第21話 大五郎①

「それでは皆様、大五郎をどうか宜しくお願い致します」


 そう言って、深々と頭を下げ、夏希達を送り出されたチヨ婆。


 それぞれに敷地の地形図とコンパス、水、食料、それと液体の入った小瓶を渡され、敷地の森に入っていく夏希達『エクリプス』。


 渡された小瓶はレイの用意した回復薬だ。


 …


「これってどれくらいの効果なんだろう?」


 森を歩く道中、小瓶を取り出しまじまじと見ながら大輔が言う。


「回復薬にも配合した薬草の割合と品質、調合した薬師の技量によって効果が違うわよね。流石に『超回復薬エリクサー』には及ばないだろうけど、あの人がくれたものだし傷薬程度ってことはないんじゃない?」


「街売りの回復薬より透明感あるし、キレイな色よね……なんか凄く効きそう……」


「私達が怪我する前提なのがムカツクわ」


「「「……」」」


 典子と美紀の意見を他所に不満顔の夏希。回復薬をくれたのはありがたいことだと頭では分かっていても、どうしてもレイに対して、善意の裏を勘ぐってしまう。その考えがあながち間違いではないのだから、あの親にしてこの子ありといったところか……。


「そう言えば大五郎だっけ? 一体どんな熊なんだろうね?」


 不機嫌そうな夏希を見て気不味くなった大輔は、これから捕獲する熊について話題を変えた。


「チヨさんは、ツキノワグマではないけど、正確な種類は分からないって言ってたわよね」


「レイさんは詳しく教えてくれなかったけど……」



(((絶対、普通の熊じゃないよね)))



 そんなことを思いつつ、山を散策する『エクリプス』。手掛かりは無い。だが、チヨから貰った地形図には敷地に設置された罠の位置が記されており、罠が無い、もしくは少ないエリアにいるだろうと助言があった。


「この地図に載ってる罠もあてにするのは危険なんだっけ」

「チヨさんが把握してない罠は記入されてないんでしょ?」

「先代って人が独自に加えたモノは把握してないって」

「それに、地図は紛失厳禁……」


「「「はぁ……」」」


 つい、ため息の漏れる一行。


「大体、捕獲するにもそれ用の道具が無いあたり、駆除してこいってことよね」

「チヨさんの言い様だと、そうして欲しくない雰囲気だったけど」

「一応、能力も魔法も使えるし、典子さんの召喚術でなんとかなるんじゃ……」

「だといいけどね」


 久しぶりの探索モード。斥候役の美紀が先頭を歩き、次に重騎士の大輔、召喚師の典子と続き、今回は司令塔兼オールラウンダ―の夏希は後衛についた。


 相手が単独でも野生の獣ということで、全周警戒の陣形。冒険者のセオリーだが、遺跡の探索がメインだった夏希達は、狩りに関しては素人だ。冒険者として見聞きした知識で対応するしかない。


「襲ってくる魔物に関してはいくらでも経験あるけど、こっちから森にいる獣を追跡するなんてあんまり記憶にないわね……」


 そう呟く典子。


(((確かに)))


 広大な森の中、猟師であっても獲物を見つけるのはそう簡単ではない。それも、確たる情報も無く、特定の個体を狙うなどプロでも至難の業だ。獣の追跡が素人同然の夏希達に、大五郎を見つけられる可能性はゼロに等しかった。


「ちょっ、夏希?」


 そこで、夏希は意を決したように立ち止まり、道着を脱ぎだした。


「仕方ないでしょ? これを着てれば襲われないかもしれないけど、裏を返せばこれを着てなきゃ、襲ってくるってことでしょ? このまま歩いてたら何日掛かるか分からないわ」


「「「……」」」


 夏希の言葉に『エクリプス』の面々は異を唱えることも無く、夏希と同じように道着を脱ぎ始めた。


 …

 ……

 ………


 黒色の体毛に、胸には特徴的な三日月形の白毛。ツキノワグマの日本産亜種であるニホンツキノワグマは、体長百から百五十センチ、体重は六十から百二十キロほどで、クマ類の中でも小型の部類である。


