第8話 監視

「「……あんた、誰よ?」」


「え?」


 玄関で困惑する長身のイケメン。


「あ、あの、俺……大輔だけど? 二人共、ひ、久しぶり……」


「「は?」」


 渡辺大輔わたなべだいすけ。『重騎士アーマーナイト』の能力持ち。『エクリプス』の前衛として、どんな攻撃からもパーティーを守り、単純な物理攻撃力なら夏希を凌ぐ。しかし、性格は温厚で消極的。身長も低く肥満体型であったことからクラスメイトからは虐げられていた。


 その大輔が、身長180cmを優に超え、均整の取れたモデルのような身体をしている。余計なぜい肉も無くなり、顔もスリムになりまるで別人だ。


「いや、大輔って……」

「ちょっと無理があるでしょう……」


 あまりの変わりように唖然とする夏希と典子。


 ――『神盾イージス』――


 大輔は能力で自分の盾を生み出し、二人に見せる。


「あ、うん。大輔みたい」

「そうね。大輔だわ」


「うう……こんなことしないと信じてくれないなんて……」


「何言ってんのよ大輔、アンタ変わり過ぎよ?」

「そうよ。背もすごい伸びてるし、体型も……それに、顔も変わってない?」


「か、変わってないよ! ちょっと、色々あったから……」


「「色々?」」


「ううん、なんでもないよ。そ、それより話って?」


 二人は美紀のことを含め、先程あった話を大輔にする。


 …

 ……

 ………


「そ、そんな……美紀さんが殺されたなんて」


「まだ確定じゃない。かもしれないってだけよ」

「見つかったのは左腕だけで遺体は無い。それに、大輔は美紀がそこらの奴に殺されるとでも思ってんの?」


「お、思ってないよ! でも、相手は魔法を使うんでしょ?」


「少なくとも、クラブで事件を起こした犯人は相当な使い手ね。矢部は大したことなかったけど」


「その矢部も頭を撃たれて殺された」


「……仲間でも簡単に殺しちゃう連中なんだね」


「仲間じゃないわよ、多分。矢部は初めから私達を殺す気だった。仲間なら、最初から私達を撃てばよかったのに、それをしなかった。矢部を殺した奴は最初から矢部が狙いだったのよ」


「けど、矢部を殺した後に何もしてこなかった理由が分からないわね。攻撃してくるわけでも接触してくるわけでもなかった。意図が不明だし気味が悪いわ」


「た、助けてくれたとか?」


「「……」」


「え、ちょっと、なんでそんな呆れ顔なの?」


「あのね、矢部から色々聞き出してる途中に撃たれたって言ったわよね?」

「夏希が無力化してたのに助けるどころか余計なお世話なんだけど?」


「あ……」


「まあ、とりあえず考えるのは明日ね」


 そう言いつつ、夏希はプリントアウトしたリストを手に取り、見覚えのある名前を呟いた。


「……神谷麻衣かみやまい。説明してもらうわよ」


 …

 ……

 ………


 東京都武蔵野市『西東京国際大学』。


「結構、私の家と近いじゃない」


「そうね」


「……」


 典子の言葉にそっけなく返し、神妙な面持ちでキャンパス内を歩く夏希。その後ろから大輔が気不味そうについてくる。


 リストの中にあった『神谷麻衣』は夏希の大学の知り合いの名前だ。無論、同姓同名の別人という可能性は大いにある。


 しかし、夏希には何故か別人だとは思えなかった。麻衣とは大学内で親しくしていた。怪しいと思えるところもなかった。しかし、無関係とは思えず、確かめずにはいられなかった。



 そのまま、キャンパス内を歩き、麻衣が授業を受けているはずの講堂へ向かう。


「い、いいのかな……部外者なのに」

「大輔、あんた他の大学とか行ったことないの? 別に全然平気だけど?」


「そ、そうなの? なんか緊張するんだけど。皆こっち見てるし」

「夏希でしょ。前より更に美人になっちゃってるし」


「え? 典子さんもじゃないの? すごく大人っぽくなったよ」

「あら、ありがと。夏希にも言ってあげたら? 綺麗になったよって」


「そそそんなこと、いいい言えないよ!」

「相変わらずね~」


「二人共、おふざけはそこまでよ」


「「あ、了解」」


『エクリプス』のリーダーモードの夏希に、典子と大輔は気を引き締める。


 …

 ……

 ………


「あー! なっつきーーー!」


 講堂の一番後ろの席。神谷麻衣が夏希を見つけ、手を振りながら大声で呼ぶ。


 今はまだ講義の前、学生達は疎らで教授も来ておらず、授業は始まっていない。仲の良い者同士で談笑している者、黙々と授業の準備をしている者、その他多くはスマホに目を落としている。そんな学生達が一斉に夏希達に視線を移し、そしてすぐに何事もなかったように自分達の世界に戻る。いつもの光景だ。


