第5話 魔力
「夏希ッ!」
「分かってる!」
裏路地には中年と若い女の二人が寝息を立てて倒れている。それ以外に人はいない。しかし、確実に夏希と典子に向けて殺気が放たれていた。
三年前、日本に帰還する為、異世界の危険な古代遺跡を踏破した。魔物や罠に命を削り、野盗や冒険者の悪意に心をすり減らす日々だった。
二人の中でその頃の記憶が蘇ってくる。
自分達に向けられる悪意に鈍感では冒険者は生き残れない。森に潜み、自分達を狙う魔物や野盗を察知するのは出来て当たり前、相手より先に察知できてようやく一人前だ。
高等級の冒険者は相手との距離や人数、その実力まで把握するというが、二人はまだまだその域には達していない。しかしながら、今感じている殺気は魔物のように真っ直ぐこちらにぶつけてくる。その程度の分かりやすい単純な気配なら、夏希と典子でも十分見つけられた。
「(典子)」
「(ええ)」
人の多い大通りから、人混みに紛れて二人に視線を向ける者がいる。
身長は約165cm。夏だというのに黒いパーカーを着てフードを被っている。太めのカーゴパンツに汚れたスニーカー。クラブに遊びに来たような若い格好だ。フードで顔を半分隠し、やせ型の体格で外見からは性別は分かり難いが、僅かに見える顎髭で相手が男だと分かった。
男はニヤリと口元を歪ませながら、人混みに紛れるようにその場を離れていく。あきらかな挑発だ。
「追うわよ」
「ええ」
二人は男の後を追う。
大通りから六本木交差点に入り、そこから西へ。男は迷いなく歩き続け、西麻布の交差点を右折し、青山霊園に入っていった。
青山霊園は約八万坪の面積があり、東京ドーム五個分の広大な敷地の殆どが墓所で埋まっている。園内を縦横に走る二本の大通り以外に目立った街灯も無く、都心のど真ん中にあるにもかかわらず、辺りは真っ暗だ。
昼間なら墓参りに来る者や、春には大通りの桜並木を見に来る者も多いが、夜に訪れる者は殆どおらず、
「誘ってるわね」
「私達相手に随分余裕……と言いたいところだけど、あの男が事件の犯人なら油断は禁物ね」
「そう。美紀の腕を斬り飛ばすぐらいの実力はあるはず」
「誘ってるってことは私達のことを知ってるってことよね?」
「そう考えるのが普通ね。なぜ知ってるかは分からないけど」
「いつものことながらキモいわね」
そんなことを言いながら、二人は魔力を練りながら霊園に入っていく。いつでも身体強化を発動できるよう構えつつ、殺気を放つ者へ慎重に近づく。
「えーっと、そっちの外人の女が夏希・リュウ・スミルノフで、ゴスっぽい女の方が太田典子? だよな?」
夏希と典子を待っていたかのように、男は墓石の上に腰掛け、スマホを見ながら二人を指差して名前を言い当てた。
「「……」」
初対面の相手が自分達を知っていることに困惑しつつも、二人はそれを表情に出す様なことはしない。
(スマホ……?)
「で、お前らって使えんの?」
「何を言って――」
「コレだよコレ」
男の座っていた墓石が突然細かい砂になって崩れ去った。
その現象に夏希と典子は目を見開く。
(土の……)
(……属性魔法!?)
