第25話 夜の店
チョロチョロチョロ……
気を失って倒れている門下生の顔に黄色い液体が注がれる。
「あんた、何してんの?」
片足を上げ、門下生の顔に小便をかける大五郎を蔑んだ目で見る夏希。
ガウ?
「あの熊、レイさんがいなくなった途端に……」
「人の顔にオシッコするとか人間を舐めてるわね」
「見てアレ。『え? なんか悪い事してる?』って顔してない?」
「絶対、普段からあんな感じっぽいわね」
美紀と典子は大五郎を見て思う。屈強な外国人の門下生達に対して、大五郎は何とも思ってないどころか、完全に舐め腐っているようだ。
「いつものことでございます。お屋形様も若い頃は大五郎に……ゲフンッ! 失礼しました。それより、お食事の用意がございますので、皆様、どうぞ食堂にお越し下さい」
チヨがそう言って夏希達を案内する……前に、夏希を乗せたまま大五郎は足早に先に行ってしまった。
「あ! ちょっ! こら!」
((ヤベェなこの熊……))
…
……
………
一方の大輔。
風呂に入り、私服に着替えさせられた大輔は、レイの転移魔法で奥多摩から新宿まで一気に連れてこられ、現在、古い雑居ビルの前に立っていた。各階のいかがわしい看板を見る限り、普通の飲食店ではないことが大輔にも分かる。
「ど、ど、ど、どうしてこんなことに……?」
「何してる? 早く来い」
レイにそう言われ、大輔は慌ててレイの跡を追い、雑居ビルのエレベーターに乗った。
迷うことなく三階のボタンを押したレイは、静かに口を開く。
「手短に言うぞ。リストに載ってる人間がこの店にいる」
「リスト? あっ、魔力を持ってる人の……」
「名前は糸井かず子、二十四歳。店では『
「両方?」
「政府の監視下にいながら、敵とも繋がってるって意味だ。調べられたのは女の本名と年齢、勤務先だけだからな。それ以上は今から調べる」
「どうやってですか?」
「お前はその女と酒を飲みながら喋ってるだけでいい」
「え?」
「先輩に連れられて初めてキャバクラに来たって設定だ」
「設定も何もこういうお店は初めてなんですけど……」
「なら、丁度いい」
「そんな!」
そうこうしてる間に、エレベーターが開き、黒服がレイと大輔を迎える。人数と指名の有無を聞かれ、レイは『凛』を指名すると、すぐに席に通された。
薄暗い店内に煌びやかな内装。しかし、どれも安っぽく見えたのは、大輔が本物の王宮で過ごした経験があるからだろう。店内にいるドレスを着て髪を盛ったキャバクラ嬢達も、宝石や貴金属で着飾った貴族令嬢とは比べようも無い。
それに、身近にいる夏希という美女のおかげで、どんな女性も容姿で緊張することはない。しかし、見るのと話すのとでは別だ。このよう場所で、初めて会う女性と会話するなど大輔にとってはハードルが高過ぎた。
(喋るだけって、何を話せばいいの? ……やばい、何も思い浮かばない)
不安そうにしてる大輔を横目に、レイは視界に映る人間を片っ端から観察していた。夏希達、リストにあった人間には政府の監視がついている。女にも監視がいるなら、従業員の中に紛れてるはずだ。
「こんばんわ~」
「ご指名ありがとニャン!」
しばらく待たされた後、二人の女が席にやってきた。
一人はごく普通のキャバクラ嬢。クルクルに巻いた髪の毛を盛りに盛り、厚化粧の女。もう一人はヒョウ柄のドレスを着て、頭には猫耳を付けている。キャバクラには珍しい格好だ。
(ね、猫耳?)
「あれー? 初めましてかニャン?」
顧客の情報は全て頭にあるのか、レイと大輔を見るなり初めてと口にする猫耳女。一見の客など一々覚えない嬢が殆どだが、大抵は営業スマイルで覚えていなくとも覚えているフリをするものだ。
「ああ初めてだ。知り合いから面白い女がいるって聞いてな」
「フ~ン。まあでもありがとニャン!」
ちなみにレイは偽装魔法を掛けて自分の顔を誤魔化している。言うまでもなく、素の整った顔では面倒だからだ。
「こいつは、こういう店が初めてだから、宜しくしてやってくれ。俺はちょっと便所に行って来る」
そう言って、レイは猫耳女に大輔を紹介し、席を立ってしまった。
「あらあら~」
(ちょーーー! レイさぁーーーん!)
