第22話 大五郎②

 同じ頃。裏道場の一室。


「宜しかったのですか?」


「何がだ?」


「大五郎です。夏希様達だけで行かせてしまって……」


大五郎アレ相手じゃ、ウチの者が何人いても無駄だ。異世界向こうに行って分かった。アレは魔獣だ」


「魔獣? ……でございますか?」


「比喩じゃなく本物のな。それもただの魔獣じゃない。俺やジジイとは別物だが、同じような特殊な力が使える。昔は不思議に思っていたが、今なら分かる。どちらかというとアレは魔獣というよりに近いがな」


「前々から普通の熊ではないと思っておりましたが、そのような特異な熊だとは……」


「一昔前に流行ったUMAやオカルトに出てくる化物や幽霊なんかは案外、魔力の強い個体なのかもしれない。少なくとも、大五郎は強い魔力を持つ魔獣で、それを操るすべもある特殊個体だ。ジジイにしか手に負えなかったのも頷ける」


「大五郎はお屋形様の言うことはよく聞いておりました」


「知能は高い。が、所詮は獣だ。自分より弱い者には媚びないが、遥かに強い者には服従か逃走の二択しかない。ジジイに対し、大五郎は前者を選んだ。幸い、今は敷地の外には出ないようだが、アレが今後どう行動するかは分からんな」


「尚更、夏希様達だけでは危険です。門下生と違い、大五郎が夏希様達に手加減するかは分かりません」


「道着を着てれば死にはしない。そうジジイに叩き込まれてるからな。まあ、そもそも探し出せるかの方が問題だ。失敗すれば俺が出張るしかないが、なるべくしたくない」


「?」


「俺がここに来てから大五郎は道場に寄り付かなくなったと言ったな? 恐らくそれは俺の所為だ」


「お屋形様の?」


「さっき言ったろ? 強者には服従か逃亡の二択だと。今の俺は生物学的にアレより上だからな。本能で逃げたんだろう。人間を小馬鹿にするぐらい知能もプライドも高い奴だ。ジジイ以外に服従するつもりはないんだろうよ。相変わらずムカつく熊だ」


「チヨにはお屋形様の仰る意味が……」


「つまりだ。俺が行くと大五郎は逃げる。だからといって逃がすつもりはないが、俺には野生の獣と鬼ごっこする暇は無い。あいつ等が始末するのが訓練も兼ねて一番効率的だ。まあ、出来ればだけどな」


「やはり、殺すしかないのでしょうか?」


「仕方ないだろう。ジジイ以外の誰もアレを制御できないんだからな。放置すれば世間を賑わすどころじゃ済まないぞ?」


「……」


 レイの言葉に悲し気な表情のチヨ婆。幸三にしか懐いていなかったとはいえ、食事等の世話の殆どはチヨがやっていた。駆除されるのは忍びない。しかし、かといって、誰の言うことも聞かない猛獣を野放しにすることもできない。


「お屋形様が大五郎の面倒を見るというのは――」


「アレは俺のことが嫌いだし、俺もアレが嫌いだ。昔からよく知ってるだろうが。……却下だ」


「……はい」



(さて、大五郎を探せず、食料が尽きて帰ってくるか、それとも見つけ出して始末してくるか……冒険者のお手並み拝見ってとこか)



「今のお話を夏希様達に伝えていれば良かったのですが」


「大五郎が魔獣というのは、俺の推測であってまだ確定じゃない。まあ、ほぼ間違いないだろうが、不確定な情報はいらぬ先入観を持つ。それに、なんでもかんでも情報を与えてやったら訓練にならん」


「確かに」


 …

 ……

 ………


 一方の森。


「「「魔獣ぅ?」」」


 クヅリの発言に皆が夏希を見る。


『あの獣から魔力を感じんした。間違いないでありんす』


「あんのクソ男! そんなこと一言も……」


『言わなくてもどうにかできると思ったのか、言っても無駄だと考えてたのか、それとも知らないのか、わっちには分かりんせん』


「これからどうする?」


 典子が尋ねる。


「どうもこうもとりあえずあの熊を追うわよ! 美紀!」


「了解!」


 そう言って美紀は体勢を低くし、注意深く周囲を見渡した。


(必ず何か痕跡があるはず……)


 周囲の景色から違和感を見つけようと集中する美紀。大五郎は獣であるにも関わらず、動物が残すであろう足跡や臭いを一切残していなかった。しかし、それが逆に手掛かりだ。


 物理的な現象ではない痕跡。目に見えない違和感の正体は、実は魔力や魔素によるものだった。美紀は魔力を感知する力は無いものの、魔力に因る物理的な影響は感じ取ることができる。遺跡の罠や仕掛けの殆どは、そうやって見つけてきたのだ。しかし……


「あっち……かも。ちょっと自信無い。それに、なんか嫌な予感もする」


 自信無さげに美紀が呟いた。


「美紀が慎重意見なんて、珍しいわね」


「うーん……なんだろ、なんかモヤモヤするのよね」


「あの熊が魔獣だとして、似たような魔物って皆思い当たる?」


「小柄で素早くて……大型の獣も一撃で首を狩る……それに、自分の痕跡を残さない慎重な性格……って、そんな魔物いる?」


「「「……」」」


 それぞれ、三年前の異世界生活を思い出す。しかし、自分達の経験は勿論、見聞きした情報や噂などを思い返しても、あの熊と似たような特徴を持つ魔物は記憶になかった。


「一旦戻って、レイさんに報告した方がいいんじゃ?」


「大輔、あなた何を言っているの?」


「だって、もしかしたらレイさんも、大五郎が魔獣だって知らない可能性があるし……」


「却下よ! 私達にわざわざ回復薬まで持たせたのよ? どうせ、知ってたに決まってるわ」


 そう言って、夏希は美紀が示した方へと歩いて行ってしまった。


「あーあ、大輔マイナス一点」

「夏希は慎重だけど、消極的な意見は嫌いなの知ってるでしょ?」

「だよね。ははっ……はーーー」


 ガクッと肩を落とし、落ち込む大輔。


「ほら、気を抜かない! さっさと行くわよ!」


「「「りょ、了解!」」」



 一方、大五郎は夏希を見て、一目散に逃げだしていた。

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