第19話 試練

 新宮流第六十八代目の当主『新宮幸三』。


 新宮流は日本武道の大家である。剣道や弓道、柔道など、競技化した現代武道にならい広く門戸を広げ、日本全国に数多くの道場と門下生を持っている。


 しかし、実子を含め、どんなに才能ある門下生がいたとしても、新宮幸三が本来の『新宮流』を伝えることはしなかった。人を殺す技術は覚えたいと言って教えるものではないと思っていたからだ。


 現代では人を殺さなくても生きていける。戦国時代のように国内で争いも無く、国外の戦争にも日本は武力介入はしていない。そんな中で、幸三が自分の技術を教えられるような人間は限られた。


 はじめは自衛隊の秘密部隊。その後、米軍に噂が広まり、西側諸国の特殊部隊から指導の依頼が来るようになった。新宮流を修めた者が精強な兵士として高い評価を得ていたからだ。


 本家の家督を早々に息子に譲り、幸三は奥多摩に広大な土地を購入、道場を建てて引き籠るようにして隠居した。無論、それは表向きの話で、秘密裏に各国の精鋭に殺人術の指導を行う為だ。



「……やがて、この道場は『裏新宮』として、独自の道を歩んできた。母国の軍を離れ、ここに身を移した者も少なくない。この僕もその一人さ」


 淡い碧眼の優男。顔立ちは西洋人のそれだが、髪色は染めているのか真っ黒だ。黒い道着に身を包み、木の上から夏希を見下ろしながら自分達のことについて説明する。


「とは言え、まだまだ半人前。兄弟子達には及ばない。僕らに勝てないようじゃあ、この道場からは出れないよ」


「……」


 周囲に『エクリプス』の姿は無い。門下生達に巧みに連携を崩され、パーティーは分散させられていた。


 両目を閉じ、声のする方に身体を向けて構える夏希。目元の皮膚が僅かに赤くなっている。メンバーと離れてから、徐々に目に違和感を覚え、気づけば痛みで瞼を開けられないほどになっていた。


「君達の特殊な力については聞いている。夏希・リュウ・スミルノフ。君の場合は視界を塞げば本来の力は発揮できない。悪いけど特殊なガスで先に目を潰させてもらった。数時間で治るから失明の心配はしなくていい。けど……」


 どこからともなく複数の黒い影が夏希を囲む。


「命の心配はした方がいいかな」



「私は『暗黒騎士ダークナイト』。目が見えないくらいなんでも無い」


 夏希は漆黒の暗黒剣を顕現させ、そう呟いた。


 …

 ……

 ………


 一方、同じく皆とはぐれた近藤美紀は、深くは無いものの、全身あちこちに切り傷を負い、衣服が赤く染まっていた。


 ――『空の短剣』――


 透明の短剣を生み出し、黒い道着を着た門下生達に投擲する美紀。しかし、ことごとく躱される。当たったのは最初の一投だけ。それでも相手を戦闘不能にはできなかった。肩口に刺さった短剣など気にも留めずに門下生は襲ってくる。


 その後は美紀の投擲モーションと風切り音で短剣の軌道を読まれ、門下生達にはかすりもしない。


「ユーは何しにココへ?」


「は?」


 足を止め、片言の日本語で黒人の中年男が美紀に話し掛けてきた。短刀を持った手を腰にあて、半ば呆れているような態度だ。


「敵をコロス気がないナラ、家に帰りなサイ」


「殺すって……私にはあなた達を殺す理由がないんだけど」


「ナルホド……聞いてたトオリ、甘いデスネ。自分が死んでカラ本気にナッテモ遅いんデスヨ?」


 ボコッ


 美紀の足元の地面が盛り上がり、門下生の一人が艶消しの黒い短刀を手に飛び出してきた。ギリースーツを纏い、顔や手にドウランを塗ってカモフラージュしたその姿は、地面と完全に同化していた。


 いつの間に接近されたのか、いつからいたのかと思う間も無く、懐に入り込まれる。


 ――新宮流『流水乱舞』――


 流れる動きで門下生が美紀の纏わりつき、短刀で美紀の腕、脚の内側を舐めるように斬りつける。


「?」


 しかし、斬りつけた門下生は違和感を感じ、すぐに攻撃を中断してその場を飛び退いた。



 ――『二重身ドッペルゲンガー』――



「……マジかぁ。気づくの早過ぎなんですけど」


「「――ッ!」」


 悠長に立っていた黒人門下生の背後で美紀がボソリと呟く。


 ストンッ


 黒い短剣が黒人門下生の足元に刺さる。


「う、動けナイ……」


「まずは一人目。甘いかもしれないけど、私は敵だからって簡単に人を殺したくない。でも……やるときはやるから」


 そう言って、美紀は黒人門下生の首を指でなぞり、斬る仕草をしてその場から姿を消した。



「……素晴らシイ」


 鮮やかな美紀の手並みに、黒人門下生は称賛の言葉を呟いた。が……



「ですが、惜しいデスネ」


 …

 ……

 ………


「どうやったのか分からないけど、あっさり二人と引き離されちゃったわね」


「気づいたら典子さんと僕の二人だけ……こんなこと今まで無かった」


 太田典子と渡辺大輔も夏希や美紀と同じく、複数の門下生に囲まれていた。大輔は『神盾イージス』を出し、典子を守るように立っている。


「囲んでるだけで何もしてこない?」


 視線をキョロキョロ動かし、門下生達を注視する大輔。典子の言うとおり、門下生達は短刀を手にしているものの、囲むだけで何もしてこない。


「夏希・リュウ・スミルノフと近藤美紀、その二人と君達を分断したことで作戦は大方終了してるからね」


 門下生達の中から一人のアジア人が一歩前に出て二人に言う。


「「え?」」


「君達は四人一組。リーダー兼、遊撃役の夏希・リュウ・スミルノフがいなければ、チームとして大きく戦力がダウンする。それに、閉鎖空間の室内戦闘に特化してる。野戦での距離感には慣れていないね」


「「……」」


 図星だった。古代遺跡の四方を壁に囲まれ、敵が来る方向がある程度限定されるからこそ、『エクリプス』はそれぞれの持ち味を生かして隊列を組み、凶悪な魔物を退けてきた。


 大輔は素早さに欠け、足の速い複数の魔物に弱い。典子は召喚術によってどんな状況も幅広く対応できるが、魔力の消費が激しく、持久戦に弱かった。なんでも器用にこなす美紀も、強力な攻撃手段は持っておらず、大型の魔物や数で攻められると決め手が欠けた。


 何より、どんな状況でも冷静に決断する夏希の存在は大きかった。



「魔力や能力が使えると言っても余裕とはいかないわね」


「うう……道場ではコテンパンにやられたけど、今度は大丈夫と思ってたのに……」


「見える範囲の敵の数なら私の召喚でなんとかなるけど……」


「こっちの能力を知ってる感じだけど、僕がなんとか隙を作るよ」


「あら、頼もしい。じゃあ任せ――」


 プッ


「ん?」


 典子の首筋に鳥の羽のようなモノが突然生えた。先には細い針が付いており、吹き矢の針が音も無く典子の首に刺さったのだ。


 召喚術を発動する間もなく、太田典子は白目を剥いて地面に倒れた。


「典子さんッ!」



「しばらく意識は戻らんが、命に別状は無い。心配する暇はないぞ? 次は君の番だ」


 その言葉と同時に、周囲にいた門下生達が一斉に動き出した。

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