて思い切り振り下ろした。
『あぎょ』
強化スーツごと兵士の半身が潰れ、言葉にならない悲鳴が漏れる。
『撃て撃て撃て!』
一連の出来事に唖然とするも一瞬、他の兵士達が大輔に向けて一斉に銃撃を放った。
…
……
………
――『落雷』――
晴天の夜空に眩い光が走る。
真っ黒に塗装された軍用ヘリのローターに落雷が直撃する。
突然の衝撃にパイロットは慌てて操縦桿に力を込めるも、機体は制御を失い回転しながら落下していく。
『うぐっ、くっ――』
機体の回転に伴う激しいGでパイロットが何もできないままヘリは地面に激突。悲鳴を上げる間も無く、爆発炎上した。
(逃げたか……)
レイは上空を見ながら、高度を上げ離脱していくもう一機のヘリを見送る。撃墜するのは可能だったが、先程のヘリと違い、位置的にどう攻撃しても、街行く人々に被害が出ると予想した為、攻撃はしなかった。
逃げたヘリを追うことも考えたが、古書店では未だ軽機の銃撃音が鳴り響いており、追うのは諦めた。
「ちっ」
…
グルンッ
大輔を銃撃していた兵士の首が突然、真後ろに回転する。
『なにッ?!』
横にいた仲間の兵士の首がいきなり捻じられ、別の兵士が慌てて銃口を向ける。しかし、視界には無残に首が折れ曲がった仲間の姿しかない。
『クソッタレ!』
ゴーグルとヘルメットを脱ぎ捨て、銃口をあちこちに向けて必死に犯人を捜す。
ズッ
『ごふっ』
兵士の背後から、強化スーツの継ぎ目に黄金の短剣が刺し入れられる。
『ああああああーーー!』
瞬く間に三人が殺され、一人残った兵士は狂ったように銃を四方に乱射する。
――新宮流『流水演舞』――
『がああああーーー』
銃撃虚しく、最後の兵士は手足の腱を斬られ、床に転がされた。
「捕虜は二人もいらないな」
レイは倒れた兵士と猫耳女を見比べる。
ゴクリッ
組織の制圧部隊があっさり殺されたのを目にした猫耳女はゆっくり息を呑む。目の前の兵士か自分、そのどちらかが殺される……。
『
「日本語で喋れ」
パシュ パシュ
レイは奪っておいた拳銃を素早く二連射し、兵士の両目をゴーグル越しに撃ち抜くと、猫耳女に近づき耳打ちする。
「別にお前も必要じゃないがな。素直に話すなら生かしておいてやる」
「あうっ」
情報なら猫耳女より実行部隊の兵士の方がいいかもしれないが、日本政府とどの程度関係があるかを確かめる必要もあり、魔力を扱えることもあって女を残しただけだ。
相手がロシアン・マフィアの『ギドゥラ』と分かった以上、女の情報が絶対に必要というわけではない。
「うう……」
「おい、大輔。いつまで丸くなってる? 十字砲火ぐらいでビビるな」
「そんなぁ……」
パトカーや消防のサイレンがすぐ近くまで迫ってきた。
「しかし、東京のど真ん中にヘリを飛ばして爆撃。フル装備の兵士共で襲ってくるとは。ここをどこだと思ってんだ……」
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