第15話 新宮流へようこそ

「「「金じゃない?」」」


「今回の本命ってとこだな。終末思想って知ってるか? 簡単に言うと、世界は破滅に向かう運命にあるという思想や宗教観のことだ。こいつらは『異界の門』を開いて『最後の審判』ってやつを神に代わってやるつもりだ」


「馬鹿げてる」


「「「……」」」


 夏希の呟きに一同同意するように頷いた。一部の人間が勝手に世界を破滅させるなど、到底理解できるものではないし、許せない。


「話を戻すぞ。こいつのいる勢力は、最新のハイテク兵器を調達でき、且つ、社会の至る所に紛れてる。厄介なのはそこだ。こいつも末端の処理係で、組織の全容は知らされてない。聞き出せた数人の名前をしらみつぶしに調べるしかないが、俺がやる」


「「「こっちは?」」」


「お前らはこっちだ」


 レイは小柄な男の死体を地面に放り出すと、最後に残った男に向かう。


 男の目隠しを取り、拘束具を解いていく。


(ん?)


 典子が思わず首をかしげる。男の顔に見覚えがある気がしたのだ。


「太田典子、お前の通う大学の臨時職員。まあ、監視役ってとこだな」


「どういうことですか?」


「お前らが手に入れたリストにあった連中だ。三年前の召喚事件の生き残り。元々、魔力が高かった人間。召喚の儀式で魔力がゼロになり、そこから自然回復する過程で魔力を認知できるようになった者、こいつはその一人だ」


 夏希と典子は、以前見たリストのことを思い出す。


「リストに名前がある人間は全員が政府にマークされてる。勿論、お前らもな。生き残りの人間は年齢、性別、職業もバラバラ。それぞれの経歴と適性をみて、公安か内調が利用してたんだろう」


「すみません、ナイチョウってなんですか?」


 聞き慣れぬ言葉に大輔が尋ねる。


「内閣情報調査室のことだ。警察や各省庁からの出向者で構成された政府の情報機関だな。国家の安全保障から政治家のスキャンダルまで、幅広く情報を集めてる」


「政府の人を死なせちゃったのは拙いんじゃ……」


 今度は美紀だ。


「こいつには前科がある。傷害と強姦。立件されてない余罪を不問にする代わりに政府に協力してた奴だ。魔力を使って女を襲ってたようなクズが消えたところで政府は本気で動かない。それと、言っておくが俺はプロだ。証拠を残して辿られるような真似はしない」


「「「……」」」


「お前らにはこいつのような魔力をかじって悪さしてるバカ共を始末してもらう」


「私達は殺し屋じゃない」


「なら、どうやって世界の終わりを止める? 殺さず捕らえたとしても、こいつらを裁く法はこの世界には無い。どの道、お前らのことを邪魔だと思ってる連中は襲ってくる。六本木のようにな。正当防衛ならと言い訳して受け身でいると死ぬぞ?」


 夏希達は全員が人を殺した経験がある。しかし、人を殺そうと思って殺した者はいない。世界を救う為とはいえ、人を殺せと言われて素直に頷けるものではなかった。


「それに、何も善良に生きてる人間まで殺せとは言ってない。あくまでも異界の門を開こうとしてる連中に協力してるバカだけだ。まあ、出来るかどうかは別問題だがな……」


 そう言って、レイは夏希達を見渡す。


 魔力を扱える程度の相手なら、魔法の他に『能力』を持つ夏希達の敵ではない。しかし、日本という環境は異世界とは違い制約が多過ぎた。『世界を守る』ためと言って無法が許される社会ではない。法を犯し、罪が露見すればまともには生きられない。夏希達が躊躇するのも理解できる。


 だが、状況は待ってくれない。


「嫌なら道場の掃除でもしてろ」


「くっ! ……馬鹿にして」 


「俺がいなきゃ、お前も太田も、そこの近藤も死んでた」


「「「……」」」


「ここじゃあ、お前らの能力を掻い潜る方法はいくらでもある。クヅリがいるから自分は死なないと思ってるだろうが、この世界のプロは甘くない。能力に頼れば自分はおろか、仲間も死ぬことになる」


『夏希は死なせないでありんす』


 夏希の身体から突然クヅリが声を上げる。


「お前も甘い。この世界には俺より強い人間は何人もいるし、頭の良い奴は数えきれない。前に女神アリアが俺に依頼したのは、俺が最強だったからじゃない。偶々だってことを覚えとけ」


「「「た、たまたま?」」」


「殺しの技術を磨いてきたのは新宮流だけじゃないってことだ」


 続いて、レイは夏希達の後ろの木に視線を向けた。


「チヨ婆。死体の処理は任せる。それと、俺が色々調べる間、こいつらをしごいておけ。今日から遠慮はしなくていい。裏道場うちのやり方で現実を見せてやれ」


「御意」


 夏希達の背後の木からチヨが姿を現した。


(((ッ! また出た! いつからそこにいたわけ?)))


「それと、お屋形様、『ゾディアック・デルタZOD社』から連絡が入っております」


「随分、遅かったな」


「鈴木隆という人間は戸籍上死亡しておりますから、仕方のないことかと。ですが、よろしかったのですか?」


「ZOD社の特殊傭兵部隊『レイブンクロー』が関わった作戦を全て公表すると脅したことか? 仕方ないだろ。俺が『レイブン』だと証明できないんだからな。情報を得る為だ、どうにかする」


「承知しました。では」


 そう言って、頭を下げたチヨ婆の周囲から、黒い道着を着た弟子達が現れ、レイが始末した死体を運び出していった。


(((だからなんでこんなにいるのよ?)))


 チヨ婆達にまるで気づいていなかった夏希達の顔を見て、レイが言う。


「気配を消すなんぞ、初歩中の初歩だ……ここにいる弟子共に気づけないようじゃ、話にならんな」


「「「……」」」


 …

 ……

 ………


「あの……チヨさん? ちょっと聞いていいですか?」


「チヨとお呼び下さい、夏希様。何で御座いましょう?」


 レイが一人でどこかへ消えてしまった後、夏希がチヨ婆に尋ねる。


「あの人が言ってたゾディアック・デルタ社って何ですか?」


「お屋形様が以前所属していた会社で御座います」


「傭兵……関わった作戦……」


「私は存じておりません。ただ……」


「だだ?」


「日本で平和に暮らす者には想像もできないようなことが、世の中では常に起こっております」


「どういう意味――」


「それより夏希様、ならびに皆様……」


「「「?」」」


「新宮流へようこそ」


 怪しげな笑みを浮かべ、チヨ婆は静かに消えていく。


 そして、入れ替わるように短刀を所持した弟子達が夏希達を囲んだ。



 ―『どうぞ、遠慮なくをお使い下さい。この者達を殺すつもりで対処することをお勧めいたします』―



 森に響いたチヨ婆の声と同時に、弟子達が夏希達に襲い掛かった。

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