遺跡探索において、土属性魔法は罠の突破や崩落した通路の修復などで非常に重宝される。夏希達『エクリプス』にはいなかったが、遺跡探索をメインに活動する冒険者パーティーなら、最低一人はメンバーに土属性魔法の使い手がいるほどだ。
男が起こした現象は土属性魔法の一種に非常によく似ていた。
「ハハッ、すげーだろ? お前らも三年前の生き残りなら魔力を持ってるはずだよなぁ?」
隣にあった墓石にも手を触れ、男は先程と同じように石を砂に変える。
「驚いてるってことは、自分の中に未知の力があるのは知ってても、使い方は分からねーってことか? 俺らの仲間に入れば教えてやるぜ?」
「敵意丸出しで何を言ってるのかしら?」
「仲間に入れとか、演技でももう少し頑張ってほしいわよね」
「……ちっ、つまんねーな。まあいいや。とりあえず、死んでくれや」
男の周囲に砂が舞い、鋭い刃物のような石が無数に形成されていく。
「切り刻んでやる」
「色々聞きたいことができたけど、一つだけ確定したわね」
「ええ。美紀をやったのはコイツじゃない。クラブにあったキズは土属性じゃ無理ね。流石に土と対極の属性まで扱える程、腕が立つようには見えないし……」
「あ?」
「コイツが何故、事件のあった現場にいたのか」
「私達のことを何故知っているのか」
「三年前の生き残りとはどういうことか」
「何故、魔力を操れるのか」
「仲間ってことは他にもいるってことよね?」
「その仲間の中に美紀をやった奴がいる……」
「何をごちゃごちゃ言ってん――」
――召喚『
典子の足元からシダのような葉が生え、直後に巨大な樹木へと成長した。蛇のような禍々しい模様の木に瞬く間に葉が生い茂り、尋常ではない葉の蒸散作用によって辺りが霧に包まれる。
猛烈な湿度と水分で、男の周囲にあった石粒が崩れていく。
「は? え?」
「その程度の土魔法じゃ、威張れるものじゃないわよ?」
いつの間にか接近していた夏希が暗黒剣を男の喉元に突きつけていた。
「な、なっ……け、剣?」
男は砂を操ろうと必死に魔力を操作するも、魔力を帯びた水を吸った砂が動くことはなかった。男の魔力より典子の召喚植物が勝っている証拠だ。
「クソが!」
砂の操作を諦め、男はポケットに手を入れ折りたたみナイフを取り出した。
「私が斬らないと思った? 甘いわね」
夏希はナイフを持った男の腕に暗黒剣を軽く振る。剣が腕をすり抜けたと思った直後、男の腕が地面に落ちた。
「あ……れ? へ? え?」
腕を切断されても男に痛みは無く、出血も無い。不可解な現象に男は混乱する。
「お、俺の腕ぇぇぇ!」
ズキンッ
同時に夏希の腕に激痛が走る。
夏希の暗黒剣は、斬る対象が無機物や不死者なら何も感じることはないが、相手が人や動物なら斬った相手が感じるはずの痛みや恐怖をその身に受けてしまう。これは本来、夏希の『
しかし、その反面、暗黒剣は物理的に斬れないモノは存在しない。
「さて、色々聞かせて貰おうかしら?」
痛みと恐怖を表情に出すこともなく耐え、夏希は男を問い詰める。
「あ、あ、あう……」
「夏希、言っておくけど、ここ日本だからね?」
そう言いながら、典子は召喚した異界の樹を解除する。
「平気よ。病院に行ったって怪我の診断なんてされるわけないし、私がやった証拠も出ないわ。それに、私達に死んでくれとか切り刻むとか言ってたし、ナイフまで出してるんだから立派な正当防衛よ」
「腕を落とすのは過剰防衛だと思うけど……まあ、もう言っても遅いわね。さっさと聞いちゃいましょ。尋問とか得意じゃないけど」
「私だって得意じゃないわよ。でも、もう片方の腕を落とせば何でも喋るでしょ」
夏希は表情を変えずに暗黒剣を男の無事な方の腕に当てる。
「や、やめっ……言う、言うから……」
男は既に心が折れていた。腕を切断されて恐怖を感じない者はいない。それに、弱者を一方的に虐げてきた者ほど立場が逆転すればあっさり折れる。片腕を失ってまで抗う気概を持てる者は稀だ。
「た、頼む……お、俺は頼まれただけなんだ……だから」
「いいから話せ」
「ひぃッ」
夏希は遠慮のない殺気を男にぶつけた。頼まれたからといって人を殺そうとする男の根性が気に入らなかったのだ。それに、魔力という超常の力を手にし驕る姿が且つて暴走したクラスメイト達と重なり、言いようの無い苛つきを覚えた。
「夏希、気持ちは分かるけど冷静にね」
そう言う典子も、ゴミでも見るかのような目で男を見ている。態度を一変し、命乞いをした男に嫌悪したのは典子も同じだった。
二人の圧に押され、男は勝手に話し始める。
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