第13話 裏弟子

「手は打った?」


 一体どういうことかと夏希がレイに問う。


「この道場にいる裏弟子達を警備につかせた。魔法は使えんが、そこらの兵士より使える連中だ……おい、チヨ婆」


「はい、こちらに。お屋形様」


 いきなり道場の戸が開き、着物姿の老婆が現れた。


(((いつからそこに?)))


 今まで気配を一切感じなかったにも関わらず、まるでずっとそこにいたと言わんばかりのチヨ婆の様子に、夏希達は怪訝な表情を向ける。


「この屋敷の世話係をしているチヨで御座います。皆様、お初にお目にかかります」


 そう言って、頭を深々と下げるチヨ婆。落ち着いた色合いの和服と物静かな雰囲気も相まって、目の前にいてもそこにいるとは思えないほど、存在感が無かった。


「お屋形様じゃない。レイだ。何度も言わせるな」


「お屋形様はお屋形様で御座います」


「面倒な。だから来たくなかったんだが……仕方ない。こいつ等が敵に利用される可能性が出てきたからな。使えるもんは何でも使わせてもらう」


「御意に御座います。我らをご自由にお使い下さい」


「俺はまだ調べものがあるから、今日のところは後を任せる」


「承知しました」


 チヨ婆にそう言うと、レイは道場を出て行ってしまった。


「あっ」


「では皆様、お食事にされますか? それとも先にお風呂にされますか?」


「「「え……?」」」


 お互い顔を見合わせ、どうしたらいいか戸惑う一同、そんな中、夏希は気になってることをチヨ婆に尋ねた。


「あの、すみません。チヨ……さん? 一つお聞きしたいんですけど」


「チヨとお呼び下さい、夏希様」


「どうして私の名前を?」


「皆様のお名前はお屋形様より頂戴しております」


「そ、そうですか……あの、あの人が言っていた『裏弟子』というのを詳しく知りたいんですけど」


「……新宮流裏道場で修行した弟子のことです。ここは世界中の軍隊から精鋭が集まり、先代様が新宮流の武技を教えておりました。夏希様が気になされているのは、裏弟子達がご家族を守れるのか? ということで御座いますね?」


「失礼なことを言っているのは分かってます」


 パンッ


 チヨは夏希の問いには答えず、無言で軽く手を叩いた。


 ガラッ

 ガラッ

 ガラッ

 ガラッ


「「「――ッ!」」」


 道場の四方の戸が開き、黒い道着を着た屈強な男達が現れた。予め外で待機していたのだろう。だが、チヨと同じく夏希達はその気配を全く察知できていなかった。


 人種はバラバラ。白人や黒人、ヒスパニックからアジア系まで様々な人種の男達。誰もが身体のどこかに生傷を負っている。傷の生々しさから、最近できたものと思われる。しかし、全員の眼光は鋭く、誰も怪我など気にしていない。