 日本における最大の記録は二百二十キロの個体だが、それを遥かに超えるサイズの狂暴な熊が奥多摩の山にいた。


 その巨熊はヒグマのような赤みのある体毛と、猟師につけられた体中の銃創や切傷の痕から、『赤傷レッドスカー』と呼ばれ東北地方の猟師の中で最優先の駆除対象だった。


 人間を恐れず、人里に現れては人間や家畜を襲い食らう。特定の縄張りを持たず、冬眠もしない。絶えず移動し続け、猟師達の追跡を逃れて関東の奥多摩に流れついていた。



 スンスンスンッ


 何かを嗅ぎつけたのか、鼻を鳴らしながら匂いの元に向かう『赤傷』。


 フーッ フーッ フーッ


 人の匂い。それを感じ取った『赤傷』は、飢えているのか、興奮しながら四人の人間に迫る。


 …


(((ん?)))


 澄んだ森の清涼な空気の中、突如鼻孔をついた生々しい獣臭。


 一早くそれに気づいた美紀は、風上に視線を向け、警戒態勢を取った。


「来たッ!」


 美紀がそう叫ぶと同時に、他の三人も同じ方向を見る。


 グルルル……


 喉を鳴らしながら『赤傷』が夏希達の前に現れた。人を貧弱な獲物としか見ておらず、堂々とその巨体を夏希達の前に晒している。


 グオァアアアーーー!


 仁王立ちになった『赤傷』は二メートルを優に超え、両腕を広げて雄叫びを上げた。こうすることで人間が委縮し、動きを止めることを知っているのだ。


「だ、だぁ~い五郎ぉ~?」


 突然の襲来に驚きつつも、恐る恐る熊の名前を呼んでみる美紀。


「美紀ッ! 違う!」


 夏希が咄嗟に叫ぶ。


「大五郎は黒! 真っ黒な熊のはずでしょ!」


「あ」


 美紀が発した声と同時に『赤傷』が美紀に襲い掛かった。


「っぶな!」


 振り下ろされた前足の攻撃を咄嗟に避け、『二重身』を生み出して夏希達のもとに瞬時に移動した美紀。


「こいつ……大五郎じゃない?」


「分からない。けど、チヨさんから聞いてた特徴と全然違うわ。きっと別の――」


 ゴアアアッ


 夏希達の戸惑いなどお構いなしに、大口を開けて襲い掛かる『赤傷』。


 ガシッ


 大輔が前に出て熊の突進を『神盾』で受け止める。身体強化を施し、常人の何倍もの力を出せる大輔は、能力で生み出した重装鎧の性能も相まって巨人の一撃をも受け止める。


「ど、どうしよう、コレ!」


 熊の攻撃を受け止めつつ、メンバーに尋ねる大輔。


「どうしようって、とりあえず捕獲?」


「典子、頼むわ」


「了解。……召喚!『黒薔薇』」


 黒い茨が『赤傷』を包み、その四肢を縛り上げた。


「とりあえず、これで――」


 ヒュッ


 夏希達の前に黒いナニカが横切る。


 気づけば『赤傷』の首が無くなっており、一瞬遅れて胴体から血が噴き出した。


「「「ッ!」」」


 唖然とする一同。


「「「何今の?」」」


 気配察知に優れる美紀も、そのナニカは存在さえ気づけなかった。


 自分達の間合いにあっさり侵入され、即座に全周防御の体勢を取って四方を警戒する『エクリプス』。


「熊を捕獲して緩んだ隙を突かれた……?」

「まさか? 狙ってたとでもいうの?」

「そんなわけ……?」

「あっ! あそこ!」


 大輔が指差した先を一同が見る。


 そこには木の上で血の付いた爪を舐めている一頭の小柄な熊がいた。


「「「子熊?」」」


 ドチャ


 そこへ突然、『赤傷』の生首が夏希達の間に落ちてきた。


 誰もがそれに気を取られた一瞬、木の上にいた熊の姿は消えていた。


「「「何……あれ?」」」


「ひょっとして、あれが大五郎じゃない?」

「全然、じゃないんだけど?」

「ツキノワグマみたいな白い毛も無く真っ黒だったね」

「一応、特徴は合ってるけど、それより……」


「「「目が光ってた……?」」」


 木の上にいた小柄な熊の眼光が、僅かに光っていたように全員が思った。夜間でもない日中でそんなことがあるのかと不思議に思いつつ、問題はその光りの色だった。


(((青い眼の熊?)))



『魔獣でありんすね』


 突然、クヅリから衝撃発言が飛び出した。

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