「ねえねえ、おにーさん、名前はー?」
「え? あ、あの……だ、大輔だけど……」
「ダイスケ君ねー 何飲むー?」
「え?」
「ウケるー さっきから、え? しか言ってニャーイ! はい、これメニューだニャン! ウチも頼んでいいかニャー?」
「あ、うん、どーぞ……(って、ん? ウーロン茶が千円? 高過ぎない?)」
メニューをチラリと見た大輔は値段を見て驚く。しかし、こうした店では普通の金額である。
(どうしよう……僕、一円もお金持ってないんだけど……)
…
レイが入ったトイレの前で待機する厚化粧のキャバクラ嬢。用を足した客にお手拭き用のおしぼりを渡すサービスの為だ。
その女の後ろから黒服が近づき、何やら耳元で囁いた後、
「……」
女は黙って銃を受け取り、トレイを黒服に渡すと、レイの入ったトイレの扉に向かって躊躇なく発砲した。
ポシュ ポシュ ポシュ
銃口の先に装着された消音器により、発射音が抑えられた銃声が鳴る。店内のBGMの音量で銃声はかき消され、フロアにいる人間には聞こえない。
女は銃を構えたまま無言で黒服に合図を送り、トイレの扉を開けさせる。
「いない!? なん……ごっ」
突然、女の顎が跳ね上がり、直後に頭がグルリと回転する。続いて、扉を開けた黒服の首も真後ろに捻じ切られた。
「やれやれ……しかし、何故分かった?」
光学迷彩を解除し姿を現したレイは、そう疑問に思いながら、フロアに出ようとしてふと足を止めた。
(丁度いい)
殺した女と黒服を静かに便所に放り込み、猫耳女と大輔に目を向ける。
(ここで死ぬようなら、それまでだな)
…
……
………
「はーい、飲んで飲んでー はい、食べるニャーン」
むぐっ
トイレでレイが銃撃されてるなど想像もしてない大輔は、猫耳女の言われるがままに、自分が注文したウーロン茶ではなく、ウイスキーをロックで飲まされ、頼んでもいないフルーツ盛り合わせを食べさせられていた。
もごっ
ふー ふー ふー
フルーツを強引に口に詰め込まれ、鼻の穴を大きく広げて必死に息を吸いこむ大輔。急激に酔いが回り、意識が朦朧としてくる。
(なんだ……この匂い……香水?)
そして、だんだん瞼が重くなり、視点が定まらなくなった。
「どーーおーー? おーいーしーいーー?」
何故か猫耳女の声が心地よく聞こえてくる。
「ンフフ~ おにーさんはウチが担当でラッキーだったね~」
「う……ん」
何故か素直に頷いてしまう大輔。
「さ~て、何から聞こうかな~」
そう言って、猫耳女はニヤニヤしながら距離を詰め、大輔の頬を撫でた。
「若い子って、いいニャ~ン」
猫耳女の舌が大輔の耳を舐める。
(……け……すけ…………大輔?)
