第14話 文明

 翌朝。


「「「何これ?」」」


 レイに連れてこられた森の中。そこで夏希達が目にしたのは、木に縛られていた三人の男達だった。男達は目隠しと猿轡をされ、手首には真っ黒の手錠をはめられてピクリとも動かない。


 それぞれの顔には細長い針が刺さっており、全員のズボンが糞尿で汚れている。レイによって拷問を受けた後、息の根を止められていた。


 ゴクリッ


 その異様な死体を前に、全員の目が覚める。


「昨日話した、異界の門を開こうとしてる連中だ。まあ、こいつ等は下っ端で、それぞれ属してる勢力も違う。まずはこいつ」


 レイは左端の男の拘束を解きながら説明していく。


 中年の白人男性。黒色のポロシャツにジーンズ。一見して、どこにでもいそうな格好だが、体格が大きく筋肉質の身体、それに短く刈り込んだ頭髪は軍人を思わせた。


「あ、こいつ夏希と典子を狙撃した奴だ」


 美紀が男の顔を見て言う。


「民間軍事会社『エクス・スピア』。九条が異世界に召喚される前に接触していた連中で、米国を拠点にしてる大手の傭兵組織。こいつはそこの傭兵だ。情報を提供してこいつらを扇動してる人間は間違いなく九条の関係者だが、営利企業らしく異世界の利権が狙いだ」


「金目当てってこと?」


「そうだ。惑星規模で地下資源が手付かずの土地には計り知れない価値があるからな。わざわざロケットを使って宇宙に行く必要も無く、星一つの資源を独占できるんだ。邪魔者は容赦なく排除してくる」


「甘いわね。向こうには千年以上前に地球より進んだ文明があったのよ? 地下資源なんて残ってるわけないわ」


「ほう。中々賢いじゃないか」


「馬鹿にしないで。これでも考古学専攻よ」


「だが、その見立ては間違ってる。異世界の資源は殆ど手付かずで残ってるからな」


「どうして言い切れるの? 文明が発展していけば、資源を消費し続けるのよ? 地球より高度な文明なら資源が枯渇してても不思議じゃないでしょう?」


「理由は二つある。一つは、俺達がいた大陸は比較的新しくできた大陸で、古代では入植されず、自然保護区になっていた。『天魔大戦』で天使が攻撃しなかった土地でもある。浅い地層に金や銀の鉱脈が残ってるし、資源開発はされてないのは確かだ。もう一つは、千年前の高度な文明では地球ほど地下資源に頼ってなかった」


「一つ目はなんとなく分かるけど、二つ目の意味が分からないわ」


「魔素だ。異世界の古代人は大気中の魔素を資源として利用してた。地下資源がほぼ手付かずで残ってるのはそれが大きな理由だ」


「まさか……?」


「お前らだって魔法で水や火を出せるだろ? 魔力を物質に変換してるんだ。土属性が得意な者なら金を生み出すことも不可能じゃない。魔力の源は魔素だ。大気中や海中、地中にある豊富な魔素を効率よく利用できれば資源を漁る必要は無いからな」


「とんでもない文明ね」


「地球もかつてはそんな魔導文明があった。程度は大分低いがな」


「それはあり得……」


 夏希はそう言いかけて口を噤んだ。あり得ないとは言い切れないと思ったからだ。


 地球に人類が誕生してから文明発祥まで、人類史には十万年以上の空白、つまり文明を築いた形跡がない。現在の発展速度を考えると、十万年の間に文明が起こらなかったのはおかしいと考える学者もいる。しかし、それを証明する遺跡や発掘品は見つかっておらず、信憑性は無い。また、地下資源が手付かずで残っていることから、仮に文明があったとしても、現在のように高度なものではなかったと考えられる。


 だが、地球の古代人も魔素や魔力の存在を知っていて、それを利用して資源を必要としない文明を築いていたなら、資源が残ってることに一応の説明はつく。


「でも、何も痕跡が残ってないから証明はできない」


「何故、痕跡が残ってないと言い切れる?」


「それは、そんな遺跡や痕跡があるならとっくに……あっ」


「そうだ。魔素や魔力は目に見えない。それに、電子機器では観測が不可能なのは確認してる。こっちに来て調べた古代遺跡の中には魔法で作られたものがいくつかあった。誰もが知ってる遺跡に魔力の痕跡がはっきり残ってるんだ。ただし、それを科学的に証明することはできない。それが理解できるのは魔力を認識できる者だけだ」


