第20話 新たな課題

「それじゃあ、聞こうか」


 裏道場のある建物の一室。レイは手元の本に目を通しながらチヨ婆から報告を聞いていた。本の表紙には『新宮流裏伝』と、異世界ので書かれている。


「はい。お屋形様の仰ったとおり、やはり殺人には消極的なようです。先代の幸三様と同じような特別な力をお持ちのようですが、裏新宮の修行をつけるには時期尚早に思います」


「誰か死んだか?」


「いえ、一人も死者は出ておりません。ただ……夏希様の相手をした者は全員、再起不能でございます。死んではおりませんが、今後、戦働きは無理かと」


「あの娘の対処法は教えたはずだ」


「視界を奪い、孤立させ、距離を置いて戦うな、とのことでしたが、門下生達は夏希様を試したようです。お屋形様の言葉を守らなかったツケでございます。受けた傷は罰として受け入れてしかるべきです」


「ここに来る連中は、新宮流では半人前でも、兵士としては一流だ。腕を見るというより、特殊な力というものを確かめたんだろう。俺のミスだな。少し見せておくべきだった」


「それでもです。お屋形様の命令に背いたことに変わりありません」


「俺を認めてないだけだ。知らない顔ぶれも増えた。見た目がこんな若造なんだ。いきなり現れて当主だお屋形なんだと言われて素直に従う方がおかしい」


「貴方様が鈴木隆である以上、先代様の遺言に異を唱えることは許されません」


「俺は俺であることをまともに証明できないのにか?」


「門下生達を倒した技をチヨはこの目で見ました。貴方様が鈴木隆であるという証明はそれで十分でございます。それに……」


「それに?」


「先代様が記した謎の言語を読み解き、新宮の奥義を理解できる者が他にいるでしょうか? 全ては先代、幸三様が予言したとおりでございます」


「俺がこっちに戻ってくるのを予想してたとはな。手のひらの上で踊らされてるようで相変わらず気に食わないジジイだ」


「あの御方は人の域を超えておられます故……」


「人の域? ジジイは人間だ。ジジイに出来ることは人に出来ることだ。自分に出来ないのは単にその才がないか、修練が足りないだけのどちらかだ。どんな偉業でもいずれそれを超える人間が出てくる」


「貴方様のようにですか?」


「バカ言うな。俺に才が無いのは知ってるだろ」


「才というのは何も武のことだけではありません。貴方様が生きてここにいる。それだけで無才ということはありえません。あまり先代様の言葉を鵜呑みにせぬよう……ふふっ、ご自分を過小評価するのは変わっておらぬようで」


「ふん。世の中には『朧』を一ヶ月で習得する人間がいるんだ。そんな天才が身近にいれば、自分に才能があるなんて思えるか」


「ま、まさか!」


(まあ、こっちの人間じゃないし、人族でもないけどな)


「この話はもういい。それより、ジャネットから連絡はあったか?」


「ございました。訓練の日時と場所の指定をしてほしいとのことです」


「ここでいいだろ」


「それは難しいかと。敷地内の罠はともかく問題が一つ」


「……か」


「はい。先代様が旅立たれてから姿を見せておりませんが、部外者が入ってきた場合は……」


「訓練にならんな」


「ジャネット様には別の場所をと提案いたしましたが、難しいようです」


「日本国内で実弾訓練できる場所は限られるし、米軍施設を借りた場合は機密保持が難しい。あいつらを米軍に知られるのは拙いからな。仕方ない……」


 そう言って、レイは本を閉じて立ち上がった。


「どちらへ?」


「大五郎を探す。敷地の外には出ないはずだ。なんとかなるだろ。まあ、先に門下生のとこだ」


「?」


「俺もあの娘の能力はよく分からんところがあるからな。どんな壊され方をしたのか、治療のついでに怪我人を見て来る」


「治療……でございますか?」


「ジジイと同じ治癒の力回復魔法が俺も使える」


「なんと!」


 …

 ……

 ………


「と、思ったが大五郎はお前らに任せることにする」


「「「はい?」」」


 門下生達の治療をした後、レイは休んでいた夏希達の前にいた。


「しかし、似合わんな」


「「「……」」」


 夏希達は先程、チヨに裏新宮の黒い道着に着替えさせられていた。元から着ていた私服が汚れ、傷んでいたのもあり、渋々それを受け入れた夏希達だったが、レイに似合わないと言われて微妙な顔をしている。


