第18話 新たな敵

 渋谷。


 渋谷駅前のスクランブル交差点。そこを一人の青年がビルの屋上から見下ろしていた。


 青年の名は榊原剛正さかきばらごうせい。長身でスタイルのいい体格に、目鼻立ちの整ったすっきりした顔。モデルのようだがどことなく作り物のようだ。


「見なよ。人がゴミのようだ」


「同感だな。生きてる価値の無いゴミがうようよおるわ」

「アタシ忙しーんだけど? こんなとこ呼び出して一体何の用よ?」

「……」


 榊原の背後に三つの人影が浮かび上がり、それぞれまとまりなく好き勝手に言う。


「やあ、揃ったね。みんな久しぶり! アキラさんが旅立って三年。残念ながら彼は失敗したとみていいだろう」


 榊原はそう言いながら振り返り、三人に笑顔を見せる。


「彼が設けた期限が過ぎても世界が存在するということはそういうことだろう。だが、今更それがどうした? この場にいる全員、律儀に期限を守ってたわけでもあるまい?」


 渋谷のネオンに照らされた大男が全員を見渡す。大男の名はヴィクトル・カレリン。身長190センチ、体重も100キロを超えていそうな巨漢。短く刈り込んだ金髪と碧眼。厳つい顔には無数の傷跡があった。


「ヴィクトル、キミがマフィアだか傭兵だかを使って前々からあれこれ動いてるのは知ってる。最近、結構な人員を日本に送り込んでることもね」


「ふん」


 それがどうしたと言わんばかりにヴィクトルは肩をすくめてみせる。


「あんた、何その喋り方? アキラさんの真似? キショイんだけど」


 榊原の話し方や振舞いに、女は不快感を露わにする。


「トシエちゃ~ん、キショイとか酷くない?」


「アタシを下の名前で呼ぶな!」


 三船トシエ。二十代中盤ほどの厚化粧の女。派手な色のスーツを着崩し、豊満な胸元を露わにした艶っぽい女だ。


「キミこそ今時の言葉遣いとか無理してるでしょ。歳を考えなよ」


「殺すよ?」


「ゴメンゴメン、でも、キミもキミで色々やってるじゃない」


「……」


 トシエは目を細めて榊原を見る。自分の行動を知られてることに不快感が更に増したようだ。しかし、そんなことはお構いなしに、榊原はもう一人の男を見て口を開いた。


「それはそうと、ロバート。さっきから黙ってるけど、どうかしたかい?」


 先程から沈黙していたスーツ姿の男。名はロバート・マクドネル。見た目は三十代前半の外資系エリートサラリーマン風だが、左目に黒い眼帯をしており、堅気には見えない。


「……今起こってることをお前は知っているのか?」


「まあ、なんとなくね」


「なら、俺達を呼んだのは協力か排除か。返答次第では容赦しない」


 そう言うとロバートは片手を上げた。


 すると、榊原の身体に無数の赤い光点が浮かび上がる。


「狙撃か……」


 それを見てヴィクトルが呟く。しかし、その表情はつまらなそうだ。今時、狙撃時にレーザー照準器など使わない。ロバートの行為はただの脅しだ。


「へぇ。まだ使える駒がいたのかい?『エクス・スピア』の人員は大分やられたって聞いてるけど?」


「そこまで知ってるなら、精鋭は動かしてないのも分かってるだろ?」


「まあね。でも、狙撃なんかじゃボクは殺せないよ?」


「それはどうかな?」


 意味深な発言をするロバートにも、榊原は余裕の態度を崩さない。


「ま、一応、ボクは君達の敵じゃないってことだけは言っておこうかな。皆とやりあってもいいけど、得をするのはボクら以外だからね」


「「「……」」」


 敵と言う言葉に全員が黙る。さっさと先を話せと暗に促した。


「最近、強い魔力を持ってる人間や場所を潰して回ってる奴がいる。ロバートはもう知ってるよね。せっかくだから情報を共有しといた方がいいと思ってさ。敵の敵はなんちゃらとか言うでしょ」


「……ちっ」


 ロバートは舌打ちをして渋々口を開いた。隠しておいても利は無く、また、大した情報でもないが、恥を晒すようで気分は良くない。


「いくつか俺の方で確保していた遺跡が全て潰された。最新の戦車や攻撃ヘリまで配備してだ。だが、犯人は不明。痕跡は一切残ってない」


「残ってない? ヘリや戦車がやられたのなら痕跡は残ってるだろが。お前のとこなら派遣された部隊なり武器の出所なりを追跡できるはずだ」


 ヴィクトルが言う。


「当然調べたさ。どの遺跡も密林の奥地や砂漠のど真ん中にある僻地だ。そんな場所に大規模な部隊を派遣できる組織は限られる。だが、部隊の派遣記録も輸送機や戦闘機の発着記録も無かった」