大輔の脳裏に夏希の顔がフラッシュバックのように浮かぶ。
「な……つ……き……さ…ん?」
「ナツキ? 誰それ? つーかウチの魅力が効いてねーの?」
ニャン言葉を忘れ、不機嫌を露わにする猫耳女。
フラフラと大輔の手が前に伸び、テーブルの上にあったアイスピックを掴む。
グサッ
「うぐぅぅぅ」
「は? 何してんだテメー!」
突然、アイスピックで自分の太腿を突き刺した大輔に、猫耳女は慌てて席を立ち、大輔と距離を置いた。
「夏希さぁぁあああん!」
グサッ
夏希の名前を叫びながら、再度、太腿を突き刺し、意識を保とうとする大輔。さらにはテーブルの上の氷入れを頭からかぶり、浮気じゃありません、ごめんなさいなど支離滅裂なことを叫び出した。
「なんだコイツ? おい! 誰か……え?」
気づけば、周囲の客や従業員、他のキャバクラ嬢全員が意識を失い倒れていた。
「なんだ? どーなってんだおいっ!」
「にゃーにゃー言葉はどうした? 猫女」
「ッ!」
レイの言葉に振り向く猫耳女。
「幻覚の類と気づいて、自分を傷つけて覚醒しようとするとはな。頭が回るし根性もある。女を先に刺さなかったのは褒めるべきか、叱るべきか……というか、何叫んでんだ……」
「テメーッ!」
ポシュ ポシュ
レイは奪った拳銃を猫耳女の肩と足に撃ち込み、女をソファに沈める。
しかし……女の銃創がみるみる塞がっていく。
「超速再生……前の勇者と同じ能力か。それに、フェロモンを強化した体臭……肉体操作系だな。最近魔力を覚えたわけじゃなさそうだ」
「くそがっ!」
傷が塞がると同時にソファから飛び起き、女の爪がメキメキと鋭く伸びていく。
「ウチの魅力が何で効かねーんだよ!」
「お前の臭い体臭が何だって?」
ゾクッ
余裕たっぷりのレイに猫耳女は嫌な予感を覚え、視線を巡らし何をすべきか頭をフル回転させる。
ガシッ
「それ以上、近づくんじゃねー! このガキぶっ殺すぞ?」
猫耳女は大輔の襟首を掴んで引き寄せ、鋭い爪を大輔の首に突き付けた。
「はぁー……」
レイは大きなため息を吐き、つまらなさそうに後ろを向いた。
「大輔。その女はお前が処理しろ。ただし、殺すな」
「テメー、何言って――」
ガシッ
猫耳女の腕を大輔が掴む。
「りょ、了解……で す!」
――『重装鎧装着』――
――『身体強化』――
大輔は能力で全身に重装鎧を装着し、身体強化を施す。通常の強化と違い、大輔は『重騎士』の能力の恩恵で大幅に筋力が上昇する。
グシャッ
「ぎゃああああーーー!」
掴んだ猫耳女の腕を握り潰し、そのまま離さない。
「離せ離せ離せ離せ離せぇぇぇぇぇ!」
爪で引っ掻き、突き刺しても亀のように身体を縮こませた大輔の鎧には一分の隙間も無く、鎧表面にもかすり傷一つ付かない。
「うがぁあああああーーー!」
…
その間に、レイは店の奥に移動し、パソコンや防犯カメラのモニター類を調べはじめた。
レイと大輔が店に来てからの敵の動きが早過ぎる。レイがここに来ると決めたのは今日のことであり、裏新宮の人間はチヨさえレイが今どこにいるか知らない。
(となれば、考えられる原因は二つか……あまりグズグズしてはいられんな)
レイは、腰の魔法の鞄にパソコンと防犯カメラの記録データ、黒服達のスマホを片っ端から入れ、次にスタッフのロッカーを開けて、キャバクラ嬢の荷物を漁り、身分証と私用のスマホを全て回収した。
カラシニコフ社製、小型自動拳銃PL-15Kレベデフ・ピストル。レイは厚化粧の女から奪った拳銃を見て、眉を顰める。レイの記憶ではロシアの新型拳銃で、マカロフ・ピストルに代わる拳銃として軍や警察に正式採用されるかどうかと言われていた比較的新しい銃だ。
裏社会でも銃の需要が少ない日本において、このような新型が流入するのは珍しい。それも、銃身がネジ切りの延長タイプに交換され、消音器の取り付けが可能になっている。溶接して作成した跡も無く、メーカー品と思われた。日本で入手するのは簡単ではない代物だ。
レイは、思い立ったように殺した厚化粧の女と黒服の身体を調べる。
「ちっ、『ギドゥラ』か」
女と黒服、それぞれの手首にあった小さな入れ墨を見て、レイの眉間にしわが寄った。
…
……
………
「時間切れだ。行くぞ」
フロアに戻ったレイは大輔に声を掛ける。
「はあ はあ はあ……」
肩で息をする大輔の側には、両腕をぐちゃぐちゃにされた猫耳女が泡を吹いて気絶していた。
その気になれば、店全体を闇属性魔法の『強制睡眠』で眠らすことが出来たレイだったが、調査と同時に大輔が使えるかどうかの目的もあった。
「まあまあだな」
まだ意識が朦朧としていた大輔は、レイの口元が僅かに笑ってるのことには気づいていない。
(夏希さぁーーーん、ね……)
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