「こんなモノ着るより、一度家に帰りたいんだけど」


「お前、自分が狙われてるのを忘れたのか?」


 夏希の発言にレイがツッコむ。


「お前らの家や家族には必ず監視がついてる。お前らがノコノコ姿を現せば、誘き出す材料として家族が使えると証明するようなものだ。何のためにここにいると思ってる? 家族を危険な目に合わせたくないなら会うのは当然、連絡もするな」


「でも……護衛してるっていう人達で守れるか分からないでしょ」


 門下生達を圧倒した夏希には、家族を護衛してる門下生の実力に不安を覚えていた。


「伝位を受けたジジイの弟子は、お前らが相手した門下生とは違う」


「「「伝位?」」」


「師匠から与えられる技能の等級のことだ。裏新宮の伝位は初級の初伝でもジジイの認可は中々下りない。護衛についてる中伝クラスの連中は、お前にやられた門下生とは次元が違う。それでも信用できないというなら自分で守るか? その場合は狙われる原因を他人に解決してもらうことになる。好きな方を選べ」


「「「……」」」


 自分達が家族の側にいれば守れるが、それでは根本の解決はできない。それに、自分は家族の側にいて、他の者に問題解決を委ねるのも違う気がする。しかし、身体が一つでは攻めと守りを同時にすることはできない。


「半人前の門下生を倒していい気になってるようだが、戦略的には負けている。チームが分断された時点でお前等の負けなんだからな。護衛任務は専門の訓練を受けていても難易度が高い。強いだけのお前らには無理だ」


「そんなこと……」


「能力や魔法が使えない連中の策に嵌った時点で終わりだ。少なくとも太田典子は死亡。渡辺大輔もやられただろう。そうなれば、個別にお前と近藤美紀を殺すのは難しくない。例え、クヅリがいようとな」


『夏希はわっちが守りんす』


 夏希が身に付けているアクセサリーに擬態しているクヅリが口を出す。


「現代兵器は甘くない。あらゆる攻撃を防げるといっても、細菌兵器や核兵器による人体への影響は免れない。鎧は無傷でも中は生身の人間なんだからな。衝撃は防げても毒や細菌、放射能は防げまい」


『……』


「それに、自分一人だけ生き延びられればいいのか? 尚更、家族を守るのは無理だな」


「「「ッ!」」」


 レイの言葉に全員がはっとした。能力や魔法が使えるからどこか驕っていたのだろう。チームを分断される前に気づかなければならないことだった。一人でも失えば、自分達は負けなのだ。



「……わかったわよ」


 しばしの沈黙の後、夏希がボソリと呟く。戦うことを選んだ。


「「「うん」」」


 夏希の呟きに『エクリプス』の全員が同意するように頷いた。


「わかったら、先ずは大五郎を捕まえて来い」


「「「大五郎……?」」」


「ジジイの飼っていただ」


「「「はい?」」」


「この山のどこかにいるはずだ。それと言っておくが、道着は脱ぐなよ? それを着てればいきなり襲われることはない……が、ジジイにしか懐いてないから気をつけろ」


「いやでも、普通の熊ですよね? 魔獣じゃないんだから……」


 美紀がそう言いながらレイの顔を見る。


「……」


「え? なんで黙ってるんですか?」


「魔獣の方が楽かもな……まあ、頑張れ。最悪殺していい」


「「「ちょっと!」」」

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