「ドローンを使ったんじゃないのか?」


「中隊規模の人員が全て刃物で殺されてる。無人機じゃ不可能だ。相当凄腕の暗殺部隊が襲撃したはずだが、そんな芸当ができる部隊なんぞ、聞いたことが無い」


「ハハッ! 答えは出てるじゃないか」


「「「?」」」


「魔法だよ魔法。ヤダな~ 僕らも同じことが出来るだろ?」


「「はぁ……」」


 ロバートとヴィクトルが揃ってため息をつく。


「いくらなんでも現代の軍隊を舐め過ぎだ」

「そうだ。俺達でも、単独で百五十人の兵士を殺すのは無理だ」


「え? できるでしょ?」


「見通しの良い場所で一度に対峙できるわけじゃないんだぞ? 全滅した俺の部隊は拠点を築き、防衛陣地で構えてたんだ。無音行動でも十人殺す間に囲まれる」


「前に貰った透明になれる服があればいけるでしょ」


「最新装備を着てても探知するすべはある。それに、砂漠や密林で一人も見逃さず全員殺せるのか?」


「あー、それは無理かも。流石にジャングルで一人も見落とさない自信は無いなぁ~」


「ふん。第一、俺達に可能なら、俺はこの場にのこのこ来たりしない」


「そりゃそうだ」


「しかし、そんな練度の高い兵士を部隊単位で揃えた国や組織は噂でも聞いたことが無いぞ? 新兵器の類じゃないのか?」


「百五十人の兵士の急所を的確に攻撃できる兵器か? そんな兵器があるなら俺の耳にとっくに入ってる」


「……ねえ、ひょっとしてアンタ、自分が確保してた遺跡が潰されて日本のを使う気じゃないでしょうね?」


 話を黙って聞いていたトシエが口を開く。


「だとしたら何だ?」


「図々しいわね。ダメに決まってるでしょう?」


「別に日本も遺跡もお前のものじゃないだろう? お互い不干渉と取り決めはしたが、誰のものでもないモノの主張をしても意味は無い。気に入らないなら力で奪え。昔馴染みだろうが、邪魔をするなら排除するだけだ」


 そう言って、ロバートは上げていた手の指を銃に見立て、トシエに向けた。


「……」


 赤い光点がトシエの身体にいくつも現れる。


「魔法が使えても遠距離から複数の狙撃を防ぐことはできまい? 例え、この場を凌げても、お前を殺す手段はいくらでもある。あまり調子に乗らないことだ」


「このガキャァ……」


「まあまあ、ボクらが争っても敵が喜ぶだけなんだからさ。とりあえず、敵の正体が分かるまで直接どうこうするのはやめとこうよ」


「お前、さっきから敵の正体を知ってるような口ぶりだな?」


「いや? でも、ちょっとだけ心当たりがある。あくまでも可能性でしかないけどね」


「あんたもいい加減勿体ぶってムカつくわね」


「三年前の召喚事件だよ。その生存者の中に九条彰と共に異世界に旅立ったはずの人間がいた」


「「「ッ!」」」


「生存者のリストを調べて驚いたよ。でも、アキラさんが送り込んだわけでもない。それならとっくに僕らの誰かと接触してるはずだからね。何も動きが無いからそのまま監視してたけど、先日全員が突然消えた」


「あんた、どうしてそれを……」


「いやだな~ お互いに不干渉って決めてたろ? 大体、教えてたらどうしてたのさ? 仲間に引き入れたかったかい? だとしたら失敗してたよ」


「なんでそう言えるのよ?」


「逆に聞くけど、僕らのことをどう説明するつもりだい? 帰還者達の中で『九条彰』がどういう存在か分からないんだよ? 彼と帰還者達が友好的な関係だったらいいけど、それは無いんだ。万一、アキラさんを殺してこっちに帰って来たなら、ボクらには制御不能だよ。触れずに観察するに留めてたんだけど……」


 榊原は三人を見渡す。ここ数日で起こったことの全てを把握していないのか、探るような目で三人を見た。


「俺の部隊をやったのはそいつらか」


 そんな榊原の思惑を無視し、ロバートが言う。


「この三年間、帰還者達の四人は誰も国外に出てない。違うんじゃないかな」


「それはこちらで判断する。調べてたなら情報は持ってるはずだ。渡して貰おう。嫌とは言わせんぞ?」


「ああ、いいよ別に。元からそのつもりで皆を呼んだんだし」


 そう言って、榊原はUSBメモリーをポケットから取り出した。


「帰還者達のデータと日本国内で使えそうな遺跡のデータが入ってる。どう使おうとご自由に」


「遺跡のデータまで? アンタどういうつもりよ?」


「使えそうとは言ったけど、アキラくんが放棄した遺跡だ。まあ、彼の目的に合わなかっただけだから、それぞれの目的によっては役に立つものもあるかもね。じゃあ、ボクはもう行くから。みんな、頑張って」


 USBメモリーを三つ床に置き、榊原は姿を消した。


「消えた?」

「熱光学迷彩……」

「ふん、奴め。まるで九条彰のような振舞い……気に入らんな」


 それぞれ思う所があったものの、それをここで言っても意味は無かった。それぞれUSBを拾い、黙ってその場を去っていった。


(((目的を果たすのは俺(私)だ!)))

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