「「「……」」」


 誰もが頭の中で想像する。製造方法が未解明の巨石遺跡など、土属性魔法で作ることは不可能ではない。むしろ、現代の重機を用いた建築方法より遥かに簡単だろう。無論、魔法を使えるからといって誰でもできることではないが、魔法文明が発達した世界なら十分ありえることだ。


「まさか、ピラミッドとかも……ですか?」


 恐る恐る大輔が言う。


「エジプトのものを言ってるのか? まあ、実際に見ないと何とも言えないが、あの形は魔素を効率よく利用する為のものだ。異世界の古代遺跡の殆どは、逆ピラミッドの構造だからな。浅い層は床面積が広く、地下深くに行くにつれ狭くなる。周囲の魔素を一点に集約するシステムはどの古代遺跡も共通してる構造だ」


「「「マジ?」」」


 自分達が探索してきた遺跡の特徴をはじめて知り、一同驚く。


「まるで遺跡を知り尽くしたような言い方ね」


「そりゃ、大体は踏破したからな」


「「「えっ!」」」


「お前らがこっちに帰ってきて三年ほどか? 異世界では十年経ってる。向こうと地球とでは時間の流れが違う。女神の所為、いや、九条の所為だがそれはまあいい。十年でそれなりに向こうの世界を調べたからな。お前らより詳しいのは当たり前だ」


「「「……」」」


 古代遺跡を探索する難しさを誰よりも知っている夏希達は、レイのあっさりした言い様に軽くショックを受ける。古代遺跡の探索は、古代語をはじめ、様々な知識や技術が必要で、腕っぷしが強ければ攻略できるものではない。


 自分達だったら、十年かけても半分の遺跡も踏破できない。そう感じていた夏希達は、レイに対し、悔しさと尊敬が入り交じった複雑な心境になった。



「話が脱線した。遺跡のことはどうでもいい。どんな遺跡も使える人間がいなければ意味は無いからな。次に行くぞ」


 そう言って、レイは白人の隣に縛られた小柄な男の目隠しを解いていく。


「六本木のクラブにいた奴だ。近藤、お前の腕をぶった切ったのはコイツだ」


「えっ! あの時の?」


 クラブでレイが現れた際に、引き摺っていた少年だ。


「こいつの勢力が少し厄介だ」


 レイは魔法の鞄からレインコートのような薄手の服を夏希達の前に放り出した。


「袖にあるスイッチを押してみろ」


 コートを手に取った夏希は、言われたとおりに袖にあったボタンらしきスイッチを押した。すると、コートが透明になり、コートを持った手を透過して景色と同化してしまった。


「熱光学迷彩服。見てのとおり透明になれるのと、着用者の熱を外に伝えない機能がある。今出回ってる光学機器じゃあ、こいつを着ている人間を探知するのは難しい。一般人どころか、先進国の特殊部隊にも配備されてない代物だ。それと、こいつ」


 美紀の前に手袋が投げ出される。普通の手袋と違い、手の甲と指の部分に機械的な部品が多く取り付けられていた。


「どういう構造か知らんが、指先から髪の毛よりも細い極細の刃鋼線が射出される。魔力でそれを操り、簡単に人間をバラバラにできるらしい」


「これで私の腕を切ったの? 糸を操るとかなんかちょっと便利かも……」


「それより、まだ子供でしょ? 痛めつけて拷問するなんて不快だわ」


「こいつは子供どころか俺より年上だ。それに、人殺しを楽しむような奴に優しくしてやるつもりはない」


「「「え?」」」


「森谷達と同じ、古代の技術で若作りしてるジジイだ。糸で人を斬るなんて非効率な方法は、殺しを楽しんでる奴の特徴だ」


「「「……」」」


「いいか? 今後は見た目がガキでも油断するな。九条の協力者だった奴は外見からでは判断できないし、社会の至る所に潜り込んでる。だが、問題はそこじゃない。厄介なのは、こいつらの目的がってことだ」

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