第9話 仕事

「さーがーしーたーよー」


「「「美紀ッ! 生きてたの?!」」」


 疲れ切った顔をした近藤美紀が、夏希達に軽く手を振る。


「まあね。みんな久しぶり……ようやく会えた」


「美紀! 心配したのよ?」

「そうよ! 生きてたなら連絡しなさいよ!」


「ゴメンゴメン、やっぱ大事おおごとになってたよね……でも、スマホも財布も無くてどうしようもなかったのよ。それに……」


 美紀はチラリと神谷麻衣を見る。魔力を操る得体の知れない女の前で、何があったのかを詳しく話すほど馬鹿ではない。


「……近藤美紀?」


 一方の麻衣は美紀の姿を見て目を丸くしていた。近藤美紀は死亡したと聞いていたからだ。それに、クラブの現場で見つかった左腕は、指紋とDNA鑑定で本人のものと確定している。顔は近藤美紀だが、左腕が健在の人間を本人だと信じることはできなかった。


(一体、何者? ……それに、身体が動かない……何故?)


「アンタ誰?」


 困惑する麻衣に美紀は鋭い視線を向ける。よく見ると、麻衣の影には黒い短剣が刺さっている。美紀の能力によって作り出した相手の動きを封じる短剣だ。麻衣とは違い、美紀の能力を知る夏希達は、それを以って本人だと確信している。


「美紀、そのコは政府の人間みたい。私達を二年前から監視してたんだって」


「ふーん」


「それより、何があったの? 生きてるって予感はしてたけど、てっきり大怪我でもしてるかと思ってたわ」


「一応、無事だよ。詳しくは後で話すけど……」


 美紀は言葉を濁して辺りに視線を巡らす。


「「「?」」」


 美紀の様子に夏希達が首をかしげる。まるで何かに怯えているようにも見え、いつもの美紀らしくない。


「場所を変えたいけど、どこに行けばいいかは聞いてないんだよね……」


(((聞いてない? ……誰に?)))



 疑問に思っている夏希達の傍ら、麻衣は動かぬ体で必死に辺りに視線を動かしていた。麻衣の周囲には夏希達を保護、もしくは拘束して連行する為の人員が配置されている。


(おかしい……緊急事態イレギュラーには全員を拘束するよう指示されてるはずなのに)


 しかし、配置されてるはずの人員は、動くどころか誰の姿も見えない。



 ――『政府の人間か。殺すのは無しにしてやる……とりあえず今は、な』――



 次の瞬間、麻衣は白目を剥いてその場に倒れた。


「「「――ッ!?」」」


 倒れた麻衣のそばで、レイの姿が露わになる。


「まったく、世話が焼けるガキ共だ」


「アンタ……」


「……おい、そこの小僧。誰だお前?」


 レイは夏希を無視し、見覚えのない顔に向かって指を差す。


「あ、あの、ぼ、僕は渡辺大輔……です」


「……」


 頭の中にある渡辺大輔と、目の前の青年の姿が一致せず、訝し気な顔で大輔を見るレイ。


(魔力の波長が変わってないからまさかとは思ったが……)


「まあいい、場所を変える。ちょっとついてこい」


「あ、あの……その女は?」


 恐る恐る美紀が倒れている麻衣を指してレイに尋ねる。ちなみに、美紀も大輔のことが分からず内心驚いていたが、大輔にツッコめる雰囲気ではないので自重する。


「ほっとけ。気絶してるだけだ。お前らを囲んでいた他の連中もな。政府の人間は殺せば面倒になる。騒ぎになる前にここを離れるぞ」


 そう言って、レイは歩いて行ってしまった。


 …

 ……

 ………


 大学を出て、近くに公園を見つけたレイはそこに入っていく。率先してついていく美紀を他所に、夏希達は困惑しつつも、レイの後を追った。


「お前ら、とりあえずスマホと財布を出せ」


「いきなり現れたと思ったらカツアゲ? なんでアンタの言うことを聞かないといけないわけ?」


 苛ついた様子で夏希がレイに食って掛かる。


「今時の携帯は電源を切っても追跡可能だ。それに、免許証は当然、クレジットカードや学生証、どこぞのポイントカードにも追跡機能付きのICチップは簡単に仕込める。いいからさっさと出せ」