「この者達は護衛に就いた者より未熟者ではありますが、実力の程はどうぞご自身でお確かめ下さい」


 チヨは僅かに頬を緩ませ、夏希にそう告げた。


 次の瞬間、男達は夏希達に向けて殺意を放ち、襲い掛かった。


 …

 ……

 ………


「どうだった?」


 別室で机に向かい、資料に目を通していたレイの背後に、チヨ婆が現れる。


「先代様と同じ、異界から帰還した若者達と聞いておりましたが……」


「ジジイと同じじゃない。ただのヒヨッコだ。異能と魔力に頼っただけのな」


「言い付けどおり、怪我をさせないよう、丁重におもてなし致しました」


「所詮は素人だからな。能力は封じておいたから手も足も出なかっただろ」


「夏希様は、少々手ほどきを受けていたようでしたが?」


「あれの母親は元FSBの諜報員だ。娘に身を守るすべは最低限仕込んでたはずだ。俺でもそうする。だが、実戦を積まなければプロには通用しない」


「仰るとおりです」


「で? あいつらは今どうしてる?」


「今は湯浴みをしておいでです」


「なら、後はメシを食わせて寝かせとけ」


「客人扱い、ということで宜しいですね?」


「とりあえず、今はな。それより、ジジイの遺言書にある『龍のほこら』とやらはどこにある?」


「ッ!」


 レイは先程読んでいた一枚の和紙をチヨ婆に見せる。そこには異世界の大陸共通語の文字が筆で書かれており、かつての『剣聖』新宮幸三が残したもので間違いなかった。



 チヨは平静を装うも、レイの発言に内心驚いていた。


 一ヶ月前、目の前の青年は鈴木隆と名乗り、突如、裏道場に現れた。この場所を知る者は裏道場の門下生のみ。たとえ、過去の門下生から場所を聞き出し、忍び込んだとしても、新宮幸三が施した数々の罠を突破せねばならず、第三者が無傷で辿り着けるはずがなかった。


 唯一ある山道には罠は無いものの、当然ながら監視する者が配置されており、誰にも悟られることなく屋敷に来ることは不可能だ。


 同時に、目の前の青年は裏道場にいた門下生全員を新宮流の技で無力化してみせた。その後、門下生の中でも新宮幸三に近しい高弟しか知り得ない秘密をいくつも明かし、自身を鈴木隆と証明したのだ。


 はじめは困惑したチヨだったが、幸三がチヨ宛に残した遺書には、自分が消えた後、起こり得る未来の可能性がいくつか記されており、青年の来訪は予想されていた。予想の細部は異なるが、現れた青年が、かつて新宮幸三が後継者に指名した鈴木隆本人であると認めざるを得なかった。


 正直、チヨ婆の中で半信半疑ではあった。しかし、この瞬間、確信に変わった。


 地球にある言語とは異なる文字で書かれた別紙は誰にも読めない。それが読めたのなら、青年は異界から来た者で間違いない。それも、新宮流の裏伝を修めた者なら疑いようも無かった。


 幸三の言葉どおり、新宮流宗家名代である鈴木隆が帰還したのだ。



(隆様、いや、レイ様! ……婆は嬉しゅうございますッ!)


 …

 ……

 ………


「いたたた……」

「完全に子供扱いされたわね」


 屋敷の風呂に浸かりながら、美紀と典子が身体のあちこちにできた痣に触れる。


「……」


 一方、夏希は湯船に深く身体を沈め、視線を下に落として黙っていた。


 裏道場の弟子達に、夏希達は全く歯が立たなかった。何故か能力を使えず、身体強化で対応したものの、軽くあしらわれ叩きのめされた。


 弟子達は本気を出してはいなかったが、誰もが高い実力を有していた。身体強化で常人を超える力を出す相手に手加減できるというのはそういうことだ。武を修めた者には力だけでは通用しない。それは理解できた。


 あの弟子達よりも実力が上の者達が家族を守っていると聞いて、美紀も典子もいくらか不安は取り除かれ、二人には安心の表情が見て取れる。結果に対しても、自分達が能力を使えれば同じようにはならない。そう思っているのか、特に気にしていないように見える。


 だが、夏希は違った。


 夏希だけは能力が使えない状況をオブライオン王国の地下で体験している。森谷沙織は能力を封じる能力を持っていた。地球にいる九条の残党が能力を封じるすべを持っているとしてもおかしくない。


 だとすれば、能力を使えない状況になった場合、自分達は先程と同じように何もできずに負けるということだ。


(どうやってアイツが能力を封じたのか分からない……けど、敵も同じことが出来ると考えなきゃ、私達は死ぬわね)



「わー! なんか、このお風呂凄いんだけど!」

回復薬ポーション並に傷が治ってくわね……名湯過ぎない?」


 夏希の深刻な思いを他所に、美紀と典子のはしゃぎ声が浴室に響いた。

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