第12話 異界の門

「と、いうわけ」


「「「何が?」」」


 ここは新宮流裏道場。その道場の中で話をしていた美紀に、夏希達がツッコむ。


「色々説明が足りてないんだけど?」

「そうよ、大体その黒崎って奴のこととか、透明?の奴とか少年とか……」

「その……レイさん、て呼んでいいのかな? なんで日本にいるの?」


 今この場にレイはいない。少しここで待ってろと言い残し、夏希達四人を道場に案内した後、どこかへ消えてしまったのだ。その間に、夏希達が美紀に今までのことを質問していた。


「うーん、と言っても、あんまり私もよく分かってないんだけど」


「いいから、とりあえずその後どうなったのか話しなさいよ」


「その後? その後は腕を治してもらって、黒崎って奴のまる焦げの死体はレイさんが魔法の鞄に入れて……あ、そうそう! 次の日、夏希達を助けたんだった」


「「私達を?」」


「そう。ほら、夏希と典子、青山霊園に行ったでしょ? 二人を銃で狙撃しようとした奴をレイさんがその……色々して……夏希達がいなくなった後に死体も片付けて掃除して……今に至るって感じ?」


「「なにそれ?」」


「東京には監視カメラが一杯あるから、死体を残してたら夏希達がやってなくても警察に犯人扱いされちゃうんだって。現場を映したカメラが無くても色んなトコにあるカメラの映像から辿られるとかなんとか……後始末が雑だ、とか何故か私が怒られたんだけど?」


「私達がやったんじゃないのに、なんで死体をどうこうしなきゃいけないのよ」

「『魔法の鞄』に死体を入れて隠すなんて発想は無かったわ……」


 夏希が納得しない様子で文句を言い、鞄を所持している典子がボソリと呟く。


「大体、なんでアイツが私達がいる場所に来るのよ? 美紀だって一応は助けられたんでしょ? そんな都合よく現れる?」


「なんか、魔力の波動? 的なものを辿ったらしいよ? 地球は魔素が薄いから異世界より感じやすいとかなんとか。都内で魔法を使った人がいたら、なんとなく位置が分かるんだって。でも、身体強化以上の魔力じゃないと難しいし、距離にもよるみたい」


「「「魔力の波動?」」」


「……そう言えば、冒険者になった時に魔力って登録したよね? 一人一人の魔力には個人を識別できるぐらい違いがあるって。ひょっとしてレイさんは僕達を魔力で見分けられるんじゃ?」


 唐突に大輔が言う。


「なにそれ、キモいんだけど」


「「「……」」」


 夏希の辛辣な一言に誰も何も言えない。レイは元日本人で、夏希はレイの前世でできた娘というのは、真実かどうかはともかくこの場にいる全員が知っている。レイの戦闘能力を知っている三人は夏希のキツい一言の反応に困る。レイの恐ろしさを間近で見た美紀は特にだ。


「……話は変わるけど、ここって、一体何なのかしら?」


 話題を変えようと典子が切り出すと、四人は周囲を見渡した。


 古い道場。立派な外観の建物とは打って変わって、装飾品は何も無く殺風景。しかも、全体的に痛みが激しく、壁も床も所々穴が開いている。


「新宮流、裏道場とか言ってたわよね……」


「僕、新宮流って聞いたことある。剣道とか弓道の道場を全国展開してる有名な流派だよ。でも、こんな山奥にも支部があるんだね……」


「裏道場って言ってなかった?」



「ガキ共」


「「「ッ!」」」


 音も無く、突如レイが現れる。決して油断はしてなかったが、誰もがレイがいつ入ってきたのか気づかなかった。


「吃驚するでしょ! いきなり現れないでよ!」


「いきなりじゃない。ちゃんと戸を開けて入ってきた。気づかないのはお前らが鈍いんだ」


「「「うそでしょ?」」」


「はあ……先に状況の説明をする。ヘラヘラしてられのも今の内だ」


「ヘラヘラなんてしてない!」


 レイは夏希を無視して一枚の世界地図を取り出した。


「女神アリア曰く、数ヶ月以内に地球のどこかで『異界の門』が開く気配があるそうだ」


「「「異界の門?」」」


「文字どおり、異世界と地球世界が空間的に繋がる門だ。これが開けば、最悪、地球は無くなる」


「異世界と繋がるくらいでなんで……」


「異界と一言で言ってもお前らがいた異世界の他に世界はいくつもある。『召喚士』の能力持ちの太田典子なら分かるな?」


 レイに視線を向けられ、典子がコクリと頷く。典子の『召喚』は異世界とは違う世界から動植物を呼び出している。自分達のいるこの世界と異世界の他にも、世界はいくつもあるというのは典子も知っていた。