「くっ、偉そうに」


 そう言いつつも、美紀以外の全員が素直に財布とスマホをレイに渡した。夏希がどう思っているかはともかく、典子や大輔、それに美紀は三年前にレイの戦闘と非情さを見ている。レイに逆らうという選択肢は三人に無かった。


 ボッ


「「「あっ!!!」」」


 レイは集めた財布とスマホを炎魔法で灰にする。


「ちょっと! 調べるんじゃないの? 何も燃やさなくてもいいじゃない!」


「この方が早い」


「こんのッ――」


「夏希、気持ちは分かるけど落ち着いて!」


 レイに殴り掛ろうとする夏希を美紀がなだめる。美紀も夏希達と同様、財布とスマホを燃やされているが、逆らっても無駄だと分かっていた。


「大体なんでアンタがこっちの世界にいるのよ!」


「仕事だ」


「説明になってない!」


「……九条彰の残した異物を始末しに来た」


「「「九条彰ッ!」」」


 夏希達に三年前の忌まわしい記憶が蘇る。


「俺一人で処理してさっさと帰るつもりだったが、事情が変わった。お前らにも働いてもらう」


「なんで今更……」


 九条彰が死んで三年経っている。何故今頃と夏希が疑問に思うのは当然だ。


「九条彰が死んだ後、奴の記憶は女神アリアが調べた。だが、奴は二千年以上の記憶があったことと、地球での記憶を一部消していた所為で解析が遅れた」


「地球での記憶? それに、私達に働けってどういうこと?」


「これから地球で起こる災厄を防ぐには単純に人手が足りない」


「「「災厄?」」」


「まあ、お前らが使えるかどうかを確かめるのが先だがな」


「は?」


「足手纏いは必要無い。嫌なら隠れて引き籠っててもいい。だが……」


 ――『転移門ゲート』――


 レイは手をかざして空間を切り開くと、夏希達に向かって言う。


「自分達の世界を守りたいなら、俺についてこい」


 …

 ……

 ………


 東京都西多摩郡奥多摩町、某所。


 戸惑いつつも、レイの『転移門』を潜った夏希達は山の中にいた。


「「「どこ、ここ?」」」


「……先に言っておくが、周囲数キロは何も無い深い森だ。そこら中に侵入・逃走防止用の罠がある。死にたくなければ勝手な行動はするな」


「罠?」

「侵入は分かるけど、逃走って……?」

「死ぬ?」


 レイの発言に様々な疑問が浮かぶ夏希達。


「あのー、すみません。僕達は一応、古代遺跡の探索経験があるんですけど……」


 そんな中、大輔が小さく手を挙げ、自分達の経験をレイに伝える。


 大輔を含む『エクリプス』は異世界の古代遺跡を深部まで潜る冒険者パーティーだった。例え人為的な罠があったとしても、魔素の薄い地球で自分達にとって脅威になるものがあるとは思えなかった。


 これは決して慢心などでは無く、大抵の罠は身体強化魔法で防ぐことができ、毒や麻痺など特殊な仕掛けは『盗賊』の能力を持つ美紀が察知できるからだ。無論、それでも回避不能な罠は存在し、あわや全滅寸前まで陥ったこともある。しかし、それも含めて今まで生き延びてきた自負があったのだ。


「この山は、異世界帰りの元勇者、『剣聖』新宮幸三の所有地だ。魔法や能力が使える程度じゃ、防げない仕掛けが山ほどある。それに、閉鎖空間の遺跡の経験なんぞ、ここじゃ役に立たん。忘れろ」


「「「新宮幸三……」」」


 四人にとって新宮幸三は忘れようも無い名前だ。特に、レイとの戦いは衝撃的な記憶として残っていた。


 だが、その新宮幸三について、四人は殆ど知らない。なんとなく過去の勇者だったぐらいしか知らなく、レイとの関係も当然知らない。


「ついてこい」


 困惑する夏希達を無視し、レイは森の中へと入っていく。


 

 しばらくレイについていくと、古い大きな日本家屋が見えてきた。平屋建ての立派な造りだが、屋根は苔や植物に覆われ、周囲の山林と同化している。


「新宮流裏道場。しばらくはここがお前等の寝床だ」

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