「……相変わらずね」


「あれ~? お友達? 夏希が誰かといるとか珍しいね! てか、見たことないけど、ウチの学生なのかな?」


 麻衣は、夏希と一緒にいる典子と大輔に視線を移し、興味深々といった様子でニコニコしている。


「……」


 いつもと同じ様子の麻衣。しかし……。


「なぁ~んてね! 知ってるよ~ 太田典子ちゃんに、渡辺大輔くんでしょ? えーと、なんだっけ……そう、『エクリプス』だっけ? カッコイイ名前だよね~」


「「「ッ!」」」



「なんでその名前を……それに、私達のことも……」


 典子が一歩前に出る。


「なんでって、私は夏希を二年も監視してたから。私だけじゃない、太田さんと渡辺くんの他に近藤美紀ちゃんにもそれぞれ監視がついてるよ。まあ、近藤さんは監視役と一緒に死んじゃったけど」


「麻衣、アナタ……」


「ちょいまち! 夏希、ちょっと勘違いしてるでしょ?」


 余裕だった表情から一変、夏希の放つ殺気に麻衣が慌てる。


「勘違い?」


「私は夏希の味方だよ。今のところは……」


 …


 講堂からキャンパス内にある広場に場所を移した麻衣と夏希達。噴水のある池を背にしてベンチに腰を下ろした麻衣を夏希達が囲む。授業が始まって周囲に学生は疎らだ。


「もっと人がいないところにするかと思ったけど」


「水の音で会話は聞こえないわよ。一応、盗聴防止にもなるし。それに、味方とは言ったけど、まだ夏希達を信用してるわけじゃないんだよね」


「信用? 第一、アナタは何者なの?」


「一応、政府の人間とだけ。この二年間、あなた達のことを調べてた。スマホの通信記録は全てモニターしてたし、『エクリプス』という名前を知ってるのはその所為。異世界だの魔法だのコソコソ話してたのも知ってるよ」


「スマホを覗き見なんて違法じゃない。気分が悪いわ」


「国の前では個人のプライバシーなんてあるわけ無いでしょ。政府としては三年前の大量不審死事件の真相究明は国家安全に関わることなのよ? あの事件で一万人以上の犠牲者が出てる。また同じことが起きない保証はどこにもない。犠牲者を含め、生存者も徹底的に調べるのは当然でしょ」


 確かにそうだと、夏希達は改めて思う。原因も分からず一万人以上が死亡すれば国が本気になることは当然だ。自分達が今まで普通に暮らせていたと思っていたのがそもそも間違いだったのだ。


「事件から一年程が経った頃、生存者の不審死や行方不明者が相次いだの。それで私を含む監視があなた達につけられた」


「学生として入学するなんて随分手が込んでるわね」


「政府はそれだけ本気ってこと。けど、近藤美紀が監視共々殺されたことで事態が急変した。六本木の惨殺事件は、既存の武器や手段では不可能という結論が出てるの。正直言って、あなた達を保護するか、拘束して調べるか、上でも意見が分かれてる状況よ」


「私達が美紀を殺したとでも思ってるわけ? 冗談じゃないわ」


「あなた達の今までの行動から動機は見つからないけど、可能かどうかっていう点では容疑者の条件は満たしてる。アリバイも無いし。それに……魔法、使えるんでしょ? 私みたいに」


「「「ッ!」」」


 いつの間にか麻衣の手が池の水に触れていた。噴水の勢いが増し、池の水面が波打つ。魔力によって池の水を操作しているのだ。


「三年前の事件の生き残りに不思議な力があったことは分かってる。見てのとおり、私もその一人だし。まあ、私の場合は元から政府の人間だったから監視側にいるけどね。あ、年齢は詮索しないで。想像どおり二十歳じゃないから」


「「「……」」」


 麻衣の発言に訝し気な顔をする夏希達。どう見ても二十歳以上には見えない。むしろ、高校生でも十分通用するほどの童顔だ。


 それはともかく、夏希達に対し優位性を保ちたいのだろうが、魔力で水を操る程度では夏希達の脅威にはならない。


「あまり魔法のことは詳しくないみたいね。六本木の事件は私達より魔法の扱いに長けた者よ。それも人を殺すことになんの躊躇いもないプロの犯行。言っておくけど麻衣、その程度じゃあ、何人いても犯人には勝てないわよ?」



「そうそう。私でも無理だったもん」



 噴水の勢いが急に収まり、池の反対側から近藤美紀が姿を現した。


「「「美紀ッ!」」」

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