「最悪、と言ったのは、門を開こうとしてる連中がどこと繋ぐか分からんということだ。お前達も行ったことのある異世界と繋げるのならまだいい、だが、『幻界』や『冥界』に繋げれば地球の生物なんぞあっという間に全滅だ」


「すみません、『幻界』とか『冥界』というのは、具体的にどんな世界なんですか?」


 大輔がレイに尋ねる。


「俺も全容を理解してるわけじゃ無いが、非物質世界ってことは分かってる。物質世界では存在できないような巨大な龍や、自然そのままの力を持つ妖精、凶悪な悪魔が存在する世界だ。それに、異界は幻界や冥界だけじゃない。地球とは物理法則が違う世界が地球と繋がればどんな影響を及ぼすか……まあ、いい結果にはならんのは確実だ」


 ゴクリッ


 全員が息をのむ。他の人間がレイの話を聞いても誰も信じないだろう。しかし、実際に異世界転移を経験した夏希達にとって、レイの話をあり得ないと一笑に付すことはできない。


「俺はそれを阻止する為に、女神から依頼を受けてこの世界に戻ってきた。さっきも言ったが、一人でさっさと終わらせて向こうに帰るつもりだったが状況が変わった」


「「「?」」」


「転移や召喚儀式が行えそうな主要な遺跡を潰してきたが、今も使用可能な古代遺跡が地球には膨大にあること。それと、『異界の門』を開こうとしている勢力が複数いることが分かった。俺一人では手が足りない」


「そんな遺跡が地球にあるっていうの?」

「数が膨大っていうのもなんだか信じられないわね……」

「それより、僕は門を開けるような人が地球にいるのが信じられないけど」

「……」


「お前等のクラスメイトだった、森谷、村上、小島を覚えてるか?」


 夏希達のクラスメイトだった森谷沙織もりやさおり村上知子むらかみともこ小島彩名こじまあやな。この三人は、九条彰が地球にいた頃からの同志で、九条の協力者だった。


 異世界の魔導科学者だった九条により、三人は魔法を含む魔力の扱いや異能、古代の肉体改造まで行っていた。


 そのことを間近で見た夏希は三人のことを思い出し、苦々しい顔をする。


「九条の影響を受けた人間の中で、九条と一緒に異世界について行かず、地球に残った奴等がいた。それも、厄介なことに全員がまとまってるわけじゃない。それぞれ独自の思想で動き、別々の勢力を築いてる。そいつらが今一斉に動き出した」


「一斉に? なんで?」


「これから起こる惑星直列グランドクロスが近いからだ。250年周期で太陽系の惑星が一直線に並ぶ瞬間、地球の魔素は一時的に高活性化する。奴等はその時を狙って『異界の門』を開くつもりだ」


 そう話した後、レイは広げた地図を指差した。


「問題はそれを行う場所がどこか分からんということだ。調べて分かったが、地表で遺跡だと分かるもの以外に、未発見の遺跡や場所が地球には無数に存在する」


 次に、レイは赤ペンを取り出し、世界地図に無数の線を書き込んでいった。


「この線が地球に流れる魔素の通り道、簡単に言うと、惑星が放つ魔素が漏れ出る地脈だ。風水でいう『龍穴』や『龍脈』と言われているものは、魔素の濃度が高い地域を表している。正確には『魔脈』というのが正しいかもな。膨大なエネルギーが必要な『異界の門』は、この線上のどこかでしか開けない」


「確かにそんな学説は聞いたことがあるわ。ある特定の遺跡は建設された場所に法則性があるって……でも、発見されてない遺跡をこんな広い範囲で探すのは無理よ……」


「だから、遺跡ではなく人を殺る。今のところ、九条の残党は三つの勢力に別れてそれぞれ活動してるが、門を開ける人間は限られる。魔力を扱える人間を始末すれば、遺跡があっても儀式は行えないからな」


「「「そんな無茶な!」」」


「無茶でも何でもやらなきゃ地球に未来はない。一応、言っておくが、お前らに監視がついていたのは敵の勢力がお前らを利用することを考えてるからだ。邪魔だから殺そうとする勢力もいる。協力しないのはいいが、敵に利用されたら面倒だ。嫌ならここで監禁させてもらう」


「は? そんな連中に協力なんてするわけないでしょ?」


「異世界で死んだお前等のクラスメイトは全員そう思ってただろうな」


「「「……」」」


「それに、魔法を使わんでも人間を操ることなんていくらでも方法はある。薬物や洗脳、まあ、家族を人質に取るのが一番手っ取り早いな」


「このクソ野郎!」


 家族を人質にという言葉で夏希が激高する。夏希だけでなく、他の者達も動揺する。今、この瞬間に家族が危険にさらされてるかもしれないのだ。


「安心しろ。だからここに来た。不本意ながらな。……手は打ってある」


「「「え?」」」

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