第7話 世話
青山霊園から五百メートルほど離れたビルの屋上。そこでは男が片膝を立てたまま銃を構えていた。
男は
「
物陰から姿を現した夏希と、身を隠しつつも僅かに身体が出ている典子を見て、男はニヤリとして引金に掛けていた指に力を入れた。
……が、男の意思に反して指が動かない。指だけではない、全身が硬直したように動かせなかった。
「
「レミントンM700ベースのDMRカスタムに着脱が容易なQDサプレッサー、折り畳み式ストック……私物かよ? 持ち運びには便利だが、ここは日本だ。殺しに銃をそれも私物の銃を使えばどうなるか……殺しが本業ってわけじゃないな。お前、エクス・スピア社の傭兵だろ?」
いきなり背後から声を掛けられ、必死に身体を動かそうともがくも、男は指一本動かせない。よく見ると、男の手足には極細の針が刺さっている。
「
「日本に来るなら日本語で喋れ。それとな……」
男の背後に立つ声の主は、懐から細長い針を取り出しながら続けて言う。
「俺の娘を殺ろうとしたんだ。楽に死ねると思うなよ?」
そこには、十年前と変わらぬ、冷酷な目をしたレイの姿があった。
…
……
………
「ったく、久しぶりに戻ったと思ったら……世話を焼かせる」
夏希達がいなくなった後の霊園に来ていたレイは、矢部の死体から財布を抜き取り、免許証を確認した後、近くにあったスマホを拾い死体と共に『魔法の鞄』に放り込んだ。
――『浄化』――
レイは飛び散った血や脳漿を魔法で消し去る。
先程、レイが尋問の末、始末した男も同じように処理して現場を綺麗にしてあった。人が死んでも死体が無ければ事件にはならない。たとえ、家族が失踪届を出したとしても、殺人事件と行方不明者の捜索では警察の動く規模が違う。
「警察が本格的に動けば面倒だ。暫くはクラブの事件に集中しててもらう」
続いてレイは、周囲に散らばった砂に目を凝らした。
「魔力で物質を変化させて利用か。
ここは地球。科学が生み出した物質で溢れた世界だ。それに、知りたい情報、イメージに必要な知識はスマホで誰でも簡単に手に入る。現代日本で育った者の想像力は異世界の人間の比では無い。魔力をイメージどおりに操れれば、何でもできると言っても過言では無かった。
「十年……いや、こっちの世界で三年か。どっちにしろ、こんな
レイは独り言のように呟き、懐から一枚の紙を取り出した。紙には矢部のスマホにあったものと同じ名簿が書かれていたが、矢部のものとは違い、いくつか線が引いてあった。
レイは名簿にあった矢部の名前に線を引くと、背後にいる人間に手渡した。
「渡辺大輔と合流し、あの二人にも伝えろ。塗りつぶされてない人間は全て敵だとな」
「そ、その後は……?」
「俺が行くまで待機してろ。お前らへの接触を敵が最後にしたのは、異世界から帰還した人間ってことが向こうにバレてるからだ。俺がいなかったらクヅリのいる夏希はともかく、太田典子は死んでた。お前も次は腕だけじゃ済まないぞ?」
「うっ……は、はい」
レイから紙を差し出された近藤美紀は、緊張した面持ちで紙を受け取った。
「あの……これ、貰っちゃってもいいんですか?」
「俺は覚えてるから必要無い。お前もリストの名前は頭に入れておけ。他の三人もだ。相手の名前を聞いてリストで確認してる間に殺られるぞ? 死ぬ気で覚えろ」
「わ、わかりました」
「俺は他にやることがあるからもう行く」
そう言って、レイは姿を消してしまった。
「あっ、ちょっ……」
一人、ポツンと残された美紀は、リストを持ったまま呆然とする。
「大輔の居場所とか分かんないし、スマホも財布も無いんだけど……」
…
……
………
東京都武蔵野市吉祥寺。
「うん……今日は典子の家に泊るから……うん、大丈夫。そんなんじゃないわよ。じゃあ切るから……おやすみ、ママ」
短いやり取りで電話を切り、ノートパソコンで調べものをしている典子の元へ戻る夏希。
ここは太田典子が一人暮らしをしているマンションだ。夏希と典子は、夜遅いこともあり、一旦情報を整理しようと典子の部屋に来ていた。
「外泊するのに一々親に連絡するとか、実家暮らしも大変ね~」
「私からすれば一人暮らしの方が大変だと思うけど?」
「そう?」
「掃除洗濯に料理、ゴミ出しとか……全部自分でやらなきゃいけないじゃない」
「え? やだ、ひょっとして夏希って家事とか全然できない系?」
「べ、別にできないとかじゃないし! やらなくていいというか、やる必要がないというか……」
「呆れた。そんなんじゃ結婚なんてできないわよ?」
「はあ? 結婚なんてするわけないでしょ! 第一、女が家のことするとか古いわよ、典子」
「そう? まあ、人それぞれってことで。それより、これ見て。どうやらリストは本物っぽいわよ」
典子はパソコン画面と、プリントアウトしたリストを夏希に見せる。リストにはペンで印が入れてあった。
「グレーに塗りつぶされた人間は確かに死んでるみたい」
「よく分かったわね」
「今は何でもネットにあるからね。新聞の地方紙に載ってる一般人の訃報も、webサイトに一覧があるのよ。ただし、きちんと葬儀を行ってるものだけだろうから全部ってわけじゃないけど」
「じゃあ、この何も色付けされてない人は生きてるってことよね?」
「さっき死んだ矢部って奴以外はそうかもね。けど、名前を検索しても本人の情報か分からないし、今現在のことなんて知りようがないわ」
「SNSも本名でやってる人間なんていないか」
「どの道、リストにある人間のことが分かってもどうしようもないわ。私達がなんで襲われたかも分からないのよ?」
「そうね。分からないことが多過ぎるわね」
「明日また考えましょ。流石に今日はもう疲れたわ」
「典子は魔力を使ったんだから、先に寝てていいわよ」
「夏希はズルイわよね~ 能力を使うのに魔力がいらないなんてチートよチート」
天使系の能力と同じく、悪魔系の『暗黒騎士』の能力は、神力に似た、冥界の負のエネルギーが付与され魔力を必要としない。しかし、夏希は自分の能力のデメリットについては誰にも話していなかった。『エクリプス』のメンバーを信用してないわけではなく、気を遣わせたくないからだ。
「そんなことないわよ。魔力はクヅリに使ってるし」
「そうなの?」
「こっちは魔素が薄い所為か、私の魔力をあげないと駄々こねて面倒なのよ」
「無敵のボディーガードなんだから別にいいじゃない。私なんか、消費魔力の少ない植物系の召喚でも、数回使えば一日寝たぐらいじゃ魔力が全快しないのよ? コスパ悪いわ」
「でも、典子の能力の方が使い勝手はいいわよね」
『それは聞き捨てならないでありんす』
「「クヅリ!」」
『わっちがいなければ、夏希は何度死んでたか分かりんせん!』
「それは
ピンポーン
部屋のチャイムが鳴り、インターフォンの画面に男の姿が映った。
「あ、大輔が来た」
ここへ帰ってくる前に、『エクリプス』のメンバーである渡辺大輔には連絡してあった。美紀が襲われ、夏希と典子も狙われた。同様にリストに名前があった大輔にすぐに合流するよう呼び出してあったのだ。
ガチャ
「お、お邪魔します……」
扉を開けて男が恐る恐る部屋に入ってくる。
「「……あんた、誰よ?」」
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